④人斬りアルバトロス ~殺す気で来たから斬っておこう~
渋々レヴォーナはアルを執務室へ連れて行った。断っても良かったが、うっかり放置して自己判断で動かれるのを考えると、話を聞いたほうが良いと思ったからだ。
執務室に入ると、アルを昨夜同様にソファへ促し、ハーブティを用意した。アルは早速話を切り出した。
「王への謁見だけど、上手く出なくていいようにできないかな?出ると恐らくグロリアにばれる」
珍しく真剣にアルは言葉を紡ぐ。そんなアルの様子にレヴォーナは疑問に思った。
「先にお話しして口止めしておけば良いのでは?問題なのは王族などの権力者にばれることですわよね?」
「それは俺も考えたが、グロリアが知ればまず間違いなくロイヤルクラウンには話すだろう。あいつは義理人情の塊だが、こういう時は融通が聞かないからな。それが同じ時代をともに戦った同志への務めだとかなんとか言って俺がいくら言っても話すにきまっている」
まったく困った奴だと、アルは項垂れた。
「つまり、ロイヤルクラウンが知るということはプララにも知られる、なによりあのおしゃべりなグラディウスが知ったら広まるのは一瞬だ」
「・・・なるほど」
レヴォーナはロイヤルクラウンの1人、グラディウスを思い出す。まるでそれが自分の使命かのごとく吹聴する姿がありありと浮かんだ。
そこでレヴォーナはハッとあることに気付いた。
「先ほどまでなら出ない方法もあったと思うけど、今ではアルの3階級昇級や、その理由でもある金貨150枚分の討伐のことが冒険者の噂となって広まっているでしょう。そんな興味深い新人冒険者、むしろ王から今回の護衛の1人に指名されてもおかしくないわ。つまり、今回謁見しなくても結局近いうちに謁見することになると思う」
「・・・今回の護衛を終えたら急用ができたとか言って旅立てば―――」
「それも手だけれど、まず今回の謁見を断るのが無理だわ。私としては王子の護衛としてアルの力は絶対必要だし、かといって謁見を断れば冒険者協会としても体裁が悪いわ」
「・・・そもそもなぜ冒険者が護衛を?騎士達で十分じゃないか」
「騎士は王子に対して過保護すぎるから王様が却下したのよ」
なんだそりゃ!と、アルは天井を仰いだ。
こうなっては素直に謁見してあとはなるようになれでいくか。と半ばあきらめかけた時、アルの脳裏にあまりに簡単な解決策が閃いた。天井を仰いでいた顔をガバッと起こす。
「護衛じゃなくて良いんじゃないか?」
「・・・なるほど」
つまりアルが閃いたのは正式な護衛ではなく、影からそれとなくサポートしてはどうかという考えだった。護衛を引き受けるところから話が始まったので、簡単なことを見落としていたのだ。
「それなら問題はないわね。むしろ珍しいものは何でも両断したがる危険人物を城へ行かせるのに比べたら、はるかに適材適所と言えるかも。そうよ、私も突然の伝説的人物との再会にどうかしていたわ。下手したらグランフェルド城を斬っておこうとか言い出しかねないし」
レヴォーナはグランフェルド城が斜めに両断されずれていく光景を想像し、顔が蒼白になった。アルはというと、レヴォーナが手の甲に顎を乗せてブツブツ呟いた言葉がばっちり聞こえ、失礼な奴と思いつつ、グランフェルド城両断かぁと、満更でもない表情だ。レヴォーナが言う通り、間違いなく危険人物である。
「じゃあ決まりだな。俺は当日、東の大樹海で待機して、王子達が来たらこっそり尾行する。本当に危なくなったら偶然を装って姿を現しても問題ないだろう?」
「ええ、念の為、護衛のE級冒険者1人にこのことを伝えておくわ。上手く話を合わせられるようにね」
万事OKと、二人は少々冷めてしまったハーブティを啜った。この時、1人のE級冒険者に悪寒が走ったのだが、もちろん2人は気付かなかった。
話し終えたアルは協会を後にした。1階ロビーに下りたときにうんざりする程注目されたが完全に無視し、コリスからは早く旅立てと怨念じみた思念を感じたが気のせいということにした。
軽く屋台で昼食を食べ終え、さてどうするかとアルが考えていると前方からやたら目立つ集団が歩いてくるのが見えた。4人組の、おそらく冒険者だと思われる出で立ち。1人は質素な黒いローブで全身を包んでいる為性別は不明。1人はメタリックシルバーの簡易的な鎧を着て長い槍を持っている男。1人は紫の三角帽子に同じく紫のマント、絹製の服を着た女。スカートがやたら短い。1人はブルーメタルの鎧に身を包んだ男。兜は付けておらず、腰に大きな剣を提げている。全員首から王冠を模した首飾りを付けていた。
道を横に広がって歩いているため、通り過ぎる人たちはぶつからないように大きくよけていく。全く迷惑な奴らだと、アルは屋台で最後に買った鶏肉の串焼きをモグモグ食べながら観察した。徐々にアルと4人組の距離が縮まるが、アルは避ける気がなく、それに気づいた4人組もアルの前で立ち止まった。
「なによアンタ、邪魔なんだけど」
紫ミニスカートが不機嫌そうに言った。アルは、戦闘中スカートの中見られちゃうんじゃない?とどうでもいいことを考えながら、モグモグと頬張りつつ女を見返した。
「お兄さん、どかないと悲しいことになりますよ?主に今後の人生が」
長槍男は自分のセリフが面白かったのかやたらニヤニヤしながらアルを見つめた。口調は丁寧だが、ほとばしるゲス感で台無しである。
「テメー、何とか言えや!!ぶっ殺すぞ!!」
ブルーメタルの剣士が叫ぶ。どうも頭に血が上りやすいタイプなのかなと、アルは男の剣幕を意に返さず食べ終わった串をポケットにしまった。ちょっと汚い。
アルは黒ローブも何か言わないのかなと注目したが、興味なさげにただ立っているだけだった。割と小柄だから女の子かも。アルが考えていると、無視されたと思った他の3人がずいっと近づいてきた。
「あんたっ!私たちが王国の冒険者だって判らないの!?どかないと酷い目に会うわよ!!」
紫ミニスカートは王冠を模した首飾りをアルに突き付けた。
「僕たちは王国の軍団、フアナ様率いる精鋭部隊です。もっとも、今更謝ってもあなたが酷い目に会うのは免れませんがね」
長槍男は言い終えるとなぜかクスクスクスクス笑いだした。アルが若干引いているのを、ブルーメタルの剣士は怯えているのと勘違いしてさらに高圧的に迫る。
「今更ビビってもおせーぞテメー!!ちょっとこっちこいや!!」
ブルーメタルはアルの胸倉を掴むと、集まっていた人ごみを押しのけ歩き出した。紫ミニスカートと長槍男もその後ろからアルが逃げられないようについていく。と、そこで初めて黒ローブが口を開いた。
「・・・やりすぎはダメよ。後が面倒だから」
アルは澄んだ声を聞いてやはり女だったかと、引きずられながら思った。全く危機感がない男である。ブルーメタルの剣士は黒ローブを振り返ると、
「わかってるよフアナ様、ちょっと教育するだけだ」
そう言ってアルを引きずりながら王都の片隅へと消えていった。
王都の路地裏にある空き地に着くと、アルは周囲を見渡した。午前中の散策では王都の大通りをメインで回った為、路地裏はまだ来たことがなかったからだ。路地裏も思ったより綺麗だな、昔の国々に比べれば。と、キョロキョロしていたアルにブルーメタルの剣士がまた勘違いして言う。
「逃げようとしても無駄だぞ!テメーには今から目上の冒険者様への礼儀をたっぷりと教えてやるからな!」
そういってブルーメタルの剣士はアルの顔めがけて拳を放つ。アルはそれを軽くかわして逆に相手の脇腹に拳をめり込ませた。
「グハッ!?」
ブルーメタルの剣士はたまらず脇腹を抑えて後退するが、アルは追撃の顔面パンチを放った。
「ブッ!!?」
見事に決まり、ブルーメタルの剣士の鼻から血が吹き出した。「ば、馬鹿な!?」と、長槍男は驚愕し、紫ミニスカートは憤怒の眼でアルを睨む。
「アンタ!チョーシに乗るなよ!!」
紫ミニスカートが両手をアルに向けた。その手が青く発光する。
「絶対零度の氷刃ッ!!」
女の手から3本の巨大な氷の刃が出現し、恐るべき速度でアルへと迫った。
おい、これ普通に死ぬだろと、アルは腰の剣を抜き放つ。アルの剣閃は全ての氷の刃を両断し、さらに紫ミニスカートすらも真っ二つに両断した。紫ミニスカートは自分が死んだことにも気づかず絶命。そして同時に、「暴食魔剣」とアルが発したことでその死体は剣へと収納された。残ったのはわずかな血痕と、氷の欠片のみとなった。
「お、お、おい、なに、をした?」
痛む鼻を押さえていたブルーメタルの剣士は突如消えた紫ミニスカートに事態を理解できず、愕然としながらアルへと問いかけた。しかし、すぐにアルによって仲間が殺されたことに気付き、腰の剣を抜く。同時に、全てを見ていた長槍男もガクガクと震えつつ槍を構えた。
「リーブル!同時に!全力だ!コイツはやばい!!」
ブルーメタルの剣士が剣を上段に構えながら長槍男へ指示を出す。リーブルと呼ばれた男は槍こそ構えているが、完全に腰が引けてしまっていた。
「ナイザー!逃げましょう!フアナ様を呼びましょう!」
「バカか!ここまでコケにされて逃げられるか!それにこの醜態じゃこいつの首でも持ってかなきゃギルドに俺たちの居場所はねーぞ!!つべこべ言わずに最強の技だ!!いいか、同時だぞ!!ウルァァァーーーー!!!」
ナイザーと呼ばれた剣士は上段に構えたままアルへと突撃した。それを見てヤケクソ気味に槍使いリーブルも突撃する。
「死ね!!剣技!重覇斬ッ!!」
「土流槍技!五角旋滅槍ッ!!」
ナイザーの強力な斬撃と、リーブルによる螺旋回転する槍の突き、加えて五方位から迫る土の槍。アルは一瞬でその場で回転し、ナイザーの剣を両断しつつリーブル自身の槍と土槍の攻撃を両断。そして先ほどと同じく「暴食魔剣」と呟き全てを収納した。
自らの人生を賭けた技が、最高の武器だと自慢した剣が、一撃で破られ、さらに謎の能力で跡形もなく消されてしまったことにナイザーは茫然となった。その手は今だ剣を握っているかのごとく堅く握りしめ、振り下ろした体勢のままだ。
リーブルは「えへ、えへへ」と半笑いで口から涎を垂らしている。技を破られただけでなく、武器ごと消されてしまったことを理解したくないかのようだ。
「お前・・・いったい・・・何者なんだ」
「E級冒険者のアルだ。じゃ、とりあえず斬るぞー」
アルはナイザーとリーブルめがけて剣を振り下ろした。そして、「暴食魔剣」と呟いた。
協会の扉が開かれた。入ってきたのは黒いローブに身を包んだ小柄な人物。その人物は室内に入ったことでフードをはずした。途端に騒がしくなる受付ロビー。
「おい、あれって・・・」
「バカッ!指を差すな!死にてーのか!」
「・・・珍しいな、幻影のフアナが直接協会に来るなんて。いつもは部下にまかせてるだろうに」
騒然としたのも一瞬で、すぐにヒソヒソと静かなざわめきに変わった。フアナは周囲を見渡し、同行した部下達の姿が見当たらないと判ると、受付へと足を運んだ。
「ねえ」
「は、はい!!なんでしょうか!」
受付嬢はフアナに話しかけられ慌てて返答した。フアナはそんな受付嬢の態度を気にせず続けて問いかけた。
「王国のC級冒険者、ナイザーかリーブルかメリッサが来なかった?協会から王国への指名依頼を受理するために来ているはずなのだけど」
フアナの言葉に受付嬢は周りの受付嬢へ視線を向ける。皆首を振って来ていない旨を表した。
「いいえ、本日は来ていらっしゃらないようですが」
「そう・・・」
フアナは首を傾げながら「ありがとう」と言って受付から離れた。ショートカットの黒い髪がわずかに揺れた。と、少し思い立つことがあり、再び受付へと戻る。
「ねえ、簡易的なレザータイプの鎧に剣を腰に差した男ってわかるかしら?」
突然戻ってきたフアナに受付嬢はギョッとするも、質問されたことを吟味する。
「うーん・・・よく当てはまる装備ですねぇ。他に特徴とかありませんか?」
「・・・そういえば、私たちが王国の冒険者だと判っていなかったわ。ギルドの象徴であるネックレスは見せたのに。いえ、判っていてもいなくても、はっきり示した後も態度が変わらなかった。一介の冒険者じゃまずありえない」
フアナの言葉に受付嬢は「ほええ」と呟いた。そして、その受付嬢の肩を後ろでこっそり聞き耳を立てていたコリスが掴む。
「フアナ様、申し訳ござませんがそれだけではちょっと・・・」
コリスはニッコリ笑顔を見せながら答えた。隣で肩を掴まれている受付嬢が「アダダダダ!イダイ!イダイですコリスさん!」と、悲鳴を上げているが無視である。
「そう、そうね。ありがとう」
若干不思議そうに首を傾げながら、フアナは今度こそ協会を後にした。コリスに掴まれていた受付嬢は抗議の声を上げる。
「痛いじゃないですかコリスさん!!なんだって言うのですか!」
コリスはぎゃんぎゃん吠える受付嬢をを無視し、「嫌な予感がするわ・・・」と呟いた。