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とりあえず斬っておこう  作者: 九
グランフェルド王国
24/25

㉔3人の元ロイヤルクラウン  ~根こそぎぶっ潰して~

 グランフェルド城王都の西門に、元王国キングダムのロイヤルクラウンのうち3人が揃っていた。

 一人は『流れ星』プララ。もう一人は『白騎士』グロリア。そして――――

「・・・ネクス」

グロリアが呟いた名に、円卓の騎士団と城壁にいる騎士、冒険者は息を呑んだ。プララやグロリアとは違い、その名に英雄としての誉れはすでに無く、ただ恐怖を覚えるのみの忌まわしき名であった。全身を黒装束に身を包み、漆黒の瞳がプララとグロリアを見据えていた。男性にしては小柄な身長で、170cmもないかもしれない。暗く、冷たい。それがネクスを見た者の率直な印象だろう。

 ネクスは抱えていたラズロを地面へと落とすと、ラズロの背中を軽く蹴飛ばした。ラズロはわずかにうめき声をあげ、ゆっくりと目を開いた。

「無様だなラズロ」

ネクスは面白がるように呟いた。ラズロは起き上がってネクスを睨みつける。

「油断した・・・というのは勿論言い訳になりますが、少々自分の力に酔っていたようです。助けていただいて感謝しますよネクス」

「まだまだこれからだからな。いまお前に離脱されては困る」

ネクスは淡々と述べると、プララとグロリアに視線を向けた。

「久しぶりだな二人共」

その声は親しみが込められていたが、どこか悲しみも感じられた。プララは眉を寄せ、グロリアは一歩前に進み出た。

「ネクス、説明してくれ」

グロリアの当然とも言える言葉に対して、ネクスは一つ頷く。

「簡単に言うと、俺はお前たちの敵だ。別に恨みとかはないぞ?ただ現状の世界がつまらんからちょっと本気で遊ぼうと思ってな」

「何を考えているのですか?昔からあなたは仲間に相談もせずに動いてトラブルを招いていましたが、今度の件は度が過ぎてます」

プララは言葉こそ丁寧ではあったが、口調には怒りが込められていた。ネクスは肩を竦めた。

「とりあえず、開戦のあいさつがてらラズロ達に動いてもらった」

「ラズロ達だと?やはり王都だけでなく他にも手を打っていたのか」

グロリアが槍を突きつけて問いかけた。プララも弓を構えてネクスに狙いを付ける。その二人の様子を見て、ネクスは楽しそうに微笑んでいた。

「昔のよしみで教えてやるが、『闘技場コロシアム』のロベルトと、『迷宮ラビリンス』のウォルドと、竜人筆頭のジルニクスがそれぞれ『王国キングダム』と協会職員に仕掛けている。結果はわからんが、王都で失敗した以上この戦で勝負がつくことは無くなった」

楽しくなってきたと、ネクスは喜んだ。もっとも、その言葉でプララとグロリアの覇気が上がり、周囲の冒険者や騎士は空気を呼んでジリジリと後退していた。

 プララが弓を引き絞った。

「なるほど。つまり、王国キングダムと協会職員達の結果次第では、今ここでアナタ達二人を仕留めてしまえば丸く収まるというわけですね?」

「ふむ、まぁそういうことだな。なかなか良い考えなんじゃないか?不可能という点を除けばだが」

 ネクスの言葉が言い終わると同時に、プララが矢を射った。その矢は射った瞬間には目標を貫く光速に等しい必殺の一撃だったが、すでにネクスの姿は無く矢は空を切った。

 プララは矢を射るのと同時に身を翻して伏せた。その頭上の空気を切り裂く何かが一瞬の内に通り過ぎ、プララは地面を転がりながら第二矢を背後に放った。

 瞬きする程の間に再びネクスは地を蹴って移動する。ネクスが元居た場所をプララの矢が通り過ぎ、そのまま遥か遠くにある城壁を貫いた。

 ネクスの傑出した能力はそのスピードにある。歴史上最速と自負するほどの高速移動と、魔力によって紡いだ長い絃による攻防術で、あらゆる敵を死んだことにすら気がつかせずに葬ってきたのだ。当然、プララもグロリアもネクスの力は知っており、ネクスがプララの矢を躱したタイミングでグロリアが仕掛けた。

「不動の盾ッ!!」

 結界展開時の展開速度を利用した断裂技。結界が広がる方向をちょうどネクスの身体が通るように角度調整したのだ。

 展開時のスピードはほとんど光速に近いものがある。結界はネクスの肉体を断ったかに思われたが、ネクスは結界発動の瞬間にはすでに移動しており、グロリアを背後から攻撃した。

 グロリアは咄嗟に跳躍した。考える前に体が動いた行動だったのか、つま先が地面から離れる程度のわずかな跳躍。しかしその跳躍が生死を分けた。ネクスの絃による攻撃はグロリアの鎧と兜の隙間を狙ったものだったが、跳躍したことで最も防御力が高い背中の厚い部分に当たった。鋭い斬撃のような音を響かせ、グロリアは前方へと吹き飛ばされた。白銀の鎧には深い切り傷ができたが、グロリアは首が飛ぶことなく窮地を脱した。

「さすが、世界一の防御力と言われただけあるな」

 ネクスは追撃を仕掛けずに軽口を叩いた。グロリアはそんなネクスに険しい目を向け、プララはネクスから注意を逸らさないように警戒しつつ、参戦してこないラズロを見た。

 ラズロは一心に魔法陣の構築を進めていた。額からは汗が滴り、苦しそうに呪文を紡いでいる。その様子を見たプララはラズロに向けて弓を構えた。そして、当然ネクスがそれを見過ごすはずもなく、また、そんなネクスをグロリアが迎え撃った。



「マース副団長・・・これが頂点に位置する者達の戦いなんですね」

 城門前まで下がった円卓の騎士団の一人であるテラは、副団長のマースに対して尋ねた。半ば独り言ともとれる言葉だったが、マースは無言で頷いた。いま円卓の騎士団の眼前では文字通り想像を絶すると表現できる戦いが繰り広げられていた。伝説のロイヤルクラウン3人の戦いはすでに始まってから一刻が経過しており、3人とも疲労どころかますます激しさを増していた。流れ弾のせいで城壁はすでにボロボロになっており、今だ倒壊していないのが不思議なくらいだった。円卓の騎士団は各々が王国騎士で優秀な者が集められたエリートであったが、目の前の戦いは次元が違いすぎてどんな攻防が行われているのかさえ判らないことがあり、気を抜けば覇気の余波だけで気絶しかねない程3人の戦闘は鬼気迫るものがあった。

「よくグロリア様が言っていたわ。昔は私たちくらいの力でようやく一端の冒険者だと。今の時代は平和になったせいでみんな軟弱だって」

 4隊長の紅一点、エンデローズが呟いた。それを聞いた同じく4隊長の一人であるクラクが鼻を鳴らした。

「へっ、それなら俺たちは幸せ者だぜ。彼の時代を知る人間から直接手ほどきされてるんだからよぉ。なぁ、フルゴもそう思うだろ?」

「うむ。この時代に円卓の騎士団ありと言われるよう、吾輩たちはもっと精進せねばならん」

クラクから尋ねられた4隊長最後の一人フルゴは、厳しい表情で答えた。「いやそんな堅い返事は期待してねーけど」と、クラクは苦笑いを返した。

 テラは隊長達の声を聞き流しながら、ずっと黙っているマースをのぞき見た。マースは険しい顔でグロリア達の戦闘を見つめていたが、よく見るとグロリア達の攻防を目で追っているのではなさそうだった。その目は一点を凝視していた。

「マース副団長どうかしましたか?」

「一刻・・・そんな長い準備がいるなど、ラズロは一体なにをしようとしているんだ」

テラが尋ねると、マースは唸るように言った。その言葉にテラと他の隊長もラズロに注意を向けた。3人が戦闘によって移動したせいで、ラズロのみ若干離れた場所にいた。相変わらず一心に魔法陣を組み上げており、聞いたことがない呪文を詠唱している。グロリアとプララもラズロがやろうとしていることが気になっているようで、頻りに攻撃を加えようとしているのだが、その都度ネクスによって阻まれていた。グロリアとプララは次第に焦りが出始め、二対一だというのにネクスが押し始めていた。

 マースは自分たちも参戦するべきだという思いと、参戦した瞬間ネクスに殺されるか、自分たちを庇うグロリアの負担にしかならないという現実との板挟みに苦しみの呻き声しかだせなかった。



 戦闘は熾烈を極めた。なまじ各々の力を熟知しているからこそ決め手に欠け、さらにラズロという能力不明な存在がグロリアとプララの戦闘に焦りを生み、わずかな粗さが出た隙をネクスに突かれるという悪循環が起こっていた。さらにそれだけではなく――――

「くっ!・・・強いっ!!」

高速移動の中で放たれたネクスの絃の斬撃を、辛うじて盾で受けて後ずさるグロリアは、ネクスの強さに内心驚愕していた。それはプララも同様で、ネクスが攻撃に転じて動きが止まる瞬間に狙い撃ちしているのも関わらず、ことごとく矢は空を切るばかりであった。

 ネクスは一旦距離を取ると、ひとつ鼻を鳴らした。

「ふん、当たり前だ。俺はこの400年一度も立ち止まらずに死線をくぐり抜けてきた。対してお前たちはどうだ?片や冒険者協会会長で事務仕事に追われ、片や王国騎士団で遥か格下の指導。はっきり言って、お前たちは400年前から全く進歩していない。いや、戦場から離れた時間の分だけ危機察知能力が落ちているぞ。二対一で押されているのが何よりの証拠だ」

 グロリアとプララはネクスを睨みつけるも言い返すことができなかった。実際、ネクスという強者と対することで、気づかずに自らの力が錆びてしまっていることがわかっていた。

 さらにネクスは言葉を続ける。

「グラディウスもミルドランも城暮らしで鈍ってしまっているだろう。いま俺の敵足り得るのはぜいぜいエリザベートくらいさ。あいつでさえ今の貧弱な魔物や冒険者相手じゃ退屈してるはずだ。かつての緊張感を取り戻すのに時間がかかるだろう」

 ネクスは今は遠く離れたかつての仲間を評した。その声には怒りが込められていた。そんなネクスに対して、グロリアは申し訳ない気持ちになった自分に驚いた。かつてのあの激動の時代を知る者が少なくなり、悲しんでいた自分がこの体たらく。ネクスが今回の事件を起こしたのは、自分のせいではないと、胸を張って言うことができなかった。

 ふと、離れた場所にいるプララが泣き笑いのような表情を浮かべているのが見えた。プララは構えていた弓を下ろすと、誰にともなく語りかけた。

「私たちのこの状況を、アルが知ったらどう思うでしょう?」

 その言葉はグロリアを硬直させ、ネクスを笑わせた。

「くくくっ。もしあいつが居ればこんな退屈とは無縁だったろう。きっとかつての仲間が落ち着いていても関係なく、厄介事を起こして皆を引っ張り出してることだろうさ。・・・ただひとつだけ言えることは、あいつはお前たちのように立ち止まったりはしない。400年間音沙汰無しから思うに、俺たちの想像も及ばない冒険の果てに散ったのだろう」

 ネクスの言葉に、グロリアはカッと熱くなった。散っただと?あの最強の大馬鹿者が散ったと言ったのか?次の瞬間には爆発させるように地を蹴り、全力の一撃を突き立てた。

「竜殺しっっ!!!」

全身を翻しながら放った一撃は、ネクスのスピードをもってすれば躱せる攻撃だった。しかし一瞬グロリアの身体が膨れ上がったかのように錯覚し、わずかに回避が遅れてしまった。槍の先端がネクスの脇腹を掠め、血が宙に舞った。ネクスはあわてて再度距離を取った。

「グロリア・・・今の一撃は全盛期そのものだったぞ」

痛みに顔を顰めてはいたが、ネクスの声は軽かった。グロリアはネクスを振り返ると再び槍を構えた。

「アルが死んだと思っているようだが、そうは思わない。あいつは死神でさえ愛想を尽かす馬鹿だからな」

グロリアが言うと、ネクスは苦笑しながら魔力の絃を形成した。場を濃厚な殺気が漂い、それに呼応するかのようにプララも弓を構えた。

 遠くから眺めていた円卓の騎士団、城壁の冒険者と王国騎士達、皆が次で決まると唾を飲み込んだ。心臓が張り裂けそうなほど緊迫した空気。耳を塞ぎたくなってしまう程に周囲は不気味な静けさに包まれていた。

 そんな、まさに勝負を決めるその瞬間、皆が想像だにできないことが起こった。

「グロリア様ぁぁぁっっっ!!!」

 マースの絶叫がかろうじてグロリアに届いた。グロリアはハッとラズロに目を向けた。いつの間にか遥か遠くにまで離れた場所で、魔法陣から溢れる黄金の光に包まれたラズロが、恍惚とした表情で天を仰いでいた。天空には対となる魔法陣が同じように輝き、大地の魔法陣と天空の魔法陣がお互いに注ぎ合うかのように光を放っており、その光の道はまるで黄金の柱であった。

「ネクスっっ!!!完成だっっっ!!!これぞ異界大転移召喚っ!!『時空流動陣』!!!」

 ラズロの叫びと共に、黄金の光の柱から幾多の輝く珠が生まれた。その珠は徐々に大きくなり、やがて十を越える珠は直径2mほどにまでなった。

 グロリアとプララは遠くのその光景に目を疑った。光の珠は微かに中が透けてみえ、驚くべきことに人型のようにみえた。

 そんな馬鹿なと呟いたのが、果たしてどちらだったか。グロリアとプララは後日この日のことを「あの日が人生最悪の日だったか最良の日だったかはともかく、二度と味わいたくない」と語ったという。

 と、いうのも――――

「グロリア様あぁぁぁっっっ!!!お逃げくださいっっ!!!」

再びグロリアの耳にマースの声が聞こえた。あの魔法陣を止めないで逃げるわけにはいかないと、グロリアは急いでラズロの元に向かおうとしたが、次の瞬間黄金の柱を突き破り濃紺の竜が姿を現した。遥か遠くにあった黄金の柱からグロリア達の方へと向かってくる竜のスピードは、その体が一瞬で巨大化したと錯覚するほどの恐るべき速度で、グロリアをもってしても防御が間に合わなかった。竜に突き破られた黄金の柱は弾け散り、同時に全ての珠もグランフェルド城の上空を超えて吹き飛んだ。竜はグロリア、プララ、ネクスを巻き込みながら城壁に突っ込み、城壁を粉砕してもなお止まらずに王都の家々まで巻き込んでようやく止まった。

 しばらく皆は呆然としていたが、やがてマース達円卓の騎士団と城壁にいた者達は瀕死になった者を介抱しつつ恐る恐る謎の竜に近づいた。幸い家々は瓦礫の山となったが今回の事件によって王都住民の大部分が避難しており、人的被害はないように見えた。マース達が近づくにつれ、なにやら人が喧嘩している声が聞こえてきた。

「君のせいで王都がこんなだよっっ!!!どうするのこれっっ!?どうするのこれっっ!!?どうするのさこの大惨事っっ!!?」

「まず落ち着こうソニア。こういう時こそ冷静な対応が求められる」

「うるさいよ!!?ていうか反省してないだろ!!?この大惨事全部君のせいだからね!!?」

「ソニア、アルだけのせいじゃない。どちらかといえば紫黒竜シコクリュウヴァロッサメイブのせいだと思う」

「そんなの王国に通じるわけないだろフアナっ!!そもそもこの竜に指示出したのはアルだから!!」

 何やら謎の竜の上で喚いている冒険者らしき3人を、マースは訝しげに眺めた。ひとまず出来ることから始めようと、グロリア達の捜索班と重要参考人らしき3人の捕縛班、王城・その他への伝令係に分ける作業を始めた。



 こうしてグランフェルド城を巻き込んだ冒険者同士の戦争は、魔法陣の効果が不明のまま、アル達が根こそぎ持って行きつつ一時の終決を迎えるのだった。











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