㉒グロリア対ドルヴォロス ~ソニアの受難~
グロリアは『魔神竜』ドルヴォロス召喚という考えられない状況に、不覚にも一瞬思考が停止した。それは一秒にも満たない一瞬の油断だったが、その一瞬のうちにドルヴォロスは攻撃態勢をとった。息を大きく吸い込み、青く燃え盛る炎のブレスを吐き出した。
「ッッ!!不動の盾ッ!!!」
慌てて数キロメートルに渡って絶対防御の盾を展開する。全てを焼き尽くす獄炎が結界にぶつかり弾かれた。間一髪の対応。もし一瞬でも遅れればグロリアはともかく、背後の城壁にいる人間は全滅していただろう。それほどの恐るべき炎であった。
炎が結界に降り注ぎ、それは終わる気配がなかった。ドルヴォロスは絶え間なくブレスを吐き続け、それは同時にグロリアが動けないことを意味した。
グロリアは歯ぎしりした。
(これはまさか、私をこのまま留めることが目的か?ということは、ラズロの目的は私ではなく、本命はプララ!?・・・いや、もしかすると真の狙いは協会か!!?だとすればプララの方にもスカルキングの軍勢とは違う一手が設けられている可能性がある!まずいぞ、このままでは声さえ出すことができない。ゆえに指示が出せん!!)
グロリアは珍しく本気で焦りを覚えた。プララには全幅の信頼を置いているが、こと防御力という点ではロイヤルクラウン中最弱だということと、それを踏まえてこの災害級の『魔神竜』ドルヴォロスさえも召喚できるラズロの力がプララの弓を突破足り得るのではと考えたのだ。当然、S級のスカルキングの大軍と災害級の召喚を考えればラズロの魔力もすでに限界に近いかもしれないが、そもそも災害級の召喚自体がグロリアが知るラズロの力を大きく超えていた。つまり、敵の情報が把握できていないということは、何が起こっても不思議ではない。
進退極まった状態のグロリアが、不動の体勢のまま対応を模索していたその時、背後で人の気配がした。不動の盾を発動しているためグロリアは振り向くことができないが、そのよく知る気配は円卓の騎士団副団長マースと4隊長のものであることがわかった。
「グロリア様、そのまま聞いてください。」
マースが苦しそうな声でグロリアに話しかけた。
「グロリア様の結界がある限りこちらから攻撃ができません。ですが、当然結界が解除された瞬間城壁ごと焼き払われて終わりです。そこで俺たちは全員西門のプララ様の加勢に向かいます。結界を解除しても被害は城壁だけで済みますので、結界の解除も維持もグロリア様にお任せします。もちろん西門が早く済めばプララ様がこちらの加勢に来てくれると思いますので、結界を維持してもらってそれを待つのも手だと思われます。・・・それでは今から3分で撤退を完了しますので、こんなのことしかできない俺たちをお許し下さい。」
そうマースが言葉を発した後、グロリアの背後から気配が遠ざかっていった。
(動けないから背後の状況も判らなかったが、さすがマース、気がきくな。)
グロリアは結界を維持して援軍を待つ気は無かった。西門の状況が判らない以上援軍の保証はなく、逆に一刻も早く援軍が必要な状況かもしれないのだ。そしてなによりも―――――
(ありがたい!4百年前では成し得なかった、単独討伐!そのチャンスがこんな形でやってくるとは!!)
実に戦闘狂に相応しい脳筋ぶりである。王都の危機とか、冒険者協会の危機とか、そんな理由を第一優先で挙げて欲しいところであるが、今のグロリアの頭の中はドルヴォロスとの再戦に燃えていた。
3分が経過した。その瞬間、グロリアは右手の槍を縦に一閃。当然結界は解除され背後の城壁は焼き尽くされたが、グロリアの前方の炎は槍の一閃により左右に切り裂かれた。その斬撃は炎を切り裂くに留まらず、そのままドルヴォロス目掛けて突き進んだ。ドルヴォロスは巨体からは想像できない素早い動きで腕を払った。槍の斬撃とドルヴォロスの爪が衝突し、耳をつんざく甲高い音が響く。グロリアの斬撃はかき消され、今度はドルヴォロスの爪の斬撃がグロリアを襲った。
「ちっ!」
グロリアはドルヴォロスに向かって飛び上がり回避した。ドルヴォロスは巨体を翻し強烈な尾の一撃を放った。空中で回避不可能なグロリアだったが、
「不動の盾!」
絶対防御の結界で尾の一撃を防御。続けて裂帛の気合と共に槍を尾に突き刺しさらに高く跳躍した。
ドルヴォロスの眼前まで肉薄したグロリアは槍を持つ手に力を込める。
「おおぉぉおおおぉおおおおっっ!!!『竜殺し』ッッ!!!」
槍を回転させつつ突く、貫通力のみを突き詰めた一撃がドルヴォロスの眉間へと放たれた。ドルヴォロスは掻い潜るように回避したが、完全には躱しきれずこめかみを削り取られて真っ黒な血を流した。しかし痛みに怯むことなく未だ空中にいるグロリアへ炎のブレスを吹き付ける。グロリアの全身を凶悪な炎が襲い、その衝撃もあってグロリアは大地へと叩きつけられた。大地は大きく陥没し、亀裂が焼き払われた城壁まで迫る程の威力に、しかしグロリアはすぐさま跳躍して陥没した穴から抜け出した。焼き払われたと思われた身体は多少の汚れのみで焦げ跡は無く、またその力強い構えからダメージも無さそうに見えた。ドルヴォロスは追撃に今度は漆黒の球体を吐き出した。一瞬で迫るその球体に対し、グロリアは盾を構えた。
「反射鏡結界」
縦を中心に直径2メートル程の結界が展開された。黒い球体は結界にぶつかると、そのままドルヴォロスへと反射された。ドルヴォロスはその球体にさらなる黒い球体を吐き出して相殺。ぶつかりあった瞬間、轟音と共に辺り一面を爆風が包み込んだ。爆風で巻き上げられた砂塵を隠れ蓑に、グロリアは地を蹴った。瞬時にドルヴォロスの懐へと接近、そのまま速度を殺さずに槍を穿つ。
「竜殺しッッ!!」
ドルヴォロスの胴体へと渾身の一撃を叩き込み、さらに、
「天破ッッ!!」
跳躍して一気に顎まで迫ると、豪腕をもって突き上げる槍をドルヴォロスの喉に突き刺した。そしてその喉を蹴り付け、回転しながら距離を取った。
(硬いな・・・いまいち刺さりが浅い)
グロリアは手応えの軽さに内心で舌打ちした。砂塵が晴れると、そこには気持ちイライラしているようにみえるドルヴォロスが低く轟く唸り声を上げながらグロリアを見下ろしていた。正直ダメージがあるようには思えなかった。
本来であれば竜種の皮膚に傷を付けるのはA級でさえ苦労する。ましてや最強の竜種であるドルヴォロスともなると、世界に何人いるかというレベルになってくる。それを攻撃ごとに確実に傷を負わせているグロリアは異常ともいえる攻撃力と言えた。だが、真に恐るべきはドルヴォロスの攻撃を受けて今だに目立つ傷なく防いでいる防御力だろう。今の時代の冒険者がこの戦闘を見れば間違いなく絶望にも似た脱力感を覚えるはずだ。それほどまでに努力でどうにかできる防御力、耐久力ではなかった。
グロリアとドルヴォロスの戦いは、こうして長期戦へともつれ込むのであった。
そんな王都の危機が迫る少し前、アルとソニアとフアナは修行を兼ねた山籠もりをしていた。当初は王都から一日程度の距離にある森で行なっていたのだが、出てくる魔物も大体把握し、その攻撃方法などの癖もあらかた覚えてしまったため、ただの反復練習のような状況になってしまった。そこで緊張感を取り戻すため場所を変えたのだが、現在そのせいでソニアとフアナは割と本気で死にそうになっていた。
「あっ!・・・あ~、そこは後退して躱すんじゃなく、逆に踏み込まなきゃ。もしくは片方が受け止めてその隙にもう一人が攻撃とか。躱してばかりじゃいつかは攻撃をくらうぞ?」
木の上からアルの声が響く。それを憤怒と共に意識しつつ、敵から目を逸らさないソニアと、そんなことは言われないでも判っているとスルーしているフアナ。
二人は現在、山の主かもしれないA級の魔物であるエメラルディアと戦っていた。全身を輝くような薄緑色の体毛に覆われており、幾重にも枝分かれした太く大きい角が二本、ソニアとフアナを威嚇するようにユラユラと突き出されている。外見が鹿・・・だとは思う姿をしているが、4メートルという巨体がとても鹿の一言で済ますことができない迫力をこれでもかと発している。攻撃方法は至ってシンプルで、突進からの角で串刺し。これのみなのだが、その速度と迫力が凄まじく、今一歩踏み込むことができないでいた。しかしいつまでもこのままでは先ほどアルが言った通りいつかは躱しきれずダメージを受けるだろう。最悪そのまま殺されるかもしれない。ソニアは闘志を目に宿して剣を構えた。
そのソニアの様子に気づいたフアナは次の一手を思案する。元々ソニアの修行ということで、アルからはサポートに努めてほしいと言われているのだが、いよいよとなればフアナも全力で攻撃するつもりでいた。エメラルディアはフアナでも強敵に値し、一対一となるとかなり手強い相手なのだ。フアナといえど余裕は全く無かった。
ソニアの闘志から、フアナは補助としての一手を打った。
「幻舞」
「アクセルッ!!」
フアナの呪文と共にソニアが地を蹴った。身体能力倍加のアクセルを自身に施し、一気にエメラルディアとの間合いを詰める。真正面から来る人間の速度にエメラルディアはわずかに動揺したが、エメラルディアもまた絶対の自信を持つ突進をすべく地面が爆ぜる程の力を込めて地を蹴った。今までは手を抜いていたのかと思わせる突進速度。その速度はソニアを慌てさせるに十分な速度だった。しかし、今更止まれるか!と、さらに気合を注入してソニアも勢いを上げた。エメラルディアとソニアの両者が交錯する。その結果、エメラルディアの角がソニアの体を貫いた。そして、エメラルディアは全くの手応えのなさに大きく態勢を崩した。貫かれたはずのソニアの身体が蜃気楼のようにユラリと消えた。それはフアナの光魔法『幻舞』で作り出された幻だった。その幻を本物だと思って攻撃を仕掛ければとうぜん肩透かしをくらって体勢が崩れるだろう。その一瞬の隙を見逃さず、本物のソニアは速度を落とさないままエメラルディアの側面まで回り込み、その首目掛けて渾身の一撃を振り落とした。
殺った。ソニアとフアナは確信した。しかし突如エメラルディアの体毛が淡く輝き出す。ソニアの剣はエメラルディアの体毛に弾き返された。
「ば、馬鹿なッッ!?」
今度は一転してソニアがピンチに。体勢を戻したエメラルディアは大きく前足を折り曲げると、そもまま一気に角を下から上へと突き上げた。ソニアは咄嗟に剣を角と身体の隙間に滑り込ませるも、枝分かれした角全てを受けることはできずに身体を貫かれた。
「断頭刃ッッ!!」
フアナが巨大な光の刃を放った。エメラルディアはソニアを角にぶら下げている為回避が間に合わず、再び体毛を発光させた。しかしフアナの刃は体毛のない顔へ寸分の狂いもなく迫り、そのまま無惨にも顔を切り飛ばした。エメラルディアの顔が地に落ち、当然ソニアも地面へと落下した。フアナが慌てて駆け寄り、アルも木から飛び降りて駆け寄った。
フアナがソニアの腹に突き刺さってる角を抜いていき、(その際ソニアは耳を塞ぎたくなるような絶叫をあげたが、フアナは無表情に淡々と最後まで抜ききった)アルは腰のポーチから紫色の液体が入った小瓶を取り出した。
「や・・・やめ・・・やめろ。それ・・・・かけないで。」
ソニアは息も絶え絶えに懇願したが、返答はアルの笑顔だった。
「安心しろ。地獄は一瞬だ。」
そして、その液体をソニアの傷へと振り掛けた。
「グガアァァァァアアアアアアアアアアァァァァァアアアーーーーーーーーーーっっ!!!!」
ソニアの断末魔のごとき大絶叫が山に木霊した。傷口はみるみる元通りに癒されていき、数秒後には傷跡ひとつない綺麗な肌に復元されていた。もっとも、あまりの激痛にソニアは気絶してしまっていたが。
「相変わらず、すごい効果。」
フアナが感嘆の声を漏らした。
「だろ?小大陸で手に入れた霊薬だ。部位破損じゃなければ大抵の傷や病気は元通りだ。フアナもこれがあれば安心して危険な修行ができるぞ?」
「・・・・・・それを使うような怪我はしないようにする。」
王都が今まさに危機を迎えようとする頃、ソニアは文字通り命懸けの修行を、人とは思えない人外教官によって強制的にやらされているのだった。