㉑グランフェルド城の戦い ~伝説のロイヤルクラウンと伝説の魔物~
グランフェルド王国の西と東にスカルキングの軍勢が迫っていた。その足音は今だ聞こえずとも、迫り来るプレッシャーが質量をもって王都の冒険者を押しつぶさんとする。
「ど、どうすんだよっ!?逃げるかっ!?戦うのかっ!?」
「逃げるだとこの腰抜けがっ!!今戦わんでいつ戦うと言うんだっ!!そんなことだからお前はいつまでたってもE級から上に上がれんのだっ!」
「だが実際スカルキングは俺たちの手に余るぞ?そこの腑抜けに同調するわけじゃないが、何か策がなければとても太刀打ちできない。」
「こういう時こそ定石に則って城壁の上から応戦するのが一番だ。何か特別なことをする必要はねえ。魔法をぶっぱなして弓を放ち、投石と松脂で耐久戦だ。」
「そりゃ人間相手だったらだろ。そんなのでA級のスカルキングに効果があるとは思えないけど。」
西門に集まった冒険者達は統制が取れておらず、各々好き勝手に意見を言って行動方針すら決められずにいた。本来であればC級、B級といった上級冒険者がまとめるのだが、その上級冒険者達ですらA級の魔物とやり合った経験は無く、しかもそれが大軍で来るとなれば平常心ではいられなかった。また、不運なことにこの時王都には皆をまとめられるほどの特出した冒険者、つまり実績のある皆が納得できる意味での実力者が不在だったこともある。有名なB級、A級冒険者は今回の騒動で各地に散っており、残ったB級冒険者は似たりよったりの堅実な実力者、言い換えれば個人の実力ではなく確実な以来達成をチームで積み重ねてきた安定志向の冒険者ばかりだった。そんな彼らが遥か格上のA級魔物などと戦った経験があるわけがない。当然、この状況は西門だけでなく東門でも同様であった。
意見の相違が口論となり、そのまま乱闘にまで発展しそうになった時、ついに敵が肉眼でも見える距離に現れた。
体長3メートル、全身を鮮血に染められた真紅の鎧を身に纏い、合計6本の手にはそれぞれ剣、バトルアックス、槍、弓などを装備している。兜の下で不気味に光る緑色の眼光は憎しみに猛り、骨のみの口が笑うようにカタカタと震えていた。手足が千切れ、胴体を両断され、首のみになっても戦うことをやめないアンデットナイトの王達は西門側だけでもその数約5千。まるで正規の国軍並に足並みを揃えて進軍してくる。
その光景は、まだ口論するだけの意気があった冒険者達の心を折るには十分すぎる程絶望的な進軍風景だった。
一人の冒険者が持っていた剣を落とした。
「ダメだ・・・勝てっこない・・・・・・」
今度はその一言を咎める者はいなかった。もはや逃げることすら叶わない。真なる絶望は人を無気力にし、思考を放棄させた。城門の上に陣取った冒険者達は、ただ静かにスカルキングが進軍してくるのを眺めるのみであった。
「道を開けてもらえますか?ヒヨコさん達がいるせいで敵が見えません。」
そんな、この場においては異端ともいえる淡々とした声で、呆然としていた冒険者達は我に帰った。声のした方を見ると、冒険者協会会長であるプララが城壁の階段を上がってくるところだった。いつも通りの薄緑色のローブを頭まで被り、背には大きな弓を背負っている。矢筒は見当たらず、両の手にも武器らしきものは無かった。
「プ、プララ会長・・・ど、どうするんですか?敵は・・・圧倒的に強大です。」
冒険者の一人が呟くと、それに同調する声が周囲から上がった。プララはニコリと微笑んだ。
「ピーピー喚かないでくださいヒヨコちゃん達。あなた達はそこで勉強です。冒険者とはどこまでも高みに昇る意思が必要です。そうでなければいつまでたっても一般人の枠から抜け出せません。私が見本となり示しましょう。」
プララはそう言うと城壁の縁まで進み、敵の軍勢が見渡せる位置で止まった。そして縁に足を掛け、背の弓を手に取った。その弓に弦は張られていなかったが、プララが普通の弓同様に弦を引き絞る動作をすると明滅する光の弦が現れた。プララはスカルキング5千に狙いをつけた。
「閃光」
プララは言葉を発すると同時に弓を射った。その瞬間、幾千もの閃光がスカルキング目掛けて放たれ、背後で怯える冒険者達が瞬きをする間に敵の軍勢は跡形もなく消滅してしまった。その攻撃を目で捉えられた者は皆無だったが、プララが射った光の矢は5千のスカルキング一体一体の急所を正確に捉え、光魔法の清浄効果と合わさりあっという間に殲滅したのだ。
冒険者達は目の前で起こったことが理解できず、固まったままだったが、プララは素早く第二射を構えた。そして殲滅したスカルキングの居た場所に魔法陣が現れ、再び魔物の軍勢が出現した。
「今度は飛龍の軍勢ですか・・・」
竜。生物の中でも屈指の戦闘力を誇る空の王者である。魔法陣から出現した数千の飛龍達は先ほどのスカルキングのように統制された隊列とは違い、空を縦横無尽に飛び回って城壁へと接近してきた。プララの目がスっと細まった。
「流星群」
プララは今度は弓を上空へと構え、天へと向かって射った。目が眩む程の巨大な光の矢が飛龍達よりもさらに上空へと放たれ、空中で一瞬静止した後に突如破裂した。無数に爆ぜた光の矢はそのまま大地に向かって流れ星のように降り注いだ。当然、天と地の間を飛び回っていた飛龍達はその流星群から逃れるすべもなく、無残にも跡形もなく穿たれて絶命した。
そして、プララはすぐさま第三射を構えた。
「さて、お次の的はなんでしょうか?」
西門の一帯に魔法陣が浮かび、三度魔物の軍勢が出現した。通常ならばS級魔物の軍勢、しかもその波状攻勢など為すすべ無く蹂躙されるのみであるが、元『王国』のロイヤルクラウン、生ける伝説の『流れ星』プララにとっては唯の的当てでしかなかった。
一方、逆側の東門の状況。
「そら、次のがいくぞっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
グロリアの声を合図に、一体のスカルキングが防御結界を抜けた。相手をするのはグロリア直轄の精鋭騎士団である『円卓の騎士団』100人。S級の魔物であるスカルキング一体は、精鋭の騎士100名とほぼ互角であったため、まだ五体目だったが騎士たちは既に精根尽き果てる寸前だった。
そんな状況を可能にしているのはグロリアの盾『不動の盾』の力である。その力は動きを完全に止めて使用すると絶対防御といえる結界を創りだすというものだが、その不動レベルのジャッジが非常にシビアな為、持ち主が現れることなく埃を被っていたのをグロリアが入手したのだ。ちなみに、戦闘が始まって2時間、結界は四方に数キロ広がった状態で展開され続けていた。当然その間グロリアは不動の体勢を維持したままだ。先ほどのようにグロリアが口を開いてしゃべると一瞬結界が消え、上手く一体づつ結界から抜け出させている。
「グ、グロリア様・・・・も、もう限界です。」
円卓の騎士団4隊長の一人、テラという青年が息も絶え絶えに懇願した。それを聞いた同じ円卓の騎士団副団長マースは眉を吊り上げる。
「テラッ!!何情けねーことほざいてやがるっっ!!そんな弱音を吐く暇があったら一太刀でも攻撃入れろやっっ!!」
「でもマース副団長――――」
「まだ言うかお前っ!!」
「いや・・・・後ろの騎士たちで起き上がっている者がいないのですが・・・・」
「は?・・・・・・・・まぁ、4体持ったのも奇跡かもな」
テラの言葉に後ろを振り返ったマースは、死屍累々といった状況の団員を見てため息を吐いた。立っているのはマースとテラと残りの3隊長のみで、残りは地面に突っ伏していた。
そんな状況を見たグロリアは、ここらが潮時かと、結界を解いた。
「マース、4隊長と一緒に団員達を回収して撤退。今日の訓練はここまでにする。」
グロリアの発言に、マースは敬礼し、テラは「これが・・・・訓練ですか・・・・」と呟き、指示に従った。その間にスカルキングの軍勢が押し寄せてくる。
「無双舞槍」
グロリアは目で追うことすらできない高速移動と共に槍を振るった。その一瞬で数十のスカルキングの急所を捉え殲滅する。そして、その鬼神のごとき槍は止まらずに舞い続け、わずか十秒程で実に五百に届くかという敵数を屠った。
「全く、無駄な犠牲がでるから強くは言わんが、他の騎士団も加勢する気概くらいは見せても良いだろうに」
グロリアは敵を殲滅しつつ呟いた。他の騎士団達は東門の城壁の上でただ眺めているのみ。本人達はいざという時の篭城戦の為だとか言っていたが、こんな乙女一人で戦わせるなんてそれでも男かとグロリアは怒鳴りたかった。
・・・・ちなみに、2メートル超えの身長でA級魔物の軍を瞬殺できてしまう力を持つ乙女である。
マースと4隊長が円卓の騎士団を無事(?)撤退させる数分の間に5千のスカルキングを屠る乙女である。本人が乙女というのだからそうなのだろう。
スカルキングを全て殲滅したグロリアは、しばらく周囲を警戒しつつ様子をみた。一時の静寂。もしやこれで終わりかとグロリアが考えた次の瞬間、突如スカルキングの死体達が青白く発光した。そしてその光は輝きを増していき、やがて爆発したかのような極大な輝きと同時に天へと放出された。グロリアが見上げると、遥か上空に巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。遠い城壁で騎士達がどよめいているのが聞こえたが、グロリアは意識を魔法陣に集中させた。
魔法陣から、それは出現した。50メートルはある巨大な体躯。天を覆う両翼は太陽を覆い隠さんと広げられ、見るものに絶望を与える凶悪な牙を持つ口と緑色に燃え上がる眼。全身に生えた漆黒の鱗は鋼のように光沢があり、あらゆる魔法を跳ね返す天然の魔防壁。両手からはおぞましくさえある極太の爪。
グロリアは自らの目を疑った。それはかつてアルと共にロイヤルクラウン総出で討伐した伝説の魔物。災害級と呼ばれる中でさえ桁違いの怪物にして最古の魔竜。中大陸最強の生物。
「・・・・ドルヴォロス」
グォオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!
『魔神竜』ドルヴォロスは、グロリアの呟きに応えるかのごとく、聞く者に生を諦めさせる咆哮を放った。