⑮バレる時はあっさりと ~巻き込まれる時は預かり知らぬところで~
アルが一階でコリスに搾られていた頃、プララの執務室には重苦しい空気が流れていた。この場にいるのは会長のプララ、本部長のレヴォーナ、そして王国騎士団団長グロリアの女三人である。
プララは自らの執務机に腰掛け、レヴォーナはその横に立っており、グロリアは応接用のソファに座っていた。2メートルを越える長身に加えて、全身白のフルアーマーに身を包んだグロリアの重さにもソファは軋まずに耐えている。これは以前その重さに悲鳴じみた軋む音を出したソファにグロリアが悲しんだ為、プララが新調したのだ。
「その話、どの程度広まっている?」
グロリアが『時計塔』の一件について尋ねた。プララは険しい表情で口を開いた。
「すでにゼブルモスカ帝国では国中に広まっていました。あそこの帝都は『時計塔』の本拠地でしたから。おそらく数日中にグランフェルドへと入国する商人や冒険者からこの王都にも広がると思います。国内であれば通信プレートを通じてすぐに皆が知ることになるでしょう。」
グロリアはプララの話を聞いてしばし沈黙した。レヴォーナは問題の冒険者『暗黒』の人物像を思い浮かべ、思わず頭を抱えたくなった。
「お話し中スミマセン。『暗黒』ラズロ・ネクロフォビアは行方不明と聞いていますが、恐らくここグランフェルドに向かっているのではないかと。」
レヴォーナの言葉に、プララとグロリアはレヴォーナを見つめた。どちらも特に大きな反応はせず、その表情は自分たちの考えも同じであると物語っていた。
「そうですね。確かに彼はグロリアに恨みを持っています。しかしそれだけで決め付けるのはどうでしょうか」。
「・・・それに、それならただ私を狙えばそれでいいはず。自らのギルド員を皆殺しにする意味が判らん。」
二人はレヴォーナ同様にラズロがグランフェルドを目指しているとは考えたが、確証はなく、それに説明できない不可解な行動も気にかかる。何か自分たちが気づいていないことがあるような、パズルのピースが揃っていないようなスッキリしない気持ち悪さがあった。
「考えても答えは出なそうだな。プララ、実際にどうするんだ?」
「四大ギルド・・・いえ、今となっては三大ギルドですね。そのギルド長に帰路の途中で招集をかけました。近日中にこちらへと到着するでしょう。緊急会議を開きます。」
「そうか、・・・提案だが、グラディウスも呼ぶべきだと思う。ゼブルモスカ帝国に公式文書で依頼する形にはなるが、状況が状況だ、恐らく大丈夫だろう。ミルドランとネクスにも来て欲しいところだが、片や一国の王、片や指名手配犯では難しいだろうな。」
グロリアは他の元ロイヤルクラウンも呼ぶべきだと提案した。レヴォーナは驚いてグロリアを見つめた。
「そこまでする必要がありますか?協会本部と三大ギルドで十分ではないかと思いますが。」
「レヴォーナ、ラズロは危険です。彼の能力を考えた場合、数は揃えなければいけません。」
レヴォーナの言葉をプララが厳しい表情で否定した。レヴォーナは困惑する。
「ラズロは確か・・・召喚術を得意としていましたね」
「そう、現在世界最強の召喚術師です。その意味が判りますか?」
プララはレヴォーナを見据えながら尋ねた。レヴォーナの頭に疑問符が浮かぶ。その心を読んだグロリアがプララの代わりに説明した。
「彼はS級の魔物すら召喚できる。それも複数同時にな。過去に魔物の大群が発生した際、たった一人で数万のB級からD級の魔物を召喚して撃退したこともある。一対一で彼に勝つことと、街への被害を防ぐことは全くの別問題だ。姿を隠しつつ各地にS級の魔物でも召喚されたら私やプララがいくら頑張っても対応できない。ゆえに強者を集める必要がある。」
グロリアの説明に、レヴォーナは絶句した。そんな反則じみた能力だとは知らなかったのだ。そして、その話を聞いて、一人の男の姿が頭をよぎった。今密かに帰還しているもう一人の反則能力者を。しかし、ここで彼の話を出す前に、一度打ち合わせをする必要がある。彼はプララやグロリアなど昔の仲間に会うのを避けている為、下手に暴露して彼の機嫌を損ねるわけにはいかないと考えたからだ。
レヴォーナは慎重に口を開いた。
「なるほど、お話は判りました。私にも一人信頼できる実力を持った人間に心当たりがあります。その会議に参加できるか打診してみましょう。」
その言葉にプララとグロリアは顔を見合わせた。
「それは私の知っている人物でしょうか?」
プララの質問にレヴォーナは答えに迷う。当然だが、メチャクチャ知り合いですけど四百年会っていませんよ~?とは言えない。内心で頭を捻っていると、意外にもグロリアが助け舟を出してくれた。
「もしや、先日ソニアという冒険者が言っていた危険人物か?」
グロリアは謁見の前にソニアが話していたことを思い出した。身の危険を感じる馬鹿。そう説明された冒険者のことを。散々な例えだと、こんな状況にも関わらず口元が綻んだ。兜で表情は見えないが、長い付き合いであるプララはグロリアが機嫌を良くしたことに気がついた。
「グロリアも知っているのですか?危険人物?そんな人間が信頼できるのですか?」
「いやプララ、それは恐らく冗談だろう。ソニアという冒険者は中々親しい様子で説明してたからな。」
グロリアがフォローを入れてプララはホッとした表情を見せた。スミマセン冗談ではなく危険人物ですけど、とレヴォーナは思ったが、沈黙を貫いた。
「ではその方も連れてこれたらお願いします。会議は他の三大ギルド長が揃い次第始めます。グロリア、グラディウスにも手を貸してもらえるように国王に話してください。」
プララの言葉にグロリアは頷き、優雅な動作で立ち上がると退室した。
さて、私はあの両断狂に何て言おうかと、レヴォーナも退室しながら頭を捻るのだった。
そんな預かり知らぬところで自分が話題になっていることなど露知らず、アルは協会を逃げ出した後フアナを連れて北の門に来ていた。これから始まるだろうカイル王子の帰還パレードが終わるまで一狩り行こうと思ったのだ。フアナは昨日の今日でもう狩りに行くのかと、若干疲れ気味だったが反論はしなかった。
門を出るとすでに朝というには遅い時間ということもあり、街道に人が溢れていた。うむ、活気があって非常によろしい。そう思いながらアルも街道を行くため足を踏み出した。と、その横を一台の豪華な馬車が横付けされた。
アルは訝しげにその馬車を見ると、扉が開いて淡いゴールドアーマーを来た女騎士が姿を見せた。その女騎士を見て、隣のフアナが目を見開いた。
女騎士は長く美しいブロンドヘアーを靡かせ、颯爽と馬車から飛び降りると真っ直ぐにこちらへ向かってくる。ソニアと同じくらいの身長だが、醸し出す雰囲気は比べられない程の実力を秘めていることが判る。腰に華奢な身体には不釣り合いな大剣を身に付け、背には鎧同様の淡い金色の盾を背負っており、意志の強そうな蒼い瞳が鋭くフアナを睨みつけていた。
アルとフアナの傍まで来ると、女騎士は美しい髪を軽く払ってから口を開いた。
「フアナ、聞いたわ。王国を辞めたそうね。」
「ええ。」
その単刀直入な言葉に、フアナも真っ直ぐに見返して答えた。女騎士は困惑する。
「一体どうしたっていうの?それにこの男は誰?」
「彼はアル。私が目標とする人。アル、この人は王国のロイヤルクラウン。その筆頭であるAA級冒険者、『黄金』のアン・ベアトリクス。」
女騎士がアルのこと睨みつけながら聞いた。フアナは女騎士の言い方に頭にきたのか、一歩前に出てアルを紹介した。アルは突然の展開に付いていけていなかったが、フアナの紹介でアンを見つめた。
「へぇ、ロイヤルクラウン・・・ね」
アルはアンを見て、自分がガッカリしていることを自覚した。ロイヤルクラウンという名は、アルには少々特別なのだ。今の王国がどうあろうと構わないが、フアナと違ってこのアンという人物には興味が沸かなかった。少なくとも今のままではこれ以上成長は難しいだろうと、アルは評価した。
そんなアルの態度が気に障ったのか、またはフアナが目標と言ったことに納得できないのか、アンはアルに近づいて睨みつけた。
「何あなた?冒険者のクラスは?」
「ん?E級のアルだ。覚えなくていいぞ。無名だし。」
「E級ですって?ちょっとフアナ、あなた気でも違ったの?こんな男が目標って、冗談にも程があるわよ。」
アルを蔑むように鼻を鳴らしたアンはフアナへと向き直った。フアナは努めて平常心を崩さず、おもむろにローブを頭から脱いだ。鎖帷子姿となったフアナを見て、アンは驚愕した。なぜならその左腕が肩口から無くなっていたからだ。
「そ、その左腕は・・・」
「アルとの戦闘の結果。彼と戦って生き残れたことは、生涯自慢するつもり。」
それだけ言うと、フアナは再びローブを着直した。アンはしばらく驚きから立ち直れずにいたが、やがて震えながらアルを睨んだ。
「あなた!アルと言ったわね!私と決闘しなさい!!もし私が勝ったらフアナには王国に再加入してもらうわ!!」
突然なにほざいてんだこの女。そうアルは思ったが、アルが口を開く前にフアナがゆっくりと首を振った。
「アン。はっきり言っておくけど、たとえ『女王』でもアルには敵わない。悪いことは言わないからやめたほうがいい。」
「はぁ?あなた何を言っているの?」
流石にそれはありえないと、アンは呆れた声を出した。
そのまま街道の道端でアンとフアナが言い争いを始め、アルが退屈していると、突然馬車の扉が開かれた。黒いローブを身に纏い、同じく真っ黒な髪を腰まで伸ばした妖艶な美女が、面白そうに微笑みながら馬車を降りてきた。アンはフアナとの言い争いをやめて慌てて片膝を付いた。
「何やら面白い話が聞こえたのう。妾でも敵わないとか。殺す前に顔をよく見ておくとしようかのう。」
その美女こそ、元ロイヤルクラウン、現王国のギルド長である『女王』エリザベート・ヴェールディッヒであった。
アンは恭しく片膝を付いたまま頭を下げ、フアナはまさか『女王』本人がいるとは夢にも思わず、顔を青くしながら思わずアルの背後に隠れた。アルはというと、
「げ、やべ、・・・まぁしょうがないか。バレるときはこんなもんだろ。」
と、半ばヤケクソ気味に開き直っていた。
意気揚々と馬車から降りたエリザベートは絶対的自身と余裕を持ってアルへ顔を向けた。アルは「よっ、久しぶり。」とでもいうかのように片手を挙げ、それを見たエリザベートは余裕の微笑のままフリーズした。まるで一帯の時間が止まったかのような静寂。頭上のエリザベートが無言でいるのを疑問に思ったアンが、恐る恐る顔を上げると、顔を蒼白にして立ちすくむエリザベートの姿があった。目の錯覚か、体がブルブル震えているように見える。
状況が今一飲み込めないアンがエリザベートに声を掛けようとすると、突如エリザベートがすごい勢いでアンの方へと振り向いた。
「アン、お前はそこの元王国の冒険者と話があるのだろう!?妾のことはいいから親交を深めて来ると良い!馬車で先に行っておれ!ほれ、フアナとかいったかのう!?お主もボウっとしてないでさっさと馬車に乗らんかえ!アンも!さっさと!!」
怒涛の勢いに押されるようにアンとフアナは馬車へと押し込められ、馬車はそのまま王都に向かって走りだした。残ったアルとエリザベートの間に気まずい沈黙が落ちる。
その空気を嫌ったアルは、頬を書きながら口を開いた。
「えっと、じゃあ殺り合うか?確か殺す前に顔をよく見たいとか何とか言っていたような・・・」
「やるわけないであろう主様!!妾に自殺願望などないわっ!!一体いつ!?いつお戻りになったのじゃ!?あやうく部下の前で大恥かくところじゃったわっ!!」
顔中に冷や汗を浮かべたエリザベートは、先ほどまでの自信と余裕に溢れた態度はどこへやら、大慌てで前言を撤回した。そこに『女王』と敬われ、恐れられている威厳などなく、あるのは四百年前同様のアルに対する恐怖心と、一度完全敗北して以来の心折れた魔女の姿なのであった。