⑭スミマセン ~ 間違えちゃったじゃ済まねーぞコラ ~
翌日の朝早く、協会本部にアルとフアナの姿があった。アル達が入ると、中にいた冒険者と受付の目が集まった。これは有名な冒険者であるフアナが現れたからだろう。室内に微かなざわめきが起こった。どういうわけか、男性陣からはアルへと厳しい視線が注がれている。
アルはそんな視線を軽く受け流し、フアナに話しかけた。
「そういえば、ギルドの脱退ってどうするんだ?協会で報告するだけでいいのか?」
「協会へ報告で大丈夫。普通はあらかじめギルドに報告してから協会で受理してもらうけど・・・」
フアナはおもむろに通信プレートを取り出した。魔力を通して起動すると、口を近づけた。
「アグニ、ミレニアムウルフの血は手に入れた。これから協会で依頼達成報告をする。それと、そのまま王国は辞めることにしたからよろしく。」
フアナは一方的に告げると通信プレートを切った。そのやりとりにアルは呆れた視線を向けた。
「世話になったギルドに冷たくないか?」
「世話になってはいない。ただ扱き使われただけ。目に映る目標が近くにいたから入ったけど、もう必要ない。」
淡々と話すフアナに、アルはやれやれと首を振った。
「『幻影』のフアナさんですよね?」
アルとフアナが話していると、突然横から声をかけられた。見ると銀の鎧に身を包んだ青年が爽やかな笑顔で立っている。背はアルよりも低く、レヴォーナと同じくらいか。耳にかかる程度のブロンドの髪は緩く波打ち、女性受けしそうな二枚目な顔は微笑んでいるがその目は笑っていない。
アルは目でフアナの知り合いか確認するが、フアナは首を振った。
「初めまして。僕はグランフェルド王国の騎士をしているテラといいます。」
テラと名乗った青年は丁寧な物腰で自己紹介をした。フアナは首を傾げた。
「私に何か用?」
「特に用は無いのですが、有名なB級冒険者にぜひご挨拶がしたくて。」
「そう、ご丁寧にありがとう。・・・王国の騎士にしては随分腰が低いのね?大抵は冒険者を侮っている者が多いから、ちょっと警戒してしまったわ。」
フアナの素っ気ない態度にも動じず、テラは笑顔で苦笑した。
「そういった者が多いのは知っています。ご迷惑をお掛けしているようなら申し訳ございません。私はグロリア様直轄の騎士団なので、当然冒険者の方にも敬意を払っていますよ。」
「直轄・・・あなた円卓の騎士団?」
テラの言葉にフアナの目尻がわずかに吊り上がる。テラはにこやかに頷いた。
「そう、迷惑ということなら、冒険者の中でも馬鹿は多いから、お互い様ということで気にしてないわ。」
「ははは、そう言ってもらえると助かります。ところで御一緒の男性を紹介していただいてもよろしいですか?」
テラはフアナの隣で興味なさそうに立っているアルを見つめた。テラの情報にはない人物に、社交辞令ではない興味をもって尋ねた。
フアナはアルにどうする?名乗る?と言った意味を込めた視線を向けた。アルは肩をすくめてフアナの前に出た。
「E級冒険者のアルだ。無名だから覚える必要はない。」
「E級ですか・・・これはまた、肩書きに似合わない雰囲気をお持ちですねぇ。ここが戦場なら回れ右して逃げ出すかもしれません。」
本気とも冗談とも判断できない、軽い態度でテラは笑った。そんなテラにアルは少々興味を覚えた。出会ってから常に笑顔を崩さないが、その目はずっと笑っていない。中々の実力者だなとアルは思った。フアナもまた同じ考えか、最初よりも警戒しているのが雰囲気でわかった。いつのまにか右手がローブから出ており、極々自然な動作で絶妙な間合いをとっていた。
「それで、そのグロリア様直轄の騎士が冒険者協会で何してるんだ?」
「それは関係者以外にはお答えできません。と、格好よく言ってみたいところですが、大したことじゃありません。昨夜冒険者協会のプララ会長がお戻りになられたという情報が入ったので、旧交を深めにグロリア様が訪ねただけです。私はただの付き添いですね。」
テラの説明に、アルとプララは内心動揺した。大したことではないと言ったが、アルにしてみれば非常に重要な情報を図らずも手に入れてしまった形になったからだ。もし知らずにレヴォーナに会いに行けば、見事にプララとグロリア二人に鉢合わせしてしまったかもしれない。
「そうか、まぁ俺達には関係ない話だな。じゃあそろそろ行かせてもらおうか。」
「引き止めてしまって申し訳ございません。ではまたどこかで。」
テラは軽くお辞儀をして二人の前から去っていった。アルとフアナは顔を見合わせた。
「こりゃ運がいいのか悪いのか。とりあえずさっさと魔物を買い取ってもらって出直そう。」
「それがいい。私も依頼達成の報告を済ませる。」
二人が受付に行くとコリスの姿はなく、ラムと呼ばれていた犬の獣人といつぞやの狐の獣人がいた。二人の受付嬢は近づいてくるアルとフアナを見て、わずかに緊張した。
「はわわ、ア、アリーさん。アルさんが近づいてきます。コリスさんを呼びますか?」
子犬のようにプルプルと震えてラムが隣のアリーへと相談する。
「落ち着くだわさ。問題児に対応できてこそ一人前の協会職員。ここは落ち着いて対処するだわさ。」
「で、ではお手本を!」
「ようこそ冒険者協会グランフェルド本部へ。フアナ様、本日はどのようなご要件でしょうか?」
手早くフアナへと声をかけるアリー。その裏切りにラムは涙目で「はわわわっ」と慌てている。
「こんにちは」
「ほわっ!?こここ、こんにちはっ!です!ほほ、本日はどのようなご要件でしょうか!?」
動揺しまくるラムに、アルは溜息を吐いた。
「・・・魔物の買取をお願いしたいのだけど」
「まま、魔物の買取ですね!あ、素材買取って言葉知ってますか!?」
「・・・コリスに何言われているか知らんが、別に取って食べたりしないから少し落ちつけ。それにその対応は確実にコリスの悪影響を受けてるだろ。」
あの女、同僚に何教えてやがると、アルの額に青筋が浮かんだ。それをみてラムの震えがひどくなった。
「で、では買取カウンターで査定しますので、こちらへどうぞ!」
ラムに促され、いつもどおり大ホールに向かうことにするアル。隣に目をやると、狐の受付嬢がフアナの依頼達成受理とギルド脱退の手続きを行っているのが見えた。
「じゃあすぐに戻るから。」
一応フアナに一声かけておく。フアナは黙って頷いた。
素材買取カウンターがある大ホールに入り、さっさと終わらせようと暴食魔剣を抜く。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
いざ収納した魔物を出そうとした所でなぜかラムから待ったがかかった。何やらブツブツつぶやいているので耳を澄ましてみると、
「大丈夫、以前見たように大量の魔物が出現しても冷静に、冷静に。私はできる。私はできる。私はできる。すーは~、すーは~・・・・・・よしです。さーアルさん!どっからでもかかってきてください!」
この子は俺のことを何だと思っているのか。アルはプルプル震えるラムを見ながら内心で頭を抱えた。今度コリスに会ったら色々と話さねばならないと固く決意した。
「暴食魔剣リバース」
アルは意気消沈しながら魔剣から魔物を出した。
「ではミレニアムウルフの血の入手の確認が取れましたので、依頼達成です。報酬ははどうされますか?」
アリーの言葉に、フアナは首に掛けられた王国のギルド員を示す王冠を模した首飾りを外して渡した。渡されたアリーは動揺することなくそれを受け取った。
「王国は辞めるから、その首飾りといっしょに王国に送っておいて。」
「わかりました。では冒険者ギルド王国の脱退を受理しました。報酬額といっしょに王国に送っておきます。」
フアナは頷いた。隣のアルが魔物の買取の為奥の扉に向かうのが見えた。すぐに戻ると言って扉が閉じるのと同時に、横の階段からコリスが降りてきた。
「あらフアナ様、依頼達成の報告ですか?」
コリスの言葉にフアナは再び頷く。感心したようにコリスがニコリと笑った。
「さすがですね。ミレニアムウルフなんて並みの冒険者じゃ見つけるのも困難だというのに。」
「私は何もしていない」
フアナの言葉にコリスとアリーが首を傾げた。
「ミレニアムウルフはアルが倒した。血はただ譲ってもらっただけ。」
淡々と恐るべき事実を告げるフアナ。アリーは驚愕に目を見開き、コリスは顔を険しくしかめた。
「・・・ちなみに、アルさんは―――」
と、コリスが尋ねようとした時、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!?」
耳をつんざくような悲鳴が奥の大ホールから響いた。アリーとコリスはそれがラムの声だと分かり、慌てて素材買取カウンターへと向かう。
「アリー!まさかラムが受けている冒険者って!?」
「アルさんだわさ!!」
「あんた馬鹿でしょっ!?あんな大問題冒険者を新人に任せるとかありえないわよ!!」
「これも経験になると思ったんだわさっ!!」
「トラウマになるわよ!!」
言い合う二人が扉を開けると、そこには木、木、木の山だった。もう埋め尽くすかのごとく木々が溢れ、開けた扉から中に入れないほど木がホール一杯に出現していた。
アリーはポカンとした表情で呆け、コリスは怒りのあまり瞼がピクピクと痙攣している。そして息を大きく吸い込むと、王都中に響かんとばかりに叫んだ。
「クォォラァァァァーーーーーーーーーーーーーーー!!!アルさんッッ!!!これはどういうことですかぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」
あまりの大声に隣のアリーは思わず体が竦んだ。奥からは「助けてください~~~」とラムの声が弱々しく聞こえる。
数秒後、奥から「暴食魔剣」と聞こえ、次の瞬間木々の山は跡形もなく消え去った。今まで木々に隠れていた何十もの魔物の死骸がホール内に残り、買取りカウンターの前には5メートルはある狼の魔物の死骸があった。そして、その狼に下敷きにされてしまっているラムの姿があった。
アルはミレニアムウルフの死骸を片手で持ち上げ、泣いているラムを救出した。ラムはもがきながらアルから離脱し、這うようにコリスの元へと逃げ出した。コリスはラムの頭を撫でるとアリーに預け、鬼の形相でアルに歩み寄った。
「・・・なにしてんですかコラ。」
「いや、間違えちゃった。」
アルは失敗失敗と笑いながら頭を掻いた。コリスの顔が鬼の形相から無表情になる。
やだ怖い。と、アルはさすがに縮こまった。
「間違えちゃったでウチの職員を殺されちゃたまらんわオイコラボケナス。」
コリスさん言葉遣い!と、いつかのように思ったが、とても口にだせる雰囲気ではなかった。当然だが、大ホールの扉からはいつのまにかフアナが覗き込んでおり、またその後ろから騒ぎを聞きつけた大勢の協会職員と冒険者が野次馬となって群がっている。
「スンマセンでしたーーー!!」
美しいとさえいえるほど見事に体を九十度に折りたたみ、全力で謝罪するアル。コリスは腕を組んで無表情で見下ろし、離れた所ではラムの泣き声が響いていた。「うわぁ、針のムシロだわさ」と、ラムにアルを押し付けたのも忘れ、アリーは他人事のように呟いていた。
その後、小一時間ほどコリスから説教されたアルは何とかミレニアムウルフと他の魔物の査定をしてもらい、逃げ出すように協会を後にした。
フアナはというと、なぜか「さすがアル。その破天荒ぶりも正に冒険者。」と意味の分からないリスペクトをし、一層見直したようだ。
ちなみに、これ以降ラムはアル恐怖症となってしまい、アルが協会に来る度に失神寸前となってしまうのだった。