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とりあえず斬っておこう  作者: 九
グランフェルド王国
13/25

⑬次なる野望  ~動き出す中大陸~

 約半日の行程を経て、無事に王都へと帰還を果たしたアル。当然の如く、その傍らにはフアナの姿があった。

 すでに空には月が浮かんでいる。細く、鋭利な刃物のような三日月だ。門前に人影はまばらで、わずかな旅人と商人らしき人々がホッとした表情で門を潜り、それを眺める門番は疲れた顔をして立っていた。どこか哀愁すら感じる光景だったが、アルとフアナは軽い足取りでさっさと門を通り抜け、ひとまず腹ごしらえをしようと酒場を目指した。

 「そういえばフアナはどこに泊ってるんだ?」

 手頃な酒場を探しつつ、アルは雑談がわりの質問をした。フアナはアルを見上げた。

王国キングダムのギルドメンバー専用宿舎。アルは?」

「俺は黄金の夜明け亭ってところだ。ご飯が美味いんだよ。」

アルが宿のご飯を思い浮かべながら答えると、キュルキュルと腹が鳴った。いかんいかんと、お腹をさするアル。フアナは考えるように地面に視線を落とした。

「私も今日からそこに泊まる。」

「は?せっかくギルドメンバー専用宿舎があるのにか?たぶん黄金の夜明け亭のほうが高いと思うぞ?」

「どのみち王国キングダムは抜けるから。それに、そのまま黄金の夜明け亭でご飯を食べた方が楽でしょう。」

フアナの言葉に、アルは「そりゃそうだけど」と言いつつ、戻ってきてからほとんど黄金の夜明け亭以外の場所でご飯を食べていないことに気がついた。

「宿はそれでいいけど、たまには違うところで食べたいからやっぱり酒場でも行こうぜ。」

少し考えた後にそう切り返すと、フアナは黙って頷いた。

 黄金の夜明け亭でフアナが宿をとるとすぐに二人は外に出た。フアナ曰く協会の近くに美味い酒場があるというので、土地勘などないアルは下手に散策などせずに即決でその酒場で食べることに決めた。空腹が限界だったので考えることを放棄したのだ。

 酒場に入ると当然というか冒険者らしき風貌の客が多く、五月蝿いくらいに賑わっていた。時々怒号が聞こえ、コップやビンが舞う中を二人は気にせずに空いているテーブルに腰掛けると、各々好きな料理とお酒を注文した。アルは今回の依頼の最大の被害者であるワイルドベアの味噌鍋とエールを、フアナはテイルジャムという魚料理と果実酒を。

 料理を待つ間、これからについてある程度方針を決めておこうとアルが口を開いた。

「王子達が帰ってくるのは明日の昼頃だろ、そしたらパレードやら祭りやらで騒がしくなりそうだ。だから起きたらすぐに協会で今回の報酬を貰って、その後は適当に狩りにでも出掛けようと思うんだが・・・」

「思うんだが?」

 続きは?とフアナが視線で先を促す。アルは苦虫を噛んだような表情で頭を掻いた。

「ここらじゃあのミレニアムウルフ以上の魔物はいないみたいだ。となると些か面白みがないんだよなぁ」

 アルは周りの騒いでいる冒険者が聞けば卒倒するようなことを平気で口にした。幸い、周囲が五月蝿すぎてアルの声は聞こえていなかったが。

 フアナもまた、そんなアルを無表情に見つめつつ内心呆れていた。

「私、アルと戦って生き残れたことを一生涯自慢出来ると思う。」

「おう、自慢しろ。殺意をもってかかってきた相手を生かすとか、まずないから。」

 主に400年前のロイヤルクラウン達くらいの実力がないと。とはさすがに言わなかった。フアナは肩口から無くなった己の左腕に視線を向けた。アルは目を細めた。

「後悔してるか?あの場で死ななかったことを。」

 アルはあの時がフアナという冒険者が死する時ではなかったかという意味で聞いた。フアナは首を振った。

「・・・いいえ。この無くなった左腕が、今の私の誇りとなった。私はアルと戦い、経緯はどうあれ生き残った。無くした左腕がアルの剣を受けた証。そして生きていることがそのまま生き残った証となる。」

 それは力強い言葉だった。こいつは強くなりそうだ。そうアルは思った。

 お互い無言になり、少々気まずい空気となったが、タイミング良くお酒が運ばれてきた。二人はお互いのコップにそれぞれのお酒を注ぎ合うと、コップを持って掲げた。

「生き残ったフアナ・ハトシェプストに。」

「古今無双の冒険者、アルに。そして運命の出会いに。」

 二人は乾杯した。


 「で、聞きたいことがあるんだけど」

料理もあらかた食べ終わり、腹が膨れたところでアルが切り出した。フアナは果実酒をちびちび飲みつつアルを見た。

「災害級って一番近くてどの辺りにいる?」

フアナは口に含んでいたお酒を盛大に吹き出した。「うおっ!!?」っとアルの顔がお酒塗れになった。フアナはゲホッゲホッと咽て言葉にならず、アルは手で顔にかかったお酒を払っている。

「いきなりなんてマネするんだお前っ!汚いだろうが!」

「ゲホッ・・・いきなり!・・・は、こっちのセリフ!!。ゲホッゲホッ、・・・S級飛び越して災害級とか!あなたイカれてる!!」

「いや、A級であれじゃAA級もS級も想像つくからな。いっそ災害級にチャレンジしちゃおうかと」

「しちゃおうかじゃない!!そもそも災害級は討伐対象に入っていない!!現在4人いるS級冒険者が全員でかかって退散させるのが精一杯!!ただの自殺行為っ!!」

「ふーん・・・で、近くにいるのか?」

 フアナが珍しく声を荒げて忠告したが、アルは聞く耳を持たず、フアナの表情が引きつった。付いていくと言ったのは早計だったかもしれない。そもそも今の自分の実力では付いて行くことができないかもしれない。フアナは一瞬そんなことを考えた。

 ここで初めて目の前の男の異常さをほんの少し理解したフアナは、黙り込んで手の中の果実酒を見つめた。チラリとアルを見ると、その目は真剣で、決して伊達や酔狂で災害級に挑むようには見えなかった。

 フアナは覚悟を決めた。

「災害級の情報は各国の王族しか知らないことになってる。民衆が居場所を知ったら近くには住まないしパニックになるかもしれないから。それに馬鹿な腕自慢がちょっかいを出して大惨事になる可能性もあるし。だから・・・」

 フアナは自身が災害級の居場所を知らないことを仄めかした。当然、アルは諦めず、寧ろその眼は爛々と輝いた。

「なるほど、ということは、この国の王族も知っている、ってことだ。」

「それは・・・おそらく。・・・・・・どうする気?」

 フアナが不安そうに問いかけた。アルは満面の笑みを浮かべた。

「レヴォーナに報酬をもらおうと思っただけさ。カイル王子護衛の報酬は、王への謁見をお願いしよう。ま、それが嫌で影からのサポートだったが、必要なら会うしかないな。となるとやっぱり問題はグロリアか・・・」

「グロリア?伝説のロイヤルクラウンの?どういうこと?」

 アルは考えた。これから行動を共にするならばある程度自分のことを話すべきかと。しかしまだ信用できるかどうかは分からない為、しばらく様子を見てから結論を出すことにして保留とした。

「色々事情があってね、できれば会いたくないんだ。グロリアに会わずに王と謁見する方法が何かないか?」

「・・・王国キングダム絡みの情報で、近々四大ギルドの内三つのギルドが集まって協会本部で会議が開かれる。内容は不明だけど、協会が四大ギルドに招集をかけるなんて滅多に無い。かなり重大なことを話し合うと思う。レヴォーナ本部長にお願いしてグロリア騎士団長も会議に参加してくれるよう要請を出してもらえない?そうすればそのタイミングで王と謁見できれば解決。」

 フアナの案にアルはエールを飲み干しつつ考えた。

「悪くない案だけど、それだけだとまだまだ不確定要素が多いな。・・・よし、明日協会に行ったらそこも含めてレヴォーナと話し合おう。」

 アルはそう言うと追加のエールを注文した。フアナも果実酒を空けて追加注文し、そしてアルをじっと見つめた。

「・・・なんだよ」

「あなたのことをもっと話してもらえるよう、私は強くなる。信用してもらえるように。」

「頑張れよー、死んだら骨は拾ってやるからなー」

 フアナの真剣な想いを、アルは軽く受け流す。それが今の二人の関係だった。

 やがて追加のお酒が来て、二人は遅くまでチビチビ飲み続けるのだった。


 アルとフアナが酒場で飲んでいたのとちょうど同時刻、レヴォーナは協会の執務室で一人事務処理をしていた。積まれた書類の山が「今夜は寝かさないぜ?」とほざいていそうなほど高々と自己主張する机の上。終わりなき戦いに半ば自暴自棄になりながらとにかく仕事に没頭していた。もし今アルとフアナが楽しくお酒を飲んでいることを知ったら、恐らく気持ちが切れて書類を魔法で灰にしてしまうことだろう。それほどまでに書類と格闘するレヴォーナは鬼気迫るものがあった。

 そんなレヴォーナの執務室に突如ノックの音が響いた。視線で人が殺せるかと思うほどに殺気じみた目をグリンッと扉に向けるレヴォーナ。扉はレヴォーナの返事を待たずに開けられた。

 入ってきた人物を見て、レヴォーナはそれまでの殺気を露散させ呆けた表情で見つめた。と、すぐに我に返り慌てて立ち上がる。

「いつお戻りになられたのですかプララ様!」

 レヴォーナの豹変ぶりに、元王国キングダムロイヤルクラウン、冒険者協会会長プララはクスリと微笑んだ。

「たった今ですレヴォーナ。相変わらず仕事の鬼なのは悪いことではないけれど、根を詰めすぎると倒れてしまいますよ?」

「は、はぁ。すみません。」

 この人の前ではいつも自分は子供みたいだと、レヴォーナは常々思う。出会った時から変わらぬ容姿。純粋なエルフの例に漏れず150cm程の小柄な身長、しかし纏っている雰囲気は余裕に溢れ、また、可愛らしい、幼い面影を残した顔はどこか気品があり、美人とも美少女とも違う不思議な美しさが表れている。服は緑色を好み、今も薄緑色の質素なローブに身を包んでおり、フードは取り払われ、エルフ特有の長い耳がその小さな顔をより際立たせ、お馴染みの柔らかい微笑みがレヴォーナの疲れを癒してくれる。

 この人物が伝説のロイヤルクラウンであるプララだと、一体誰が信じられようか。レヴォーナはすでに何百年もの付き合いにも関わらず、思わず抱きしめそうになった。しかし、昔それをやって「鬱陶しいです」とバッサリ切られ、立ち直るのに数週間を要したことを思い出して踏みとどまった。

 レヴォーナは書類を纏めるとひとまず脇に押しやり、プララをソファへと促した。礼を言って座るプララ。その所作すら美し可愛い。とレヴォーナは内心身震いした。

「それで、各主要ギルドの視察はどうでしたか?」

 内心の若干変態的な想いを抑えつつ、レヴォーナは努めて冷静に訪ねた。すると、プララの表情が厳しいものに変わった。レヴォーナは首を傾げる。

「問題でも?」

「はい、大問題が起きました。というより大事件が。」

 プララは真剣な表情でレヴォーナを見つめた。

「一体―――」

 レヴォーナの問いは最後まで発せられなかった。

「四大ギルドの一つ、『時計塔タワー』のギルド長であるS級冒険者『暗黒』ラズロ・ネクロフォビアが自らのギルド員を皆殺しにして行方不明となっています。」

 レヴォーナの言葉に被せるようにプララは報告した。

 レヴォーナはその言葉の意味を一瞬理解できず、無言でプララの顔を見続けるのだった。 





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