⑫打倒ワイルドベア ~え、それでいいの?~
ソニアはアルとの通信を終えると、内心憤りつつも平静を装ってカイル王子達の所まで戻った。カイル王子とシドとカームは未だに興奮冷めやらぬ顔で周囲を警戒していた。その数メートル横には終わりが見えない断裂が地面を走っていた。もちろんアルの魔法剣による痕である。
ソニアはその断裂を見てため息を吐いた。そんなソニアにカイル王子が気がついた。
「どうしたソニア?やはり周囲に何か異常でもあったのか?」
「いいえ、周囲には異常はありませんでした。ただ、この原因になったものには全力で罰を与えると自分に誓っただけです。」
カイル王子の言葉にソニアは口元をヒクつかせながら答えた。カイル王子はソニアの様子に首を傾げたが特に何も言わなかった。
「しかし、危機一髪だったな・・・」
「ああ、危ない所だった。」
シドとカームの言葉に、ソニアも頷いて同意した。
あの時、一行は気配を殺しつつワイルドベアの散策を行っていた。魔物が居てもいち早く察知し、無駄な戦闘はせずに避けながら進行していた。
何度目かの魔物との遭遇時、一行は茂みに伏せてどう避けつつ進むか相談していた。
「さて、まずいことに前方の魔物は動く気がないようだな」
「あれは・・・ホーンベイブですね。」
カイル王子の言葉に、ソニアが魔物の種を確認した。額から大きな角を生やした2メートルの大豚だった。単体でE級相当の魔物は、このメンバーであればさほど苦労せずに倒せるが・・・
「左に大きく迂回して進もう。下手に刺激して他の魔物が集まってきたら厄介だ」
カイル王子は迂回して避ける方法を選んだ。皆も異論はなく、無言で頷き進もうとしたが、
「待て」
突如カームが一行の歩みを止めた。皆は訝しげにカームの顔を見た。
「どうした?」
カイル王子の質問にカームは答えず、ただじっと前方を睨んでいる。そして、眉間にシワを寄せていた表情が真っ青になった。と、同時にカイル、ソニア、シドも事態を理解し、カーム同様その表情は蒼白になった。
「な、なんだ!!この魔力はっ!?」
「ありえんっ!こんな、こんな魔力はありえん!!」
カイル王子とシドが取り乱すほどの桁違いな魔力が遥か前方で膨れ上がっていく。さらに、さらに強さが増していく魔力に一行は魔物から身を隠すのも忘れて叫んだ。
そんな中ソニアは冷静だった。最近知り合った両断狂いに驚かされすぎたせいか、すぐにその場から離れようとした。
「みんな!何かまずい!!逃げろっ!!!」
ソニアはカイル王子の腕を掴んで左に飛んだ。一歩遅れてカームとシドもソニアに倣って追いかけるように左に飛んだ。ソニアは攻撃を察知したわけではなく、ただ本能で行動しただけだったが、結果的にそれが皆の命を救った。
ソニア達が飛んだ瞬間、今までソニア達が隠れていた茂みを白く輝く力が蹂躙した。ホーンベイブも、木々も草花も、地面すら消滅させる凶悪な閃光が遥か彼方まで突き進んだ。やがて光が収まり、あとには底が見えない巨大な亀裂となった断層が走っていた。ソニアたちは樹海が真っ二つにされたと判り、ただ呆然とその痕を眺めるしかなかった。
そしてしばらくしてから正気に戻ったソニアは、こんな外道な所業をする人間に思い当たって通信プレートを使用したのだった。
一行は今まで以上に警戒しつつ、むしろおっかなびっくりと言っても過言ではない慎重さで再び散策を続けた。
アルはもう何度目になるか分からないため息を吐いた。原因は現在進行形で後ろを付いてきている。アルは背後にいるフアナへと振り返った。
「おい、何度も言うが付いてくるなよ。いい加減鬱陶しいぞ」
「アルはそんなに強いのにどうして無名?今までどこにいた?その剣はどうした?表情に乏しい女性は嫌い?これからどうする?好きな女性の好みは?」
おいおいお前質問多すぎだろっつーか俺の話を聞けよしかも変な質問混ぜんじゃねーよと、すでに何度も言っているために発する気力が無くなってしまった言葉を飲み込み、さらにため息を吐くアル。
あの後、なぜかフアナはアルから離れず付いてきた。アルが何を言おうが聞く耳を持たず、ずっとこの調子で質問の嵐だ。アルは知らなかったが、フアナを知る者が見たらその口数の多さに驚いただろう。フアナは無口で無表情な人物として知られていたからだ。
アルがどうしたらいいんだと悩んでいると、前方に魔物の姿が見えた。ホワイトファングと呼ばれるD級の虎だった。アルは一時フアナのことを置いておくことにして腰の剣を抜いた。同時に、ホワイトファングもアルに気がつき獰猛な唸り声をあげてにじり寄ってきた。どれどれ、どんなもんか、かかってこいやっ!と、戦闘態勢に入ると・・・
「透刃」
フアナが予備動作なく魔法を放った。見えない刃がホワイトファングに迫り、胴体を切り裂いた。ホワイトファングは何が起きたか分からないまま絶命し、その巨体が崩れ落ちた。
剣を振り上げたまま固まるアル。
「お前程度がアルと戦うなど千年早い。」
フアナは不機嫌に言い放ったが、アルが機械仕掛けの人形のように顔を向けると、あの程度であなたの手を煩わせるつもりはありませんとでもいうのか、ドヤ顔で胸を張った。
「フアナ・・・今度から俺の獲物を奪うのはやめてくれ。」
アルが額に青筋を浮かべながら言い放つも。
「やっと私の名前を呼んでくれた。・・・うれしい。」
と、やはり聞く耳を持たず、しかもなぜか無表情なのにも関わらず頬だけが若干赤く染まっていた。
アルは無性に頭を掻きむしりたくなった。こんなことなら素直に真っ二つにしておくんだったと、正に外道なことを考えるアル。そんなアルの様子に、問題のフアナは首をかしげた。
本気で巻こうと思えばアルには簡単だったが、この後の人生でずっと追いかけられることが想像できたため、ちゃんと説得して諦めてもらおうとしたのだが、結果がこの様である。
森に入ってからの道のりも、ミレニアムウルフとの戦闘も、フアナとの戦闘も、今のこの状況に比べたら楽だったなーと、本気でウンザリしたアルはさっさとこの依頼を終わらせることにした。
「フアナ、ワイルドベアを見つけたら無傷で捕獲だ。できるか?」
先手を打ってフアナが殺してしまう前に言っておく。フアナは無言で頷いた。
アルとフアナはそのまま無言で森を散策し、しばらくするとあっさりワイルドベアを発見した。
アルがフアナへ目配せすると、フアナは頬を染めつつ魔法を紡いだ。
「微睡みの光」
フアナが魔法を放つと、淡い光の玉がワイルドベアの眼前に現れた。ワイルドベアがキョトンとした表情でその光を見つめると、やがて瞼が垂れ下がり、そのまま地響きを立てて地面へと倒れた。
「これで私が合図するか強い衝撃を与えない限り起きない」
私すごいでしょ!と、アルへと振り向くフアナだったが、アルはそれを無視して三メートルはあるワイルドベアの巨体を軽々と肩に担いだ。そして通信プレートを取り出した。
「・・・ソニア、今どのあたりにいるんだ?・・・・・・断層から垂直に西へ一刻?・・・・・・ああ、みんな断層の原因に向かっては進みたくないってことか。だろうな。あ、はい、その原因の俺が言う言葉じゃないですよねわかりますスンマセン。・・・・・・わかったって、苦情は後で聞くよ。しばらくしたらワイルドベアを発見すると思うから、必ず殺してくれ。ああ、大丈夫、カイル王子なら楽勝さ。・・・根拠?・・・寧ろ楽勝じゃなかったらビックリだと言っておこう。じゃあな、上手くやってくれ。」
通信プレートを切ると、アルはソニア達がいる場所におよその当たりを付けて歩きだした。フアナが後ろを付いていく。
「・・・ソニアって誰?」
フアナがほんの少し眉間に皺を寄せて質問した。
「知り合いの冒険者」
アルは淡々と答えた。アルの答えにフアナの眉間の皺が消え、何かに納得したように頷いた。
「カイル王子の護衛の一人?アルも護衛として依頼を受けてる?」
アルはフアナの言葉に少し驚きつつも、歩を緩めずに首を振った。
「ソニアはそれで合ってるが、俺は違う。ただの保険だよ。」
「・・・なるほど」
アルは最小限のことしか言葉にしなかったが、そのままフアナから質問は無かった。こいつ、情報力と分析力は侮れんものがあるなと、アルはフアナへの認識を修正することにした。
大抵の冒険者はB級ともなれば格上でない限り情報収集を疎かにしがちなのだ。それは慢心というよりも自分の経験と強さに自信を持っているからなのだが。そこで初めてフアナに興味を覚えた。
「フアナがこの樹海に来た理由は俺を追いかけてだと思ったが、もしかして別に用事があったのか?」
アルの質問にフアナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を消して頷いた。
「私は王国への指名依頼で来た。ミレニアムウルフの血の入手が目的。アルを見つけたのは偶然。」
「・・・なるほどね。」
だから情報をしっかりと集めた、ってわけでもなさそうだと、アルはフアナが冒険者として基本の情報収集をちゃんとこなすプロ意識が高い性格だと想像した。
アルはチラリとフアナを見、そして暴食魔剣を抜いた。
「暴食魔剣リバース」
剣が発光すると、ミレニアムウルフの死体が現れた。フアナはそれを凝視し、続いてアルのことを見つめた。
「ミレニアムウルフの血。必要だろ?」
アルの言葉にフアナは首を振った。
「それはアルの獲物。おこぼれを貰うような真似はできない。私もプロだからプライドがある。」
「俺に付いてくるなら王国を抜けなくちゃいけないだろ?最後に依頼を達成させておけば後腐れなくていいんじゃないか?」
アルが何気なく言うと、フアナの足が止まった。
「付いて行っていいの?」
「ダメだって言っても来るんだろうが。常に後ろを気にするのも疲れるからな。勝手にしたらいいさ。ただし、余計な面倒は御免だから王国はキレイに抜けてくれ。」
アルがウンザリしたように言うと、フアナはコクコクと壊れたように頷き、そしてすぐにミレニアムウルフの血を小瓶に詰めた。プロのプライドとか・・・それでいいのかフアナ・ハトシェプスト。アルは王国のB級冒険者、軍団隊長と勇ましく名乗っていたフアナの姿を記憶から抹消することにした。
そして、二人はそのまま無言で歩き出した。
「お、発見」
アルとフアナの遥か前方にやたら周囲を警戒して亀のごとく歩みを進める一行の姿があった。もちろんソニア達である。ソニア達はアルに気づいておらず、目的であるワイルドベアを探しているようだった。
「どうするの?」
フアナがアルを見上げると、アルは担いでいたワイルドベアをゆっくりと地面に下ろした。ワイルドベアは気持ちよさそうに眠っている。
「このままあいつらが進めばこのうたた寝クマさんを見つけるさ。んで、寝てる魔物にならカイル王子でも楽勝だろ。つーわけで、お仕事完了だ。帰ろう。」
そう言うとアルはいそいそと歩き出した。フアナはポカンとした表情で、離れていくアルの背とグウグウ寝ているワイルドベアの寝顔を交互に見ると、首を傾げながらアルを追った。
ワイルドベアは気持ちよさそうに眠っている。夢でも見ているのだろうか、時折手足がピクピクと動き、口からはヨダレが垂れている。
そして、そのまま起きることなくその生涯を閉じるのだった。