1
<<とある傍観者の日記>>
『この国は、幸せで満ち溢れている。』
今から100年ほど前、この地をはじめて訪れた青い瞳の西洋人は、付き添っていた通訳こう述べたそうだ。
実際、その通りだった。なぜなら、この異邦人が来訪するまでのおよそ1000年もの間、この東洋の小さな島国は、これといった戦争も、政争も、飢饉も、自然災害も経験することなく、ただひたすら平和な時代を謳歌していたのだから。
『アマテリア連合王国』
それが、私たちの国。
今からおよそ1000年前、コウギョク帝の時代に、当時の邪馬台国と大和王権が合併して出来た連合国家だ。
以来、私たち『八百万の神々』は、『人間』たちのささやかな願いを叶えながら、平和で豊かな時代をつむいできた。
『人間』が、その内に秘めた想いを他の誰かに伝える手段を得たいと願うと、私たち『神』は、異国の文字を教え与えた。
『人間』が、病気やケガの苦しみから解放されたいと願うと、私たち『神』は、其れを和らげるための薬や術を授けた。
『人間』が、旬の魚や山菜を楽しみたいと願ったときには、私たち『神』は、人間たちと共に野山を散策し、時には自然の摂理に少し手を加えるなどして、彼らの腹を満たしてやった。
『人間』と『神』。
私たちは、ある一定の距離を保ちつつ、共に手を取り合いながら、長い時間を生きて来た。
・・・が、その平和は、100年前の異邦人の来襲によって、あっけなく終わりを迎えた。
西洋からの異邦人---正確には、ブリタニア人(※今のイギリス人)を乗せた黒船が、突如、ヤマタイト王国(※かつての邪馬台国)のナガサキに来訪。アマテリア政府に対し、開国を迫ってきた。
平和ボケしていたアマテリア人は、突然の事態にただ慌てふためくことしか出来ず、あれよあれよという間に、ブリタニア人を含む多くの西洋人がアマテリアに移り住んできた。
西洋人が持ち込んだ科学技術や文化、文明は、当時のアマテリア人にとって、まさに目からウロコだった。
何千年もの間、もみあげの髪を結う「みずら」と呼ばれる髪形しか知らなかった人々は、西洋人独特の髪形や色を真似する様になった。また、西洋人が持ち込んだ様々な機械文明は、アマテリア人の興味の的と
なり、後に、ブリタニアとアマテリアでほぼ同時期に起きた『産業革命』のきっかけとなった。
西洋人との邂逅は、アマテリア人の文明水準を、数百年の単位で一気に引き上げたのだ。