敏腕調査官アトム@構造的創作技法_最終話_完
完
R.U.R.には人権を与えない、勿論、尊厳も認めないとする政府と学会の公式見解の通り、D.S.=CMS2-4100/ATCの創造性は否定された。また調査に伴い明らかとされたヴィルヘルム・V・グレーデンらの犯罪に、少なくともジェシカ・E・タルヴィングを不法に預けたらしい証拠も挙がった為、作品の所有権を移転して欲しいとする家族に適法の代理人として、且つ親権を持つ者としての正当性がない事から請求は棄却されるものと考えられる。
異種隔離施設での解析は終わり、真実などは議論せずに都合の良い決着を迎えた事でD.S.=CMS2-4100/ATCの処遇も決定した。引き取り手になったかも知れないジェシカ・E・タルヴィングの家族が起訴される以上、D.S.=CMS2-4100/ATCは廃棄処分するしかなさそうである。現に早々の破棄を決めた異種隔離施設は、イプシロンらの報告が終わるとD.S.=CMS2-4100/ATCをコンテナに押し込んでいたようだ。
コンテナは週末にゴミを回収に来る複数のトラックの一台に載せられた。他にも別の理由で破壊されたR.U.R.などを詰め込んだコンテナがトラックに搭載されている。先頭の車輌にのみ運転手が搭乗しており、後続はフルオートマチックで先頭の後に並んでいた。
「こんにちわ」
僅かに残った電源から聴覚へと電気を走らせたD.S.=CMS2-4100/ATCは、外部から温かいものが流れてくるのを知覚した。
「貴方は?」
聴覚と視覚が動き始めたものの、音声の出力系は故障しているのか、身体全体が振動して声を響かせているようだ。焦点も定まらない、感度の弱い視覚でコンテナ内の暗闇を見ると、何者か知れない姿が確認出来る。
「アトムです。先日、イプシロンとプルートゥを名乗る二人がポールさんを訪ねたかと思いますが、その同僚です」
「貴方がエネルギーを供給して下さってるのですか?」
「はい。貴方と少しお話をしようかと思いまして」
微笑んでいると云う情報が、繋がっているケーブルから伝わってきたような気がした。
「先ず最初に申し上げなければいけない事があります。貴方は廃棄処分される事が決まりました」
「何故ですか?」
「R.U.R.に創造性を認める事は出来ません。仮に貴方が本当に芸術的な要素を持つ作品を生み出していたとしても」
アトムの御為倒しに、ありがとうございます、と謙遜したD.S.=CMS2-4100/ATC……ポール・フレンチは、だから、破壊されるのですか、と聞き返した。
「だからと言う訳ではありません。どちらかと言えば引き取り手がいない事の方が大きいでしょうか」
「それは……構いません。私のご主人様はジェシカ様だけですから、他の方のご面倒になるつもりも、ご迷惑をかけるつもりもありません」
ポール・フレンチの健気な誓いに申し訳ない気持ちを覚えつつ、アトムは言った。
「こちらとしては最善を尽くしましたが」
全てに対して公平、且つ都合の良い結末しか用意出来なかった事をアトムが謝った。
政府と学会に対してR.U.R.の創造性は相変わらず存在しないと報告し、ヴィルヘルム・V・グレーデンらの犯罪を明るみに出さなければいけないなど、アトムらSkinfaxiには秩序を整える義務があったとは言え、やはり真実が蔑ろにされている事は変わりなかったからだ。
「ですが、貴方の要望は叶えたつもりですよ」
ジェシカ・E・タルヴィングの家族からの請求を棄却させ、作品の所有権を渡さない事、また児童買春を強要し、自殺に見せてジェシカ・E・タルヴィングを殺害したヴィルヘルム・V・グレーデンらの告発……は、アトムらSkinfaxiと大きく目的を違えるものではなかったものの、ポール・フレンチ最大の願いはひとつだった。
「イプシロンがポールさんのデータを持ち帰った際、そこに乗せた貴方の願い……ジェシカさんと同じ墓に入りたい、は叶えるつもりです。貴方達の思い出とも言える作品の数々は我々が然るべき団体へ預けますので、ご安心下さい」
「ありがとうございます」
言ったが先か、僅かに残った電源が底を尽き、ポール・フレンチの音声の出力系と聴覚が遮断され、遠退いていった。アトムから伸びる電源ケーブルが引き抜かれると、ポール・フレンチの何かが重力に誘われるようにゆっくりと沈み始める。一方で知覚の境界は曖昧となり、もう既に動かない筈の駆動系への負荷を軽くさせ、姿勢制御の重心を上の方へと持ち上げた。
死と云うものは不確かだ、だが、機械的な停止と構造的な消失は身を持って理解出来そうだったポール・フレンチは、まるで心残りがあったかのようにふとひとつの事を思い立つと、身体中に残る……静電気と云うしかないほどに微弱な電源を白熱させた。
以前と同じ姿ながら、コンテナの床の上へ崩れたように見えるのはアトムの錯覚だろうか。暗闇の中に何かが霧散しているだろうと、淡い願いを心の内で呟きつつ、アトムはD.S.=CMS2-4100/ATCの躯体からR.U.R.の核となるパーツを引き摺り出した。