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敏腕調査官アトム@構造的創作技法_第04話_結


 写真家のヴィルヘルム・V・グレーデンがジェシカ・E・タルヴィングと同様に知的障害のある数十人の少年少女に対して買春などを強要していたらしい事が報道された。

 BWB電子版(Bulletin Without Borders/国境なきニュース速報)によれば、芸術的な創作活動から知的障害者の自立を支援する為に設立した筈の財団法人が、ヴィルヘルム容疑者ら役員によって運営され始めたのを契機に少年少女の売春やマネーロンダリングなどの犯罪行為に利用されていたそうだ。

 ヴィルヘルム容疑者は知人らと共に障害者の子供を抱える貧困層の家族へ接触した後、複数の障害者と共同でチャリティーイベントの個展を開かないかなどと持ち掛けた。条件としてプロデュースに掛かる諸経費を負担する他、家族らに経済的な支援も行うと約束を交わし、施設への入居の確約を得た容疑者らは、事実上、義援金と称した現金と交換する形で障害者の子供達を家族から引き取ったのである。

 施設に入れられた子供達はリハビリと云う名目で作らされた適当な工作物をチャリティーイベントに出展、予め共謀していた関係者らの絶賛を受ける事により、芸術的な価値とは無関係に、障害者の作品と云う付加価値の付いた高尚な作品としての地位を与えられ、極めて原価の安い商材として売買されるようになる。

 障害者への募金・寄付金と云う免罪符と肩書きを得た結果、不相応に高額で売買されるようになった作品の数々は、元より特殊な業界内での遣り取りであった所為か、また寄付と云う体裁も整えていた所為か、法的なグレーゾーンに上手く隠された上で巧妙なマネーロンダリングの場として利用され、数十億以上の資金が流れていたと考えられている。

 加えて、少年少女らの知的障害を利用し、児童買春も強制させていたヴィルヘルム容疑者らは、子供達の家族へ手渡した義援金とは別に口止め料も支払っていたらしい事も確認されている。更に戦場カメラマンを引退した後の代表作でもあるヴィルヘルム容疑者の『C.sinensis Sacc.』も、実は児童買春用のカタログだった事が指摘されており、元々は仲間内のトラブルで流出した画像を誤魔化す為の苦肉の策であったようだ。

 他にもヴィルヘルム容疑者がピューリッツァー賞を授与される事となった作品も、現地の兵士やテロリストに現金を渡し、意図して残虐に演出した一幕を撮影したのではないかとの疑義も一部で起き上がっている。現在、警察が詳細を調べているものの、事件の関係者は著名なアーティストだけでなく、政治家や資産家などの名前も挙がっていた為、嫌疑を掛けられている者だけでも数百人にも及び、また数多くの余罪もあるものとして今後の捜査が期待されている――――か、」

 BWB電子版の続報を読み終えたアトムは、異種隔離施設の地下駐車場へと足を下ろした。パートナーはイプシロン、先の訪問の際に感じていたらしい不調は対策済みなのか、綺麗な背中のラインを真っ直ぐに伸ばし、地上に続くエレベーターの搭乗口の横に佇んでいる。

 エレベーターで昇った最上階の9階にはHALの二人が待っていた。マルートとハルートの案内に従い、外壁施設を進んだイプシロン達は北西部の方に位置する部屋へと通される。質素な調度品が並び、既製品としてはやや高価であろうテーブルの傍らにはひとりの男性が座っていた。

 「アクタガワです」

 異種隔離施設の研究員を名乗ったアクタガワは、先の調査の対象だったD.S.=CMS2-4100/ATCの解析を担当していたひとりでである。既にイプシロンとは挨拶を交わしていたものの、初見となるアトムには名詞を手渡すだけで挨拶に代えた。

 「ニュースを見ましたか」

 感嘆の溜息と共にアクタガワが話題を振った。

 「ヴィルヘルムを告発したのはポール・フレンチだそうですね」

 「そうでしたか?」

 雑談に応じるつもりはないらしいイプシロンが適当な返事で誤魔化した。

 「知り合いですか?」

 「D.S.=CMS2-4100/ATCもポール・フレンチと自らを名乗っていますから」

 口を挟んだアトムも遮るように、お互い仕事を優先しましょうと告げたイプシロンが本題に入る。

 「それは目にも付くでしょうが、今日は先の調査についての報告ですから」

 そうですね、と頷いたアクタガワに向かい、イプシロンがD.S.=CMS2-4100/ATCの創造性を否定した。

 「D.S.=CMS2-4100/ATCは通常のR.U.R.と同様に創造性を持つに至っていません」

 「では、どうして作品などと言ったのでしょうか?」

 異種隔離施設が理解出来なかった点についての質問がアクタガワから飛び出した。

 「作品の定義を何とお考えですか?」

 質問に質問を返したイプシロンが、見て下さい、と複数の資料を提示した。資料にはプルートゥと共に仮想擬似空間で展開し、また体系化したジェシカ・E・タルヴィングの画像に適当な動詞などを当て嵌めたマトリックスが記載されている。特定の要素を含む画像と対応した、幾つかの単語などを体裁よく纏めたものだ。

 アクタガワは資料を斜めに読みながらイプシロンの質問に対し、辞書から引いたような説明で以って答えとした。芸術活動に於いて製作された物、と一般的にも共通して理解されるであろう返事である。

 「そうですね。ですが、少なくともD.S.=CMS2-4100/ATCとジェシカ・E・タルヴィングの間では、互いにコミュニケーションを取る為のメディアに対し、外からの勝手な評価が付いたものだと……今回のケースに至っては、そのように理解しています」

 「ですが、あれは自発的な発言だったと記録していますが」

 アクタガワの疑義にイプシロンの淀みない言葉が返される。

 「経過を全て確認しましたが、メディアとして作られた画像を見たオレンジの担当編集が評価した事実があります。恐らくはその前後で返答が変わったのでしょう。それに異種隔離施設での調査に於いても作品や芸術などの言い回しを使っていますので、D.S.=CMS2-4100/ATCが真に自発した発言だと断言する事は出来ません」

 何よりも、と言い出したイプシロンは、反論か、或いは疑問をぶつけようとしたアクタガワを制した。

 「そもそもジェシカ・E・タルヴィングの作品の全てがコミュニケーションの為のメディアに過ぎず、それをヴィルヘルム・V・グレーデンらが障害者と云う付加価値を与えて芸術的な作品と世間に嘯いたのが真実です。その作品そのものも単に画像を切り張りした程度のもので、機械的に再現する事が容易である以上、独自の創造性か、或いは根源的な動機に基づいたものとして評価する事は出来ないと思います。加えてテキストとしての意味合いが強いのでは、本来的な意味での芸術作品とは言えないでしょう――」

 イプシロンは言うと、再びD.S.=CMS2-4100/ATCに創造性はないと繰り返した。

 「では、質問を変えても宜しいですか?」

 元よりD.S.=CMS2-4100/ATCの創造性の有無について固執している訳でもないアクタガワは、イプシロンらが所属するSkinfaxiの言い分は勿論、学会や政府が公式に認める定義について反論を述べるつもりはなかった。

 だが、どうして異種隔離施設の研究員らは画像をテキストとに置き換える事で体系化された文面が得られると云う結果を導けなかったのか、単に暗号を解くだけの方法論に従えば把握出来そうな答えも見つけられなかったのか、疑問に感じたアクタガワは素直に自らの能力不足を認めつつ、イプシロンに質問した。

 「Si.Hyほどではないにしろ、我々が持つ設備も最新鋭のものです。機械的な解析ならSi.Hyにも匹敵するでしょうし、方法論もそう変わらないと思うのですが、何故、我々はそれが出来なかったのでしょうか?」

 「それは」

 「企業秘密です」

 ウランが何を言おうとしたのか、或いは黙するつもりだったのか、まるで失言をあらかじめ防ぐようにアトムが割って入った。

 「任務と組織の都合上、ツールやそれに関わる事を教える事は出来ません。それに我々は世界に4人しか現存していないオリジナルのSi.Hyです。色々と言えない事も多いんですよ」

 柔和な表情ながら強いプレッシャーを掛けるように繋げたアトムにやや気圧された形のアクタガワは、イプシロンの方から伝えられる報告を危うく聞き逃しそうになった。

 「D.S.=CMS2-4100/ATCが作品とする物の定義は先に述べた通りですが、ジェシカ・E・タルヴィングの遺作と称して作品が発表されたその理由……行動規範ですが、単なる偶然です」

 「偶然?」

 アクタガワは耳を疑った。

 「はい。D.S.=CMS2-4100/ATCが作り、ジェシカ・E・タルヴィングの遺作とされた作品がそもそもどのような行動規範に基づき作られたか――なんですが、ジェシカ・E・タルヴィングが亡くなられた後、発売された作品集がありますよね?」

 絵心もなく、芸術にも疎いアクタガワでも、D.S.=CMS2-4100/ATCを分析する都合、ジェシカ・E・タルヴィング名義での最後の作品集『periodical cicadas』には目を通していた。収録されている作品は、素人目に見ても幻想的だと言えるような美しさだったように記憶している。

 「『periodical cicadas』に収録されている作品を、先ほどの資料のように体系化した符号で解くと、"私に代わり、私の言葉を伝えて下さい。残して下さい。貴方と話した事を、私が話した事を"となります。多少、文章として直した所もありますが、それに対してD.S.=CMS2-4100/ATCは、≪蛇と戯れる熱帯夜≫に採用された画像にてこのように返しています」

 ≪蛇と戯れる熱帯夜≫に収録されている画像を並び替え、繋げた不均一な画像は、『periodical cicadas』を飾るジェシカ・E・タルヴィングの作品と異なり今は酷く無機質に感じられる。根本にあるコンセプトは同じでも何か情に訴えるものが欠けているようだ。理屈ではなく、感覚で心のようなものを理解していたつもりのアクタガワは、やはりD.S.=CMS2-4100/ATCに創造性が備わっていない事を実感する。

 「"私はご主人様の命令に従います。私とご主人様の会話記録を再現し、出力します"」

 心倣しか機械的に呟いたイプシロンは、D.S.=CMS2-4100/ATCの創造性に対する評価の全てを報告した。

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