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敏腕調査官アトム@構造的創作技法_第02話_承


 異種隔離施設を含む一帯には結界が張り巡らされていた。7枚もの結界により、HLAへのアクセスはほぼ不可能な状況にある。仰々しいほどの警戒を必要とするほどの危険物が収容されているのかと穿つプルートゥに、イプシロンは思想もある種の危険物ですよと返答した。

 7枚もの結界の効果でHLAから自律する事を余儀なくされたイプシロンはやや体調が優れないようである。異種隔離施設の地下へF.A.T.を駐車させてから、全9階建ての施設を貫くエレベーターに乗り込んだ二人は一先ず最上階へ向かった。

 異種隔離施設は二層構造になっている。収容者が閉じ込められている塔状の建築物の周りに、研究者や関係者の施設を集めた筒状の建築物の二つである。内側の収容所を内郭施設、外側の研究所を外壁施設と呼んでいた。

 内郭施設には外壁施設の9階から突き出した廊下と繋がっていた。内郭施設はエレベーターなどの自動昇降機の類はなく、少し独特に配置した階段が備え付けられており、移動はかなり不便となっている。1階と2階、3階と4階、5階と6階、7階と8階が二階層ずつに分けられており、各階層への移動は、また別の通路を伝い、二階層ごとに移動しなければならなかった。何れの階段も内郭施設から外側へと迫り出したものを取り付けている。

 万が一、収容者が脱走してしまうような事態に陥ったとき、階段と廊下を物理的に破壊し、外壁施設の内側に閉じ込める為だ。各階への移動を困難とさせているのも、全層を貫くような箇所が生じないようにと考えての事である。内部も微妙に歪み、また廊下を入り組んだ形で設計してあるのもセキュリティの都合だった。

 エレベーターが最上階に到着した。結界による負荷を再調整したのか、気持ちを持ち直したらしいイプシロンと共にプルートゥがカゴから降り立つと、出口で待ち構えていた二人の関係者が挨拶する。

 「ようこそお出で下さいました」

 全く同時に、僅かに音程だけを変えた二人の声が重なり、耳鳴りに似た違和感を覚える。二人の外見はそっくりだった。ハルートの方が少しだけ髪が長く、胸元に小さな膨らみある。ハルートは女性型、マルートは男性型のHAL(Human Adaptability Lethal weapon/人間適応性破壊兵器/ハル)で、小競り合いと呼ぶ他ない紛争の絶えない世界で重宝されている局地戦用対人制圧兵器だ。

 「所長を含む役員にご挨拶なさいますか?」

 「いえ、あちらも忙しいでしょうから、終わってからにします。それに見ているのでしょ」

 天井の至る所で鈍い光を返す監視カメラのレンズに向かい、イプシロンは愛想笑いを浮かべ、また軽く手を振った。

 「畏まりました。では、ジェシカ・E・タルヴィングの下へご案内します。お手数ではありますが、後を付いて来て下さいますか?」

 ハルートとマルートが真横に並ぶと、廊下の幅と同じになる。どうやら廊下の幅に合わせてサイズを調整してあるらしい、非武装と云う事は考えられなかったが、一見しただけでは重火器の類は見受けられなかった。

 内郭施設に繋がる廊下は全層を貫くエレベーターのほぼ反対側にあった。扉はイプシロンが想像していた以上に強固な作りである。手首ほどの太さのある十数本のボルトが扉を固定していた。圧力でも逃がすような排気音を出しながら分厚い扉が上下に開放される。次いで奥に待ち構えていた同様の扉が左右に開き、3枚目の扉は渦でも描くように回りながら入り口を広げていった。

 廊下は真っ直ぐと伸び、窓も通風孔もない長方形のような立方体を内郭施設へと繋げていた。ハルートとマルートの案内に従い、9階から8階へ下り、8階と7階を繋ぐ階段から、更に6階と5階を繋ぐ階段へ移動する。

 5階の東の方に位置する場所が目的地だった。部屋の番号が519と書かれただけの素っ気無い扉の左右にハルートとマルートが立ち、イプシロンとプルートゥを中へと迎え入れる。

 部屋に入ると明かりが灯った。監視カメラの焦点を調整するような小さな駆動音が聞こえたかと思えば、向こう側から覗いているだろう関係者の視線が動いたような気配を察する。Si.HyとR.U.R.の会話が興味深いのだろうと当りを付けつつ、イプシロンとプルートゥは部屋に入った。

 「機能的に身体は動かないようにしています」

 部屋の外からハルートが声を掛けた。

 「元よりD.S.=CMS2-4100/ATCは人に危害を加えられるほど能力はありませんが、脱走されても困りますので」

 「ですが、会話等に不自由はないかと思います」

 マルートが付け加えた。注意して聞かなければ違いが分からないほど似ている。

 「申し訳ありませんが、万が一の事も考えて扉は閉めさせて頂きますが」

 「大丈夫だよ」

 言葉後に重ねて応じたプルートゥが言った。

 「このくらい壊せるよ」

 扉が閉まった。

 部屋の奥にまるで捨て置かれたようなD.S.=CMS2-4100/ATCが四肢を放り投げ、力なく座っていた。

 「こんにちわ」

 イプシロンが時間も気にした挨拶をD.S.=CMS2-4100/ATCに投げ掛けると、小さな電子音らしき揺らぎが肌に感じられた。

 「お早うございます、お客様」

 顔を俯けたままのD.S.=CMS2-4100/ATCが丁寧に返したものの、ただ音声を再現しているだけの声は口も含めた身体が全く動かない所為か、何処か別の所から響いているように聞こえる。

 「D.S.=CMS2-4100/ATCですね。貴方の名前で呼んだ方が好いですか?」

 「はい。私はD.S.=CMS2-4100/ATC。ご主人様とご友人が付けて下さった名前は、ポール・フレンチです」

 ポール・フレンチと名乗ったD.S.=CMS2-4100/ATCは、型落ちしたも当然の二世代ほど前の家事使用人タイプのR.U.R.である。上下を逆にした一輪挿しの花瓶を髣髴とさせる外見だ。スカートと呼ぶのが適当か、平べったい円錐状の下半身には移動用のタイヤが隠されており、また段差も超えられるように脚が付いている。一見すると不格好な上半身も重い物を持ち上げたり、複数の作業を同時に熟す為の腕が合わせて6本収納されていた。頭部は薄い円盤と同じでレーダーとしての機能を形に変えたような代物である。

 古典的なSFに登場しそうなフォルムのD.S.=CMS2-4100/ATCは、如何にも日本のアニメを好む欧州で受けが良さそうだった。現にD.S.=CMS2-4100/ATCは、R.U.R.の低価格化や規制緩和などの影響から最も売れたモデルで、後継機にカスタマイズを前提にした物も販売されている。だが、暫くしてR.U.R.の市場が急速に拡大していった為、一時の流行だったと言えなくもなかった。

 「私はイプシロン、こっちはプルートゥ。ご存知ですとありがたいのですが、T/

Skinfaxi=07及び06です」

 「Skinfaxi……初めて耳にしました」

 ポール・フレンチは人間らしい間を空けつつ、Skinfaxiなど聞いた事がないと返事した。

 「有名ではありませんから」

 冗談ながら苦笑と共に謙遜して見せたイプシロンが気持ち声を張った。

 「ポール・フレンチ。貴方にはR.U.R.の権限を無視した行為が認められています」

 イプシロンは言うと、ポール・フレンチの認められない行為を論った。

 「D.S.=CMS2-4100/ATCはR.U.R.の一種です。故にR.U.R.には人間やSi.Hyが持つ領域を侵してはいけないと云う規範があります。にも関わらず、D.S.=CMS2-4100/ATC……ポール・フレンチは、次に挙げる行為をしました」

 ポール・フレンチを含むR.U.R.は人権を持ち合わせていない、正確には限定的な権利しか認められていなかった。憲法に明確な条文などの加筆や解釈は存在しないものの、外国人や制限行為能力者の一部の権利が適用されている。言葉としては奴隷に幾つかの基本的な人権が加えられたものだと揶揄される事もある権利に過ぎなかた。

 「公文書偽造、及び著作権の侵害です」

 R.U.R.には構造的、且つ機能的に創造性が認められていなかった為、基本的に自己の名義を持つ事が許されていなかった。にも関わらずポール・フレンチは、オーナーであったジェシカ・E・タルヴィングの死後に前後し、オレンジの名義で作品を発表しているのではないかとの疑いが掛けられている。

 罪状として挙げれば、R.U.R.である事を隠しての作品発表に伴う公文書偽造と著作権侵害の二点に限られる。が、事は簡単に片付けられるものではなく、結果的に生じるであろう事態の方が問題だった。

 当然にポール・フレンチの創造性がなかったとしても、作品の発表に伴う諸々の不備や方法の他、ジェシカ・E・タルヴィングの遺族への賠償などの法的な処理が必要となる。逆に創造性を認めるしかない場合、公式にはR.U.R.の権利を限定している手前、国際的に複雑な問題が起きるばかりか、R.U.R.の人権尊重派などのデモや、R.U.R.やSi.Hyの工学的な部分にまで言及し、また議論しなければならず、面倒なパラダイムシフトが起き得る可能性が考えられた。

 「あれらは私の作品です」

 ≪蛇と戯れる熱帯夜≫のカバーの他、ポール・フレンチがオレンジの名義で発表したとされるデザインは4つ、正確な作成時期は不明ながら、発表と登録はジェシカ・E・タルヴィングの死後である。これを受け、ジェシカ・E・タルヴィングの遺族は出版社へ作品の使用料の支払いと遺族側に名義変更して欲しいとの訴えを起こしていた。

 ポール・フレンチの創造性の有無は既に異種隔離施設で一応の結論が出ており、公式の見解と同様にR.U.R.に創造性は認められない為、遺族側の訴えの一部について賠償すべきであるとしている。何故ならオレンジの名義を使用している以上、所有権が遺族にのみ帰属させる事は出来ない為、作品を出版社とオレンジが買い取ると云う形で示談を成立させる他に適当な着地点がないからだ。

 ただ問題は真実が何処にあるのかが重要である。異種隔離施設で行われた工学的な分析では、ポール・フレンチが創造性を主張する根拠は見付けられなかった。また創造性がない場合も行動の規範とする命令が存在する筈だったが、動機となる記録も見付かってないのである。

 イプシロンとプルートゥの目的は、ポール・フレンチの創造性の真贋を見極め、規範、或いは動機の根拠となる記録を探し出す事にある。工学的な分析では限界のあるストーリィの解析、構造的な情報の解体を得意とするイプシロンらしい任務であったものの、公式の見解が決まっている以上、ややモチベーションは上げ難いと言わざるを得なかった。

 『面倒そうだな』

 罪状を確認するように、事の経過を語るイプシロンの肩に触れたプルートゥが、接触型の通信であるセミル(SemIL/Semantic Illegal Language telecommunications/意味違法言語通信)を通じて苦言した。ポール・フレンチの否定の言葉は、音こそ相変わらず機械的なフラットを保っていたものの、何処か頑ななものを感じたからである。

 『別に……公式の見解は既に決まっています。R.U.R.に創造性は認められない、これが変わる事はありません。私達がすべき事は真実を見極めると同時に、誰もが納得する報告書を創り上げるだけですよ』

 イプシロンは言うと、プルートゥのSAMMと情報を共有し始めた。

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