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敏腕調査官アトム@構造的創作技法_第01話_起

 この作品の世界観はSFで、背景には雑多な設定もありますが、物語の本編を理解するにはその殆どが必要ありません。飽くまでも別世界、或いは遠い未来の雰囲気を演出するためにだけ作ったものですので、専門用語は大体の意味合いだけで本編の内容を充分に理解できるように努めていますので、宜しくお願いします。


 旧来のインターネットに代わるHLA(Hypokeimenon Lexicon Akasha/基体語彙空間)が普及した背景には、人工言語であるPS言語(Pluralistic Sigil Phrase/多元的言語)の開発と普及が挙げられる。

 またPS言語の発展に伴い、感情と体験の分離による記憶と記録の差別化が行われるようになった。つまり主体なき情報……純粋、且つバイアスなき客体情報の確立は、いわゆる情報産業に大きな革新となるばかりか、一方で知性についても議論されるほどの影響を与え始める。

 結果、ある程度の完成を見た情報と知性の関係は、体験なき情報を記録、即ちモチーフと呼び、一方で体験ある情報を記憶、即ちストーリィと呼ぶ事となった。

 モチーフはPS言語を要素にシーニュ座標(Signe Point)でテキスト化されたD地図(Discours Map)に等しく、ストーリィは更にHIM(Holonical Imformation Monad/調和型情報端子/ヒム)を加え、拡充したものと定義された。

 PS言語の発展から知性の議論が可能となる事で従来のAI(Artificial Intelligence)とは一線を画する知性もまた生み出され、感情の発露・創造が認められる知性をSi.Hy(Similitude Hypostasis/相似位格/シハイ)と呼び、他をR.U.R.(Ragtags of Universal Regulation/普遍的規格の集合体/ルール)と呼び、旧来のロボットから差別化し、ラバロン(Labor-Alone)と命名した。

 だが、ラバロンの進化は人との境界線を曖昧にしていった。特に高級なSi.Hyは人と全く同じ構造を持っていた為、世間はSi.Hyも含めたラバロンに一定の権利を与えるべきではないかとの訴えも起き始める。

 日増しに膨れ上がる声も無視出来なくなると、政府はひとつの対策を講じる事とした。人と他を隔てるのではなく、人の人権と尊厳を確保する為、情報を操作する組織……Skinfaxiの設立である。




 荒涼とした平原の中、真っ直ぐに伸びるハイウェイをF.A.T.(Full Automatic Transmission Car)に乗った二人……イプシロンとプルートゥは異種隔離施設と呼ばれる特別な収容所へ向かっていた。最寄の空港で降り立ち、F.A.T.に乗り換えてから3時間以上を費やしても未だ目的地が遠い道中、見るものもない殺伐とした風景ばかりが続いている。

 時間を持て余すだろう事が分かっていたプルートゥは寝ようと思っていた。にも関わらず目が冴えているのは、イプシロンから調査に必要な資料の読み込みを勧められたからである。特に今どき珍しいペーパーメディアの文庫は読み慣れない上、プルートゥが苦手とするストーリィのあるテキストだった所為か、中々に時間を要してしまった。

 「どうでしたか?」

 疲労感など幾らかでも誤魔化せる筈のプルートゥが目頭を揉み解すような動作で疲れて見せたものの、イプシロンは気にせず質問した。

 「別に……面白くなかったよ」

 素っ気無く、苛立たしげに答えたプルートゥは文庫をイプシロンに衝き返すと、フルフラットに傾けたシートの上に寝転んだ。

 ≪蛇と戯れる熱帯夜≫の文庫を受け取り、面白くなかったですか、と聞き返したイプシロンは、そうですか、面白くなかったんですね、と他意でも含ませた物言いで再三に渡り確認してきた。

 「表題にもなっている『蛇と戯れる熱帯夜』は、カフカの『変身』を髣髴とさせるユーモアに溢れているようで私は好きでしたが……」

 「好き嫌いは必要か?」

 イプシロンの言葉後に続くであろう先を見越したプルートゥが言った。

 「モチーフだけならHLA(Hypokeimenon Lexicon Akasha/基体用語空間/ヘラ)にごまんとある書評だけで充分だろ。記憶しなくても記録で事足りるんじゃねーの?」

 記録も記憶も情報としての単位や要素に差異はないと否定したプルートゥは、やらないで済むのであれば面倒は避けたいのだと鰾膠もなく告白する。

 「確かに」

 納得しつつも、了解しかねると云った様子のイプシロンが苦言した。

 「ですが、調査に当たり著者が持つストーリィを理解する事は無駄ではありませんよ」

 「分ぁってるよ」

 鬱陶しそうに返事したイプシロンは仕方なくひとつの作品を持ち上げた。

 「面白いかどうかは置いといて『ディアレクティケー』かな」

 『ディアレクティケー』は一種の思考実験を髣髴とさせる内容だった。所謂、哲学者や神学者など有名な偉人を登場させ、神とは数えられるのかとお互いに議論させている。

 全く同じではないものの、現実に針の上で何人の天使が踊れるのか議論されていたからか、『ディアレクティケー』は同問題を引き合いに出した所から始まっていた。最終的には神を議論すべきではないと訴える過激派のテロリストが、偉人達を全て殺害すると云う後味の悪い結末が作品の粗筋である。

 皮肉が過ぎる上、敬虔な信者や信徒、真面目に科学している人々を虚仮にした内容は問題作と言うしかなかった。が、プルートゥが注目したのは登場人物達の人格シミュレーションにある。

 「PDD(pervasive developmental disorders/広汎性発達障害)のジェシカ・E・タルヴィングは自閉症だろ。もう一人のオレンジも過去の偉人の人格を再現するには些か能力不足かなと思っただけだよ」

 嘘ばっかり、と呟いたイプシロンが苦笑交じりに言った。

 「結末が気に入らないだけでしょうに――」

 「別に」

 図星を突かれたのか、不貞腐れたような言葉を返したプルートゥの視線が窓の外へと向けられた。

 「好き嫌いは別にしてもジェシカ・E・タルヴィングが自閉症であり、嫌疑のあるオレンジが機能を満足していない以上、作品に表れるモチーフとストーリィの違いを知って置いて損はないので、SAMM(Structural Apeiron Memory Module/構造的無限記憶装置/サム)に文庫を読み込んだらどうですかと勧めたのですが面白くなかったんですね」

 イプシロンの要らぬお節介と訓告に、顔を背けたまま、後頭部を動かしもせずに、理解してると返事したプルートゥは、意識を少しだけ混濁させる。

 「不貞寝ですか――――」

 本当に不貞寝しているのか知れないプルートゥは放って置き、イプシロンは調査に少しでも役に立つものが他にもあればと、≪蛇と戯れる熱帯夜≫の飾る表紙のイラストをHLAの検索に走らせた。

 イラストはブリキの玩具のロボットに蛇が絡み付く形で描かれていた。無機質な合金に生物の蛇が艶かしいコントラストを演出しており、気持ち悪さよりも扇情的な印象を見る者に連想させる。イラストレーターは大して有名ではないジェシカ・E・タルヴィングその人であり、有象無象の中の一人に過ぎなかった。他にも幾つかの作品が散見出来るものの、得意とするテーマや画材は特になさそうである。

 ≪蛇と戯れる熱帯夜≫にはゴーストライターの疑いが掛けられていた。オレンジと呼ばれるペンネームを持つ複数の作家が共有する、いわゆる製作委員会か、或いはグループの名前か、何れにせよ正体が曖昧な作家によるネットへ挙げられた作品が≪蛇と戯れる熱帯夜≫である。

 収録されているのは、表題にもなっている『蛇と戯れる熱帯夜』、『心臓は深く息衝いた』、『左腕の行方』、『右腕の所在』、『地上肆階の支配者』、『傍観者の諦観』、『ディアレクティケー』の8つの短編だ。内容はニッチが過ぎ、一般的に受けそうにないものばかりが収められている。

 『蛇と戯れる熱帯夜』は、死んだ恋人の面影をR.U.R.に見出していく男の話、『心臓は深く息衝いた』は、老衰で死に掛けの男が脳をSi.Hyに移植した結果に心の所在が分からなくなる話、『左腕の行方』は、先天的に左腕のない少女が苦悩する話、『右腕の所在』は、右手中心の文化をシニカルに描いた子供の冒険譚、『地上肆階の支配者』は、精神疾患者が自殺するまでの様子を幻想的に描き、『傍観者の諦観』は、医者が人命を救えなかった事に想いを馳せる話、『ディアレクティケー』は、古今東西の偉人が神について議論する話となっており、全てがネガティブな内容となっていた。

 もう一度、内容の物語的な構造を見てみようかと、イプシロンが自らのSAMMに入り込もうとしたときだった、簡素な電子音が耳元で鳴り響き、メッセージの着信を報せてきた。

 「アトムから……」

 メッセージは別の場所で調査を熟す同僚のアトムからだった。アトムはウランと組み、メングラット・プロジェクトのひとつを担うリョルの館へ出向している。メッセージは、館に到着した事、別件で訪れていた因縁浅からぬ貴志青葉と一緒になった事、ちょっとした問題に遭遇してしまった事などが簡単に綴ってあった。

 「あっちも面倒そうだな」

 やはり不貞寝だったのか、姿勢こそそのままだったが、プルートゥはアトムから受け取ったメッセージに同情の言葉を呟いた。

 「起きてたんですか?」

 「そりゃ、もう直ぐ着くしな」

 顎を刳ったプルートゥに促され、やや遠くを窺ったイプシロンは、荒涼とした地平線の向こうから見え始めた異種隔離施設の佇まいを確認した。

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