#17 人化の術
今回は武人の視点で話が進みます。
海見達が何者かに襲撃された時間より少し遡り、2時間程前―――――
「おはようございます、父上」
「ああ、おはよう。僕の可愛い息子よ」
「父上…。その言い方はちょっと…」
とある建物の屋上にて、僕――――九頭竜武人は実の父親であるロキと対面していた。
“可愛い”とか言われると、何だか人間の女性みたいで、恥ずかしいんだよなぁ…
父上の言い回しに、羞恥心と戸惑いを僕は感じていた。
後から到着した自分は、ゆっくりと歩きながら、父上の目の前に立つ。
「で?今日、僕に一体何の話があったんだい?」
「あ…はい!実は…」
飄々とした態度を取る父上に対し、僕は話を切り出す。
普段は僕が父上の元へ赴く事がほとんどだが、今回だけは違った。これまでの事や、スクルドが襲撃された殺人事件の事も含め、父上に訊きたい事があって自分が呼び出したのである。
「最近、“人化の術”を自分以外の者に教えたか…って?」
「…ええ」
視線をこちらに向けられ、僕は真剣な面持ちで首を縦に頷く。
本当は父上を疑いたくはなかったが、可能性がある以上は訊いておきたかったのである。というのも、父上は人ならざる者が人間の形を取れる“人化の術”を使える数少ない神の一人。何を隠そう、自分も父上に術を教わって今はこの姿を保っているのだ。
「…君に教えて以来、誰にも教えていないよ?」
「そう…ですか」
答えは、期待通りの内容だった。
ふりだしに戻ってしまったという意味では落胆する所だが、父上が殺人犯の手引きをしていないという状況的証拠は欲しいとも考えていたので、安堵した自分もその場にいた。しかし、当然の事ながら、話はこれだけでは終わらない。
「続けて伺いたいんですが…」
「いいよ。何でも聞いて」
父上はポーカーフェイスの状態を崩さずに、そう自分に言ってくれたのである。
「父上を含む、アスガルドの神々…。彼らが使う“特殊催眠”の効果は主に“これまでその場所に自分達が存在していたと思い込ませる”事ですが、その逆というのも…できるのでしょうか?」
「逆…というと?」
父上にしては珍しく質問の意味がわからなかったのか、首を傾げて問い返してくる。
「…例えば、本来は過去に何処かで会ったことがある人物がいる。しかし、“これまで会った事もなく、自分は本当の初対面だと思い込ませる”…です」
「ほぉ…」
父上が、腕を組みながら、興味深そうな表情を浮かべていた。
数秒程黙り込んだ後、閉じていた口を開いて話し出す。
「可能だよ。まぁ、この世界にある“学校”に入り込むには不便となる術式になってしまうけど…」
組んでいた腕を元に戻しながら、父上は答える。
「あぁ。でも、人化の術を解いた後の姿を知られたくないのであれば、その術式は有効だよね。…しかし、ルーンとか術関係に疎い君が、僕にいろいろ訊いてくるとは…珍しい事もあったもんだね」
「いろいろと、すみません。…ただ、とても気になる事件がありまして…」
「事件?」
今の言葉を皮切りに、最近起きている猟奇殺人事件の話を、僕は父上に教えた。
父上の場合、“授業”にあまり出ずに校外にいる事が多いため、こういった話はご存じでないだろうという判断からである。
「ニーズホッグか…。そいつだったらおそらく、グロア辺りから教わったんじゃない?」
「…グロア…?」
父上が述べた聞きなれない名前に、僕は首を傾げる。
「ブラギに対抗心を燃やしている、間抜けな巫女さ。彼女も確か、人化の術が使えるはずだよ」
「巫女グロア…。そいつが、ニーズホッグに肩入れしているって事か…」
「…でも、その犯人が黒竜と仮定するのならば、ノルンが襲われた理由も何となくわかりそうだなぁ…」
「え…?」
今の台詞を聞いた僕は、瞬きを数回する。
何故か嫌な予感がしたからだ。
「…武人。あのノルン三姉妹が管理している泉の事は、知っているよね?」
「はい。“ウルドの泉”…でしたよね。確か、触れたものを全て白くする泉で、世界樹ユグドラシルの根が伸びているという…」
「そう。そして、ニーズホッグや周りの蛇共。奴らの存在意義は未だ不明だけど、フェルゲルミルで彼らは、ユグドラシルの根っこをかじっている。そこからわかる願望とは…?」
「…世界樹ユグドラシルの破壊…。まさか…!?」
父上が何を言いたかったのかが理解できた僕は、目を見開いて驚く。
それを見た父上は、満足そうな笑みを浮かべていた。
「実際はどうかわからないけど、奴は“ノルンを始末すれば泉が枯れ、ユグドラシルにも被害が及ぶ”とでも考えたんだろうね」
そう語っていたが、今の僕にはその言葉が聞こえていなかった。
まてよ…。そういえば、海見…否、知恵の巨人ミーミルは、ユグドラシルの根っこが伸びているミーミルの泉の管理者…。もしかしたら、彼女にも危害が及ぶのかも…!?
「父上っ…!!」
「どうしたんだい?そんなに声を荒げて…」
何かを思い立った僕は突然、父上に対して声を張り上げる。
「僕は、これにて失礼します!!よろしいですか?」
「あぁ。…いや、待て」
お辞儀だけして立ち去ろうとすると、父上から呼び止められる。
「今日は僕も、学校に行ってこの後の授業に出るとしよう。…だから、たまには共に行かないかい?」
「自分は、構いませんが…」
先ほどとは打って変わった口調で問いかけてきた父上。
無論、僕にはそれを拒むつもりは毛頭なかったのである。
「はっ!」
話が済んだ後、僕と父上は飛ぶように走っている。
建物と建物の間を飛び移っては着地し、それを繰り返しながら学校へ向かっているのだ。そのスピードは、この世界で多く行き交っている“自動車”の速さに匹敵するだろう。“電車”という交通手段はあるが、山を超える訳ではないため、こうして向かったほうが早く到着すると判断しての事だ。
海見は、頭の切れる神だ。だから、自分がミーミルであると明かさない限り、そう簡単にはミーミルだと気がつかれないと思うが…
僕は走りながら、そんな事を考える。それでも、嫌な予感は止まらなかった。
「そういえば…」
走っている最中、黙り込んでいた父上が口を開く。
「バルドルが殺害された事…君も知っているよね?」
「ええ…。それがどうかしましたか?」
“何故今、その話題を出すのか”と疑問に思いながら、問い返す。
「…ミーミルが持っていた剣の事を、ホズに告げたのが僕だと言ったら…君はどうする?」
「えっ…」
思いがけない台詞に、僕は声を詰まらす。
この時、自分の脳裏には人身事故が起きた直後、海見を抱き抱えて現れた詩神ブラギの姿が浮かんだ。同時に、気を失っていた彼女の顔も――――――――――
「それが本当だとしても…バルドルは、僕とは関わりのない神です。別に何とも思いません」
「…そっか。なら、良かった」
僕が答えた後、一瞬だけ間を置いて父上は答えた。
今口にした事は本音ではあるが、全てを伝えきれた訳ではない。
海見が持っていたヤドリギでできた剣の事を父上が教えなければ、彼女がホズに襲われる事はなかっただろう…。ただし、“バルドルを殺す事”。“海見の剣を奪う”と決めたのはホズ自身であり、父上が直接彼女に手を出した訳ではない…。複雑だな…
僕は深刻な表情をしながら、複雑な想いを抱えていた。
「ん…?」
走ることに集中しようと思った直後、視点を地面に向けた際に、見覚えのある人影が見える。
「あれは…確か、ニブルヘイムの巫女だよね…?」
父上が、立ち止まった僕を横から覗き込む。
視力の良い僕や父上から見えたのは、人気のない路地裏で座り込んでいる、望琉の姿であった。
「…何か、様子がおかしいね」
「血の匂いが…微かに、します」
「ふーん…。ちょっと、様子を見に行ってみようか?」
父上の提案に、僕は戸惑いを見せた。
まるで自分が考えていた事を読まれたようだったからだ。
「はい…!」
しかし、迷っている暇がない事はわかっていたので、すぐに同意して地面へと降りていったのである。
「武人…!?」
「望琉…もしや、怪我をしていますか!?」
座り込んでいる彼女の目の前に降り立った僕と父上。
当然のことながら、望琉は目を見開いて驚いていた。
「…成程。午前中いなかったのは、そいつと会っていたから…って事ね」
右肩を抑えた彼女は、息を切らしながら呟く。
「…この匂い…」
望琉を目の前にして、僕は血とはまた違う匂いをうっすらと感じ取る。
「望琉。その肩の傷は、事故とかではないですよね?一体、何が…」
自分がその先を言いかけた途端、彼女は思い出したかのように声を張り上げる。
「どうしよう…早く見つけ出さないと、海見が…!!」
「なっ!?」
普段は冷静な彼女が、これでもかと思うくらい動揺していた。
その事実に、僕は驚きを隠せない。
その後、彼女は僕らが現れるまでに起きた出来事を語った。お昼休み中、迫田という教師や複数の女子生徒に襲われ、海見が拉致された事。そして、その女子生徒らに殺されそうになった彼女は、何とか逃げきったという驚愕の内容だった。
「その女子生徒らはさしずめ、ニーズホッグと一緒に根っこをかじる蛇って所かね…」
話を一緒に聞いていた父上が、僕の隣で呟いていた。
「じゃあ…男の方はやはり、“あの”ニーズホッグ…なのね…!」
そう言い放ちながら、彼女は唇を強く噛みしめている。
きっと、目の前で連れ去られたから、悔しいのですね…
そう思いつつも、僕は望琉の台詞に違和感を覚える。
「”やはり”…とは、どういうことでしょうか?」
「…っ!!」
僕が問いかけると、彼女は身体を震わせながら黙り込んでしまう。
その状態は何かに怯えているように見えた。
「…武人。“彼女たち”は、ノルン3姉妹と同様…痛みや記憶といった五感を、互いに共有できるんだ。…怯えるという事は、昔、あの黒い龍と何かあった…そう考えるのが道理だね」
「黒い竜と、ニブルヘイムの巫女…。あまり接点があるようには思えませんがね…」
父上の話を聞いた僕は、腕を組みながら考え込む。
「…こっちの話よ。あんたも思いの他、いろいろ知っているのね」
身体の震えが収まってきた彼女は、皮肉めいた口調で父上にそう告げたのである。
「いずれにせよ、海見を取り戻さねばなりませんね」
「…無論よ。あいつら、1匹ずつボコボコにしてやらなきゃ、私の気が収まらないわ…!!」
僕や望琉は、口にした事でミーミルを取り戻す事の決意表明をした。
「ボコボコって…。まぁ、奴等は神ではないから、討伐しても何ら罰を受ける事もないだろうしね」
望琉の発言に、父上が少し苦笑いを浮かべる。
「ロキ…。あんた、そんな呑気な事を言ってて大丈夫なの?…自分の息子たちを、彼女の護衛と監視に就かせたんだもの。何も企んでいないなんて事はないわよね?」
「望琉…!」
彼女の台詞に、僕は思わず顔をしかめる。
いくら気心知れた相手でも、自分が敬愛する父上に対して変な言われ方をすると、流石に憤りを感じずにはいられないからだ。
「…いいよ、武人。僕は別に気にしていないから」
「しかし…!!」
「…いいってば」
「っ…!!?」
全く動じていない父上にも苛立ちを感じたが、反論しようとしたら、物凄く低い声で怒られてしまう。
「…兎に角、彼女を探すならば、まずはフェンリルを連れて行こう。敵を探し当てるには、彼が最も適任だしね」
「わかりました、父上!では、望琉。本当ならば、おとなしくしていてほしいとは思っていますが…」
「…大丈夫よ。噛まれはしたけど、魂自体は傷ついていないから」
そう答えながら、望琉は僕の手を取ったのである。
海見…。どうか、ご無事で…!!
僕は、彼女の無事を願いながら、足を動かし始める。望琉も、最初はふらついてはいたが、自分の後に続いて歩き始めた。
「”神に恋する異形の存在”…か。武人、如何なる感情をばねにしても良いが…お前にはもっと強くなってもらわなくては困るんだ。…僕の野望を適えるためにも…」
僕らの後ろで、父上は一人呟いていた。
しかし、海見を助け出す事で頭がいっぱいだった僕は、この小さな呟きを聞き取ることはできなかったのである。
いかがでしたか。
2度目となる武人視線の物語。今回、”父上”という言葉を何回キーボードで打った事やら。笑
ここで出てきた、巫女グロアについて。
この巫女自身の詳細はあまり資料とかにはないんですが、ニーズホッグの資料の中に少しだけ出ています。というのも、ニーズホッグはラグナロクの際、死者の魂をその翼に纏って飛ぼうとするらしいですが、重すぎて沈んでしまうとかって資料にはありました。また、一説では巫女グロアの意識で沈んだとかも。そういった意味合いで、彼女の名前を出しました。
あと、人身事故があった章でも少し登場しております☆
さて、次回は無論、海見視点に戻ります。
連れ去られた理由とかを、主人公がはっきりと認識する回。そして、武人らは間に合うのか!?
…次回もお楽しみに!
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします!
(ただし、明らかに中傷するような内容は、即座に削除しますので、ご了承ください。)




