序章 侍女の事情
昔々、あるところに美しい王女に仕える平凡な侍女がおりました。彼女はいつも王女のそば近くに仕え、いつも王女の幸せを願い、心から王女を愛し、誠心誠意お仕えしておりました。ところが王女の方はと言うと、そんな彼女にいつも辛く当たります。ひどい言葉を浴びせ、わがままばかりを言い、いつも彼女を困らせていたのです。
しかしある日、生まれつき魔力の強かったその王女が、魔王に攫われてしまったのです。魔王は王女の魔力を使い、王国を滅ぼそうとしていました。
侍女は王女を思って泣き暮らす日々を送っておりましたが、ある日彼女の前に勇者が現れ、王女を必ず助け出すと約束してくれました。
その約束の通り、勇者は仲間と共に魔王の城に乗り込み、王女を魔王の手の中から救い出してきました。これには王国中が大喜びでした。
魔王の元から戻ってきた王女は、以前のような意地悪な王女ではありませんでした。魔王に魔力をすべて奪い取られてしまった王女でしたが、それと共に、彼女が生まれつき魔力と共にもらい受けていた呪いからも解放されていたのです。
実は王女は、生まれる前に魔王から呪いを受けていたのです。その呪いは王女に強い魔力と悪の心を植え付けていたのでした。
呪いから解放された王女は、彼女本来の心優しい王女になりました。王女は今までの自分の行いを悔い、自分に一生懸命尽くしてくれた侍女に感謝し、彼女にたくさんの宝物を与え、故郷に送り届けてあげました。
侍女は王女が心優しい王女になったことを泣いて喜び、たくさんの宝物を持って故郷に帰り、幸せに暮しました。
そして王女はと言うと、助けてくれたあの勇者と恋に落ち、ついには結婚して王国は平和な国となり、国中に幸せが満ち溢れたということです。
めでたし、めでたし
これは、とある王国で起こった実話の物語です。しかし、実話が元になっているわけですから、絵本の世界で語られる物語にはもちろん続きがあります。それは決して絵本の世界では語り継がれることのない物語ですが、絵本の中の登場人物たちが生きた人生や歴史が消えるわけではないのです。
「……」
そしてここに、その物語の中心に生きた一人の人物がいます。彼女は今しがた手にしたばかりの新聞を手に、ぶるぶると震えています。そして小さな声で、世界を呪うような声で呟きました。
「……何が、めでたしめでたしよ」
彼女の握りしめた新聞には、既に出来上がったこの国の物語が綴られています。その物語は末長く、この国や他の国々に語り継がれていくことでしょう。
「……呪ってやる」
彼女は感情のままに、持っていた新聞を散り散りに引き裂いてしまいました。
「今度は私が魔王になってやるんだから!」
彼女の心からの叫びは、生憎と周りの誰にも聞かれることはありませんでした。
彼女こそ、件の物語の中心人物、意地悪な王女に仕えていた平凡な侍女です。
彼女の物語は、今この瞬間に始まったばかりなのでした。