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翼を持った少女

 耳に響くのは翼が風を切る音。空を切るのは彼女の翼。彼女は飛んでいた。大いなる場所の空を。瞳に空を映して。空に集まる夢を求めて。

 彼女は一人その場所にいた。だけどそれで良かった。記憶をたどれば色々な人たちと出会うことが出来たのだから。その中でも特に、ルーンの記憶は彼女のお気に入りだった。その記憶に浸っていると、自分が居るべき本当の場所に還れるような気がした。その記憶の中にはプラナが居るのだから。

 ある日の事だった。彼女は木と触れ合うために空を飛ばずに、森の中を歩いていた。様々な声を聞きながら歩いているうちに彼女は突然開けた場所に出た。そこは風が最後にたどり着いて、再び生まれ出る場所だった。彼女は翼を広げた。ちょうど周りを森に囲まれているその場所の真ん中に、一つの宝珠が転がっていた。緑色の宝珠。彼女はそれの光に懐かしさのようなものを感じ、思わずそれを拾ってしまった。

 それは彼女が再び生まれてくるのをずっと待っていたのかもしれない。彼女の手が触れた瞬間それはうれしそうに光を放った。



「夢・・・よね」

彼女は天井を見つめながらそう呟いた。目覚めた時に一瞬だけ自分が別の場所に居るような感覚に襲われたからだ

「羽が風を感じる感覚がまだ残ってる・・・」

彼女はベッドから降りて大きく深呼吸をした。部屋に差し込む朝日がしっかりと彼女の身体を照らす。しかしその光は彼女が持つ翼を映し出すことは出来ない。マリンはベッドの端に腰掛けて暫くの時間何か考え事をしているような顔つきを浮かべて過ごした。


 彼女は鞄を掴んで立ち上がり、部屋を出た。この時間、廊下には余り光がさしてこないようで少し薄暗い。透明な結晶が壁に映す風の模様も、やはりどこか弱々しい。彼女は顔を外に向けた。眼下には昨日と変わらない町の景色が広がっていた。真っ直ぐ見つめたその先には白い雲が、常にその姿を変えながら青い海を泳いでいる。綺麗な風景だった。

「海は見えないみたいね」

ため息混じりにそう言って彼女は再び歩き始めた。


「今日はどうするの?」

「とりあえずは外に出て・・・適当にその辺を散歩するつもりだ」

「散歩だったら部屋の中できるじゃない」

 シルヴィスに向けて、妙な確信を秘めた言い方でマリンは言った。彼の泊まっている部屋は、1階違うというだけで光の入り方や見える町並みが全く違っていた。彼女は水の入ったコップを片手に持ってシルヴィスと今日の予定について話している。

「私はさっさとケイスに行きたいんだけど」

「あんまり遠出する気になれないんだ。それはもう少しだけ待ってくれ」


 延泊手続きをしてから二人は宿を出た。瞬間、地面から熱気が吹き上がってくるような感覚に見舞われる。熱い。体中から汗が吹き出るのが分かる。彼女は急いで日陰を探したのだが、日の光を完全に遮れるようなところはどこにもない。

「それじゃあ私は公園で涼んでくるけどあなたは?」

「暑い・・・」彼は彼女の話を聞いていない様子だ。

「分かったわ。それじゃあね」

彼女は彼を置いて昨日通り過ぎた公園目指して駆けて行った。


 別に公園は涼しくも何とも無かった。人が多いので寧ろ暑いぐらいだ。彼女はとりあえず左手に見える木の群生しているところに向かってみたが、人が多いのでそうまでして木陰に入る意味は無い。かといって、他に日よけになるようなものは無いし、潮風もここまでは届いてこない。

「海でも行こうっと」

そうは言ったものの、海岸も人で一杯であろう事は想像に容易かったし彼女も勿論その事には気づいていた。


 街外れの岬の近くにある小さな洞窟。入り江にぽっかりと口が開いていて、打ち寄せる波と戻っていく波とが中和しているので、押し寄せるものが何も無い洞窟。奥から吹いてくる冷たい風が今日という日にはちょうどいい。彼はその中の、太陽の光が描く明るい線の少し手前で寄りかかって洞窟の中を流れる水を見つめていた。

「レイズ、お前は一体なんだったんだ・・・」

「分からない・・・。分からな過ぎる・・・」

迷い込んできた魚が、水面から飛び上がった。彼は諸手を伸ばして魚を掴もうとした、その刹那、まるで彼の心に同調するかのように地面が大きく割れ、彼はその中に飲み込まれていった。


 遠くから海岸線を眺めながら、街の西側に広がる草原を歩く。潮風にさらされながらも懸命に育つ草花は、今日も命を削り取る風に揺れていた。

 彼女は丁度前のほうに見えてきた岬を目指していた。そこから空を眺め、足元に広がる海を得てしまおうと彼女は考えていた。耳を澄ませば風の音と共に波の音や人々の話す声が聞こえてくる。どれも皆楽しそうだ。彼女は自分の目から光が失われていくのを確かに感じた。

「・・・楽しい、か」歩きながら、自分自身と会話するかのように言った。2人の会話はこれ以上誰にも聞き取れなかった。


 空は相変わらず真っ直ぐに地面を照らしている。北の岬は岩場のようになっていて細かい石や大きめの岩が辺りに転がっている。彼女は緩やかな登りの坂を一歩一歩歩いていった。目指すのは一番先から見える景色。海は見る場所、時間でその姿を変える。

 彼女はその青い瞳で、青い光景をしっかりと捉えた。何故か自信が宝珠を欲しているのが分かる。あれの輝きが欲しい。あれの声を聞きたい。願望は彼女の中でどんどん大きくなっていった。

「海を越えるのが私の願い」

「でも、それはやってはいけないことだった」

彼女の中で芽生えた言葉が勝手に表に出で来る。そしてそれを聞くと同時に、彼女は今日の夢と同じ感覚、翼で、自分の翼で風と語り合う感じを思い出した、その思いに心を貫かれた。

「私はマリン=クラウディア。昨日も今日も明日もその事は変わらないわ」

自分の言葉で全てを吹き飛ばす。だけどそうすればそうするほど、自分が弱っていくような予感を感じていたのだ。マリンは。

「私は何者でもない。私が私であろうとする必要なんて無いのにね・・・」

彼女は波があるほうを見た。充分な高さがある。彼女は深くため息をついた。

「まだ死ぬべきときじゃないわ。まだ・・・ね」

「何で思い出したんだろ・・・。そういってから私は空を見るの」



 彼らを照らす光は星空の明りのほかにもう一つ、地面に燃える炎があった。2人は赤い炎で何かの動物の肉を焼いていた。近くを探せば毛や血の散らばった場所が見つかるだろう。彼が地面につき立てられた肉の刺さった串を回す様子を、彼女は珍しそうに見ていた。何度か同じような動作を繰り返した後、彼は幾つかあるうちの一つを土から抜き取り彼女に渡した。

「出来たぞ。不味いと思うが我慢してくれ」

彼女は手を伸ばして、炎の上でそれを受け取った。それを口に運んでみるが、彼の言う通り余り美味しくはない。

「やっぱり不味いのか。顔に出てるぞ」



 彼は目が覚めたので起き上がろうとした。だが何故か、手が動かないので身体が中々持ち上がらない。次に仰向けからうつ伏せになろうとしたのだがやはり身体は言う事を聞かない。彼は突然あることに思い当たった。そしてその瞬間から彼の全身を痛みが支配しだした。腕は何度か折ったことがあるがそんなの比ではない。唇が乾いているので舌を伸ばして舐めてみると血がべったりと張り付いていた。たぶん意識が無い間に吐血していたのだろう。彼はふと目の自由が利くことを思い出した。上を見れば簡単に落ちてきた穴が見える。

「あの高さから落ちてよく無事だったな・・・」心の中でそう呟く。

「こんな時にあいつがいてくれたら・・・」

彼はそう思って、再び意識を失った。



 彼女は草の上に横たわった。彼女のいる場所は岬の端の近くで、そこだけ僅かだが柔らかい草が生えていた。仰向けに横たわり流れる雲を見ているうちに彼女は自身が再び彼の声を求め始めていることに気づいた。空の持つ色は彼の持つ色と全く同じ色をしている。彼女は自分の心の奥深くに旅立とうとした。でも、どこかからそれを止める声が聞こえてくる。それは一体誰の声なのだろうか。

「管理者さん・・・」彼女は真っ暗な、自分の中でそう呟いた。

「もう二度と会う事は無いと思っていたのに会いに行くの?」

自分を止めようとする彼女が言う。口調はマリンのそれと全くといって良いほど変わらない。

「・・・・・・いつかそうなるなら」

「本当に今そうするべきなの?まだ正しい死に方も見出していないのに。今彼に会ったところで得るものは何も無い」

「あなたは私の恐怖ね。忠告ありがとう。今日はおとなしく寝ることにするわ」


 空が黄金色に輝き、海が黄金のなかに含まれる紅を映す時間に彼女は目覚めた。彼女は草を強く押して体を持ち上げるようにして立ち上がった。枕代わりにしていた鞄を拾い上げて背負い、緩やかな坂を駆け下りる。服の中に無理やり入り込んでくる風が肌に直接触れると、さすがにこの時間は少し寒い。彼女は海岸線に出ようと道に出た後入り江に向けて道を一段下がった。砂浜から道を仰ぎ見てみるとどうやら今彼女が下りる際に通った場所は大変滑りやすく、とてもじゃないが登る事は出来ないようだった。次に岬の方を見てみる。上からは分からなかったが、どうやらそこには洞窟があるようだった。彼女は早速そこにはいることにした。


 もうこの時間になると洞窟の中に光は差し込んでこないようだった。別に目が慣れるまで待っていても良いのだが彼女はどうしてもここで時間を多く潰す気にはなれなかった。暗闇の中、目に浮かぶのは煌く炎の姿。彼女は右手を横に突き出した。すぐに手の平に炎が現れ、辺りを紅く染める。その彼女の瞳が映したものと同じ炎は横を流れる水脈は炎を夕焼けの太陽にして、黄金色を覚えた。


 彼女はふと危険を感じた。踏み出した右足を再び置く足場が無い。慌てて下を見てみると、なんと地面が抜けていた。彼女は自分の首筋を一筋の汗が流れるのを感じた。

「ここって案外危険なのね・・・」

そう言いながらも穴の下を見るのはやめない。下の空洞も外から見る分には楽しそうではあったし、そこに行って見たいと思わせるなにかはあった。だが、出口が無い。

「あれってシルヴィス?」頭で認識するよりも先に口が動く。彼はちょうど真下で横たわっていた。体の周りで血が池を作っている。彼がこの穴から落ちていった事は想像に容易い。

「・・・出血が多いみたい。温めないと・・・」

以前本で読んだ内容を反芻する。何時読んだ物だったかは忘れたが、怪我をした女性を助ける場面にこんなセリフがあった。彼女が軽く念じると、彼がベッドの代わりにしている部分に、熱さを感じさせる線が走り、一瞬激しく輝いて消えた。彼女は洞窟を構成する岩石のある一箇所を少し熱いと感じるぐらいの温度にしたのだ。

「ここからが問題よ。一体どうやって下りたら・・・」

リュックの中にある衣服を裂いてロープを作ったとしても高さは足りないだろうし、足りたとしても彼を持ち上げる事は出来そうも無い。下の空洞がどこかに繋がっている可能性も余り高くは無いだろう。それにここから街は遠い。知らせに行って戻ってくるまでにかなりの時間が過ぎてしまう。

「シルヴィス、何でそんなところで寝てるの?」できるだけ大きな声で言う。

「意識は無い・・・か。私が降りて行かないと・・・」

彼女はふと考えを思いついて洞窟の外を向いた。まだ明るい、といえる時間。もしかしたら間に合うかもしれない。彼女は走って表に出て、風の言葉で空を舞う者に話し掛けた。彼らを代表する一羽がすぐに彼女の傍にやって来て彼女が真っ直ぐに伸ばした腕に止まる。彼女は一羽の白い鳥の綺麗な羽を優しく撫でた。

「ちょっとそこで待っててね」

彼女は服の袖を引き裂いた。元々安物だったためか予想以上に簡単に破けた。それに熱を加えて焦げ目をつくり、それで字を書く。白い布地に少しずつ、茶色で文字が刻まれていく。

「よし出来た!これを街まで持っていって!!」

鳥さんの右足首に服の切れ端を結びつけて、彼がとまっている方の手を天に向けてあげる。彼は街へ急いでいった。


「私に翼があれば一番いいんだけどね」

今朝見た夢の影響だろうか。彼女は以前までは何の憧れも抱かなかった空に、強く、惹かれるようになっていた。そして、彼女は願った。翼が欲しい、と。願ってしまったのだ。

「羽が欲しい?」心に響く声。

「誰?また私の知らない人?」

「私にはそれの答えはよくはわからないわ」

「でも今は忙しいの。自分自身と話しているときじゃないの」

「私はあなたじゃないわ」彼女の、ぼやけていた輪郭がはっきりと見えるようになる。確かにマリンとは雰囲気が違う。

「あなた・・・誰よ・・・」

「・・・私の夢を見て」



 彼女の手にした宝珠には、彼女自身が内包するものよりも多くの記憶が宿っていた。彼女はそれを全部読みたい、と思ったが、余りにも量が多すぎる。それに理解できない部分の方が多いのだ。


「管理者さん?」

彼女はかつて盟約を交わした少年の気配を感じた。心に映る彼の円を重ねた杖。彼の言葉。彼女を夢から連れ戻すために管理者が杖を振ったのだ。彼女にはそれがわかった。彼女はまだ忘れてなどいなかったのだ。盟約は、いずれ完成する。

「管理者さん・・・」



 柔らかい地面。頭に良く合う枕。手を後ろに伸ばしてみると壁にぶつかる。身体を横に向けて目を開くと窓が見える。彼女は慌てて起き上がった。

「何時の間にか戻ってきてる・・・」

彼女はまだ夜の暗い星明りを映すだけの窓に手を重ねた。

「じゃあシルヴィスもだよね」

薄暗い部屋と薄板一枚隔てた先にある真っ暗な外。二つの空間の境目で彼女の声が木霊した。鏡と化した窓に映る彼女の幻影が、一瞬だけ遅れて彼女と言葉のハーモニーを作り出す。

「恐怖が大きくなりかけてる・・・。もう限界かも・・・」

「管理者さん・・・」最後の言葉は彼女の中にだけ、響いた。



 太陽が辺りを照らす時間。先ほどまで朝だったのだから恐らく今は昼なのだろう。木が日光を遮っていてとても暗い。ここはいつも闇に覆われている。闇の中を舞う者達がいつも動き回っているのだ。時々遠くから聞こえてくる狩りの音。今草木を揺らす風も彼らが生じさせているのかもしれない。

 レイズはシルヴィスのサブバックに木の実を手当たり次第に詰め込みながら彼について歩いた。昼食の分と夜に食べる分だ。最初の内は『美味しい』ものを選んで取ろうと思っていたのだがどれも似たような味で、殆どが美味しいとは言えない味だったので通った場所にあるものはすべて貰っていく事にしたのだった。

「なあ、寒くないか?」

「寒い?」

「方向感覚失ってるからどの辺りにいるかは分からないがもしかしたら白い草原の近くなのかもしれない」

「白い草原?」

「エーノ東の万年降雪地帯の事だよ。その内足元が凍土に変わるかもしれない」

「雪?」

「綺麗な声・・・。こっちから聞こえる・・・」

 彼女は右を指差した。その方向を向いた彼はますます方向感覚を失った。どの向きも同じにしか彼には見えない。木があって、それに蔓が絡まり、根元には人の背ほどもある草が生い茂り、上の方では枝が複雑に入り組み日光の取り合いをしている。そして、そこには彼らが入る余地なんて存在しないのだ。彼は彼女の前に立ちとげの生えたツタを慎重に取り払い、彼女の指差す先を目指した。

 先に進むにつれてどんどん気温は下がっていく。それに、足場も心なしか滑りやすくなっていくような気がする。彼は彼女のためになるべく歩きやすい場所を選んで歩いているのだがそのために遠回りしてしまう事もしばしばあった。一人だったら飛び降りているような高さの崖に出くわすたびにいちいち他の道を探したりしているからだ。

「やっぱりエーノに出るみたいだな・・・」

そう口にする直前、確かに彼は凍った土を踏んだ時特有のガリッという感じを味わっていた。

「もう少しで森も終わるはずだ。レイズ、急ぐぞ」

急ぐ、とは言ったものの木が邪魔で早く進むなんてことは全く出来ないのだった。それに、氷にも注意しなければいけないだろう。滑って崖から落ちでもしたら大変だ。

 だんだんと木が疎らになっていくのが分かる。森が終わりに近づいているのだ。その代わりに、地面には雪が現れ、おまけに枝が支えきれなくなった分が彼らの背に向けて塊となって降りかかる。

 彼女は上から降ってくる雪の一片を手に取った。それは彼女の手の平ですぐに溶けてしまった。

「綺麗な声ね・・・。うん、そうだよ・・・」



 考えつづけた。彼女は瞳に深い闇を映して考えつづけた。彼女が見る闇は彼女の中の闇と調和して永遠を創り出す。彼女が今いるのはその中心。帰り道は自分でもわからない。言葉を言うのに言語を必要としない世界。彼女の求めるものがすべてある世界。だけど決してたどり着く事の出来ない場所。

 真っ暗だった場所に突然光が満ちる。朝の訪れと共にその世界は姿を消した。マリンは力無く窓の縁から手を離した。下を向いたまま――いや、目は開いていてもその瞳は何も見てはいない――彼女は歩いて、リュックを背負い部屋を出た。

 シルヴィスはどこにいるのだろうか。部屋を訊ねては見たもののそこには誰も無かった。彼女は誰かに聞こうと思ったのだが、心が重くのしかかり、言葉を外に出そうとはしない。彼女は誰とも言葉を交わさず、外に出た。


 長い間触れなかったものに近づきつつある。お互いが引き合う事は分かっていた。いずれはこうなる事は分かっていた。彼女は両腕を肩から地面に向けてぶら下げたような格好で無気力に街中を歩き回っていた。一応の目的はシルヴィスを探す事。多分彼はどこか他の落ち着いて治療ができる場所にいるのだろう。でも、本当は目的なんてなかった。足が勝手に動くだけ。別に自分がそこにいる必要なんて無いのだから。

「まだ私は鍵を見つけてはいない。時はまだ満ちてはいないわ」

僅かに湧き出る希望。だけど彼女は知っていた。希望は絶望へ自分を動かすための活力に過ぎない事を。


 ふと思い出したように宝珠を鞄から取り出して握り締める。青い光を静かに放ちつづける宝珠。彼女はこれの意味にはまだ気づいていない。気づけるわけが無い。彼女にはまだそれに触れる能力が無いのだから。



 シルヴィスは自分が何時の間にかベッドに移されていることに気づいた。それが彼の目覚めだった。全身が自由の利かないほどに固定されきっている。骨折箇所がそれだけ多かったのだろう。

「おい、誰か」

出せるだけの声を出す。結構大きな声が出た。きっとかなり強力な薬草を投与されたのだろう。すぐに扉から誰か出てくるのか、と期待していたのだが予想に反してだれも出て来ようとはしない。

「誰もいないのか?」

やはり扉は開かないのだった。よくよく考えてみるともう10日も20日も経ってしまったのかもしれない。それに周りを見回してみるとなんと部屋に窓が無い。それに、何故か治療を施した形跡、例えば薬草の匂いが無いのだ。何かがおかしい。

「なあ・・・本当に誰もいないのか?」

直後に部屋の外から足音が聞こえてくる。彼は扉を見守った。

「朝から五月蝿いわね・・・。男のくせに・・・」

「お前は?」

「私?・・・ああ、顔洗ってくる」

そう言って結局部屋へは一歩も足を踏み入れずにやたらと豪華な服を身に付けた銀髪の女性は姿を消した。開けっ放しにされたドアが風に揺れた。


 ドアの隙間から少し覗いている廊下にもやはり窓は無いようだ。彼女が戻ってくるまでの余り長くは無いと思われる時間。彼はもう一度部屋を見回してみた。石造りの少し小さめな部屋のようだ。天井にはランプが揺れている。そのランプと彼が今横たわっているベッドだけがこの部屋にある人の造った道具なのだった。彼はしばらくの間は怪我人らしく寝て待つことにした。


「おはよう。調子どう?」

先ほどと同一の人物とはとても思えないような口調。廊下から見て左側奥の隅に彼の横たわるベッドがあって、その横に彼女はいた。彼女の右側には彼女が運んできた食事を積んだワゴンがある。

「ここはどこだ?」

彼女はそれを聞きながらバターの蓋を開けて、ナイフで掬い取った。

「ここはビスタって言うデブ魔法使い野郎の家の地下室。私の権限で好きにしていいよ」

そう言いながらパンにバターを薄く塗る。ランプの光がナイフやバターの塗られた表面に反射して彼の目に突き刺さっているのだが彼女はそんな事には気づいていない。

「お前は?」

「誰だって良いでしょ。どうせその内分かるんだし・・・」

言い終えてからパンを無言でシルヴィスの喉に押し込む。パンが彼の口の中に姿を消すと、ワゴンの下段にあるあらかじめジュースを注いであるコップを取り出して、やはり同じく無理やり彼の口の中に流し込む。

「朝食はこれで終わり。喉渇いたら言ってね」

「もうちょっとまともな食べさせ方は無いのか?」

「あら・・・ちゃんと飲み込めたのね。凄いわ」

「人の口元塞いでおいてそれは無いだろ」

「質問はもう無いの?」彼女は話の流れを一気に変えた。

「・・・お前のふざけた行動見てて一つ思い出したよ。マリンはどこだ?」

「宿にいるはずよ。連れて来て欲しい?」



 崖を飛び降りた後急速に周りから緑は失われていき、変わりに白が満ちてくる。森は今や彼らの遥か後ろ。再び太陽が、シルヴィスの活力の源が空から彼らを照らす。大地が再び意味を持って彼らの体を支え始める。二人が歩いた足跡が一本の道を形作り、その上を風が舞い上げる粉雪が走り抜ける。白い地平線の果てには海があるのだろう。そうだ、この白い大地は海と光が調和して生み出しているのだ。宙を舞う細かい雪たち全てがここに生きる命なのだ。

 深い雪の上をどこかに向けて真っ直ぐに歩きつづけると、そりの走った後に2人は出くわした。西に向けて少しも歪むことなく、一直線に伸びるそれは大きな吹き溜まりを超えて彼らの視界から消えている。これを辿れば恐らくエーノにたどり着くのだろう。躊躇するレイズの手を引っ張って彼は道を歩き始めた。



『プラナ、こっちに行って本当に大丈夫なの?』

はっきりと聴く事の出来る彼女の記憶。宝珠を手にしてからは、今まで彼女自身が気づいていなかった事にも気づけるようになったのだ。

『大丈夫・・・じゃないの?』

そう言いながらまだ小柄な身体の少女は彼女の手を半ば強引に引いて深い沢へと降りていく。

『ここって一度降りたら二度と登れないような気がするんだけど・・・』

『心配性ね。別の道を下で探せば良いのよ』

それでもルーンの不安は消えなかった。だから彼女もそれを強く感じて不安を覚える。記憶に触れるとはそういうことだ。それに彼女はこの不安が現実のものになることを既に知っていた。

 突然羽に語りかける声。風の声とは違う。質量をもったしっかりした声。それは何処かから響いてくる。その声を聴き取る事が出来るのは孤独な彼女の翼と感性だけ。

「誰?」だから彼女もそれに翼で話し掛ける。

「私が誰だか分かる?」

「誰?」

「私に会いに来て」

「誰?」

「私と・・・もう一度・・・出会って・・・」



 彼女は自分が眠っている事を思い出した。その次に、自分がまだ生きていることを思い出した。何故なら声が聞こえるから。周りにいる人間達の声が。夢の中のひたすら澄んだ声、自分自身と溶け合うような声とは違う、狂った響きが。

 公園のベンチ。彼女はゆっくりと身体を起こした。周りにいる人たちは彼女になど構いもしないで前を通り過ぎていく。パートナーと言葉を交わしてもう一つの世界を作り出したり、見るべきものをしっかりと見つめたりしながら。

「私は違う・・・」

小さな声が漏れる。彼女はそれに恐怖、としか言い表せない感情を持った。

「ねえ、管理者さん・・・」


 足音。前を見る意志を持たない彼女の頭を無理やり持ち上げるほどの力を持つ。マリンが見たのは自分に小走りで近づいてくる一人の女だった。どうやら彼女は宿の前でずっと彼女を待っていたらしい。指先まで覆い隠すほどに袖の長い服を身につけているがそのために余り速くは走れないようだ。彼女は相手が誰だかはわからなかったのだがとりあえず彼女に向かって駆け出した。

 何故か彼女はマリンと目を合わせようとはしなかった。それどころか、彼女に背中を向けるばかりで彼女のほうを向いてさせくれない。

「私に何か用?」

仕方なく、マリンは息を切らせながら彼女に話し掛けた。

「あなたがマリンね。彼氏が待ってるわよ」

「どこで?ていうかあなた誰?」

 マリンは自らの瞳に突き刺さる何かを感じた。光。青い光だ。何時の間にか左手に握っていた青い宝珠。彼女はそれを目視した。青が全てを飲み込んでいく。シーファーグス。これにそう名をつけたのは一体誰なのだろう。水と生命が確かにこれの中心に混在しているのだ。

「ニーズライア・・・どういうことよ・・・」

突然割り込んでくる声。割り込んでくる?違う、声の持ち主は本来この場所にいるべき存在。その声は彼女の中に眠る者のそれと同じ性質を持っている。その心は長い刻の中ですっかり薄れてしまったけれども。

 青い光を放つ宝珠の横に赤い光を放つ宝珠が現れる。それを右手に持っているのは先ほど彼女に走り寄ってきた女性だった。マリンは初めて彼女の顔を見た。

「この光の意味わかる?」彼女が言った。

「解ることにしておくわ。文句は無いでしょ」

 二つの宝珠が放つまったく別の光は、決してお互いの色を一つに重ねることなく世界を駆け巡っていく。

「名前教えて。私も言うから」

「私はマリン=クラウディア。それじゃ、あなたの名前教えて」

それを聞くと彼女は自らの右腕に無言で左手を重ねて袖を捲った。彼女は宝石が三つ、ルビーとサファイアとエメラルドがついて、黄金に白金で紋章を刻んだブレスレットをつけていた。

「・・・アルハ・コーディ・トファミグ・ティヴィ・クァーレウリク!?」

「あなたは・・・ライア=コーデリアね。よろしく」

彼女は宝珠を服のポケットに突っ込んでから左手を彼女に差し出した。彼女もそれに倣った。ライアの身に付けるブレスレットはコーデリア家当主の証しだ。ルビーはその魔力を。サファイアはその存在の尊さを。エメラルドはその知識の象徴になっている。

「彼のところに案内してあげる」


「完璧街の人にも見られたわね・・・」

右手首を見ながらライアが言った。

「なにか問題でもあるの?」

「あなたには関係ないわ」


 ケイス行きの馬車の出発場の右手には少し小さめの、馬を一時的に放すための草原があって、その隅には古井戸があった。縁の欠け具合は相当なもので下手をすると落とし穴と見分けがつかないかもしれない。彼女がそれを見て井戸だと分かったのは傍に変色した桶が転がっていたからだ。彼女の少し先を早足で歩いていく女性はその草原の横の緩めの傾斜がかかっている丸石で舗装された道を登っていく。

 カランカラン。彼女が後を追って坂を中ほどまで登った所で錆びかけているのか少し鈍めの鐘の音が辺りに木霊した。その後に続いて馬車が出るぞ、急げ!という声。そして馬の嘶き。

「ふーん・・・」

彼女は一人頷いてライアの再び後を追った。


 曲がりくねりながら何処かに向け伸びていく坂は気がつくとかなりの急勾配になっていた。それにもう舗装されていない。彼女はライアに引き連れられて山中に引き込まれてしまったのだ。しかし、人が生活をしている形跡はしっかりとある。例えば草をしっかりと刈った跡などだ。彼女は左手に海が見えることに気づいた。昨日自分がいた岬も洞窟のある入り江と一緒にはっきりと見える。今日は今日でまた違う色をその場所は持っていた。

「何してるの。早くしてよ」

遠くからそう言われて、マリンは慌てて彼女の後を追った。


 どうやら上り坂は終わったようで、彼女の目の前には真っ直ぐな道が一本伸びているだけとなった。リスが一匹2人の足元を駆け回っているが何をしたいのかは良くわからない。

「この先に居るの?」とマリン。

「そうよ。家の持ち主はかなりガラ悪いから注意した方が良いわ」

 彼女はそう言ってから先ほどまでと同じように彼女の先を歩き始めた。


 さすがは山の頂上といった所か。事あるごとに風がふいて、温まりすぎた街を冷やしていく。マリンは少し前までの山登りの所為でかなり疲れてはいたのだが、風のおかげで何とか走れるのだった。それにもう家が見えるところまで来ているのだ。どうやらかなりの豪邸のようだ。もしかしたらこの一帯全域が彼の庭なのかもしれない。

「あそこってライアの分家か何か?」

「違うわよ。何が悲しくてあんな男なんかと・・・」

かなりきつい口調で、歩きながら彼女が答える。

「怒った・・・?」

「いや・・・。ちょっと・・・ね」


 海の良く見える切り立った丘。道に沿って進むのであればそこは一番奥ということになる。崖の端には丸太を組んで作った柵が立っている。ライアはどうなのか分からなかったのだが彼女は横目で海を見つめながら歩いていた。

 丘の端、目指す大きな家のある部分に近づくにつれて、彼女はだんだんとライアの言っていることの意味がわかってきた。まず、路傍の草は彼の手によって姿を消してその代わりに、ギラギラと光る宝石が散らばるようになったのだ。先ほどライアに見せてもらった物や、最近見たコインとは違う。光にたくさん色をつけてよく反射するように細かく砕かれて、地面にばら撒かれているのだ。

「可哀想な宝石ね・・・」ライアは答えなかった。

 要するに、彼の家の周りは美しい物だけで構成されているのだ。海側に木の板を渡して新たに作ったスペースにある花壇はよりによってローナミアだけが萌えていたし、丁度反対側には池を中心に庭園が広がっているのだが、そこには、いやらしいまでに毛並みを整えられた毛の白い小動物(マリンには見分けがつかなかった)が歩き回っているのだった。

「場が調和してないの。だから男に魔法は使って欲しくないのよ」

後半部分は私怨だな、と彼女は思った。


 鍵のかかっている扉をライアの魔法で壊して2人は中に入った。鍵がかかっている事を知った時に彼女は何かぶつぶつと文句を言っていたのだが、まさかここまでするとはマリンは思っていなかった。扉は壊れた上に何処か遠くに飛ばされてしまったのだから。扉のすぐ前の空間を左右から見つめているのは天馬の像だった。ヒスイの目も、本来は美しく感じるはずなのだろうが不調和な空間をことごとく見せ付けられた後の事、マリンに正常な判断力が有るわけが無い。そして扉をくぐると最初に出る真っ直ぐな廊下には陳列棚とでもよぶべき、彼の集めたアイテムを来訪者に見せつけるため、としか思えないような5段の棚が床から天井に向かって聳え、廊下の初めから突き当りまで延々と続いているのだった。この場で目に映しても良い唯一のものは恐らく床の木目だろう。ライアも同じ思いのようで横を見てしまわないように注意しながら前を見たところ彼女もまた俯きがちで歩いていた。天井は、不気味に豪華なシャンデリアが光っているからやはり見ては駄目だ。

 調和していない世界から何か大切な部品が抜けてしまったような気配を彼女は感じた。どうも気になるので足を止めて右を向いてみると、どうやら三段目の小さめの貴金属類が並べられているエリアに一つ分の隙間が出来ていた。彼女は他のものを目に入れないように慎重に、素早く視線を床に戻した。


 廊下を通り抜けると今度はやや大きめの部屋に出た。この部屋には扉が三つ取り付けられていた。

「次はどっち?」

辺りを見回しながら彼女が言った。

「・・・手伝ってくれる?」

言い方は表面上は下手に出ていたが、半ば命令しているようなものだった。マリンはなれない絨毯の上で滑りそうになりながら彼女に近づいた。彼女の足元の床板は木目が他と繋がっていない。マリンの家の台所にある食料室の入り口のようだ。

「これを持ち上がるのね。分かったわ」

彼女は反対側を持ち上げようとした。だが何しろ隙間が全く無いので指が入らない。

「ねえ、これどうやって・・・」

「違う!中から鍵掛けられてる!!」


「確かこれって中は鉄で出来てたはず・・・」

ライアは一人で何か呟きながら2、3歩後退した。マリンも念のためにライアの居る側の壁の隅に向かう。すれ違った時にはもう既にライアはニーズライアを手に転がして感覚を集中していた。

「マリン、大丈夫?」

マリンは頷いたのだが、彼女は後ろに立っているので勿論ライアは気づいていない。しかし恐らく意思は伝わっただろう。

「・・・多分一番安全なのは私の後ろだから」

「ミドン・サート・ニーズ・リレト・シー・ナ・ライア」


 水と炎が混ざり合うと闇を形成する。その魔法の外見はそんな感じだった。宝珠から光が失われたと同時に床板を覆っていた闇は、その部分を道連れにして消滅した。ライアは宝珠をいつでも取り出せる場所にしまってから、地下室に通じる梯子を降りていった。


 狭い廊下。多分これ以上大きくすると崩れだしてしまうのだろう。暗がりの中を手探りで、ライアが先頭、マリンが後方を進んでいた。

「一番目の扉ね」

「一番目の扉」

まずはライアが到達して、その直後にマリンがそこにたどり着く。シルヴィスは三番目の部屋にいるという。

「二番目・・・」

「二番目。間違いない」

ゆっくりと慎重に。魔法を使う気にはなれない。何か、今この場所でそれをやってはいけないような気がするのだ。

「三番目!入るわよ」

やはり鍵のかかっていた扉を触れた瞬間にぶっ飛ばしたライアは部屋に駆け込んだ。その所為で廊下に光が漏れるようになってマリンは少し眩しく感じた。彼女は薄目を開いたまま部屋に入った。


 無機質的な部屋の左奥に有るベッドに彼は寝ていた。どうも余りまともな治療は施されていないらしく、遠くから見た感じだと添え木をして包帯で固定してあるだけのようだ。薬草特有のツンと来る匂いが部屋に充満していないのだから恐らく間違いない。

 ベッドの横では小太りな男が彼の鞄の中を調べていた。彼女は彼の左手に小さな麻袋と青くて丸いコインを確かに見た。彼女は思わず彼に向けて怒りをぶつけそうになった。

「勝手に怪我人の鞄調べて何やってるのかな?」

挑発的な声。ライアがいつでも魔法を使えるように集中している事はこの場に居る者ならば誰でも分かるだろう。

「勝手に?何を勝手に思い込んでいるんだ。こいつの鞄の中身を整理してたら偶然・・・まさかこんなものが出てくるとはな・・・」

「それにしても、だ。貧乏人はこの家に入れたくないんだ。幸いにもこいつは大丈夫だけど・・・」

彼は青髪の少女を指差した。マリンは耳を手で覆おうとしたのだが間に合わなかった。

「お前、その服装は何だ?右側の袖の部分が破けているじゃないか。よく格好で街中を歩き回れるな・・・」

「ライア、この男ってこの程度の事しか言えないの?もっときついと思ってた・・・」


「全く・・・まずその手にあるものを彼に返しなさい」

一歩、ライアは彼に歩み寄った。

「何故お前が僕に命令できるんだ?ここは僕の家だ。僕に従ってもらう」

彼はそう言いながらしっかりと彼の鞄を掴んだまま立ち上がった。ランプの光が床に大きな影を映し出す。彼は、表情一つ変えずに袋を自らのポケットにしまいこんだ。

「どおりで街でまともな評判が無いわけね。人が来ると必ずそうしてるんでしょ?あの部屋からは先に進ませない上に地下に押し込んで・・・」

ライアはため息を漏らした。

「ああそうそう、お前が他の2人の分の食事代とその他の泊めた事による経費を払ってくれるんだったらそれでいいぞ?」

「・・・・・・面倒くさいわね。分かったわ」

元々こうなる事は覚悟の上だったのだろうか。彼女はあっさりと彼の要求をのんだ。財布を、細かい星が散りばめられた豪華なお金入れを取り出して、ライアはそれを開けようとした。

「おっと、あける必要は無い。財布ごと貰うことにした。その財布気に入ったんだ」

「いい加減にしなさいよ・・・」

ライアは何故かおとなしく財布を渡してしまった。だが、これで彼女はライアの考えを理解した。彼女はあとで全て彼から取り返すつもりなのだ。

「ふーむ・・・全然足りないみたいだ。他に金目のものといえば・・・」

彼の視線がライアの右手首に向いていた。そして、顎に手を当てて散々考え込むふりをした挙げ句に2人の予想した通りのセリフを言い放った。

「その腕輪・・・一日だけでもいいからあそこの棚に飾らせてもらえないか?」

その身体から無言の圧力とでも言うべきオーラを放ちながらライアは袖を捲くり腕輪を露出した。それは彼女の魔力に反応して三つの宝石を綺麗に光らせていた。

「ちょっとそこで反省しなさい」


「ねえライア、なんであんな馬鹿相手にするの?」

「あいつ・・・ケイス大学に影響力持ってるのよ。潰せそうだったら潰したかったんだけど・・・」

彼女はマリンに耳打ちして、最後に、だけど私が先に挑発に乗ってしまったようね、と言った。

 ビスタはライアが連れと何か話しているうちに、先ほどコインを入れたほうとは反対のポケットに手を入れた。彼が求めているのは指輪だった。これ一つでコーデリア家を止めるほどの威力のある伝説の指輪。

「・・・ライア、この指輪なんだと思う?」

「私のことを名前で呼んだ?このデブ、消えろ!!」

今まさに彼女が放とうとした魔法が殆ど怒りのみで構成されていることは誰にでも分かった。怒りのあまりに狙いと全く関係の無い場所でまで魔法が発現するほどだった。

 だが、目の前で名実共に最強の魔法使いが魔法を使おうとしているにもかかわらず、

彼は悠然とそこに立っていたのだ。彼は含み笑いを浮かべながら、指輪を持った手を彼女のほうに伸ばした。まさに魔法を使おうとした瞬間だった。彼女は、何とか魔力を押さえた。

「なんで・・・そんなものを持ってるの・・・」

絶望さえも感じ取れる、そんな声。だがマリンにはいまいちその理由がわからない。

「あの透明な指輪がどうかしたの?」

力無く項垂れるライアの顔色をうかがいながらマリンが言った。

「知らないのか?」

「これは・・・」

彼女はビスタの言葉を遮った。

「ガラスの指輪。ハイン=インジェントが創り出してフレア=コーデリアが身に付け、そしてディアスが何処かに捨て去ったあの指輪よ」

ここに出てきたガラスの指輪は、外伝においても重要な意味を持ちます。

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