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ヤンデレからツンデレへ!?

「はぁ~……やっぱり昴くんかっこいいよ~、好きぃ……」


 私は自宅の一室で、抱き枕を抱えながら、好きな人の写真を見ながらうっとりと呟いた。

 写真に写ってるのは野上昴くん、十七歳。

 私の幼馴染みでもあり、同じ学校のクラスメイトだ。

 爽やかなルックスと甘い笑顔が素敵で、とっても優しく王子様みたいな男の子。そんな彼に私は小さい頃から恋をしていた。

 好きな人の写真を見てうっとりするのは、恋する乙女として普通の事だろう。けれど私のこの光景を見て、普通だと言ってくれる人はいないだろう。だって



 部屋の壁にはすき間なくみっしりと、昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん昴くん……


 

 彼の写真を壁一面に貼り付けているのだから。

 しかもそれはほぼ盗撮された物だ。なおかつ私が今抱きしめている枕は私特製昴くん抱き枕だ。

 部屋のショーケースには、私特製の昴くんフィギュアや、昴くん使用済みの割りばし等を飾っている。

 ちなみに私の今持っている写真は今日撮った出来たてほやほやの物だ。


「はぁ~……今日の体育の時間で、昴くんが思わず転んじゃった場面、うまく写真に撮れてよかったよ~やっぱりどんな時でも盗撮用小型カメラは持ち歩かなきゃだめね! あ、でも転んだ昴くんに駆け寄ったクラスの女子達はムカつくわね……あとで排除リストに書きこんどかなきゃ」


 私はそう呟きながら起き上り、撮った写真をアルバムに直した。壁にはもうスペースがないので、仕方なくアルバムを使っている。しかしそれも百冊を過ぎているので、そろそろ新しい保存方法を考えねばなるまい。

 電子記録に保存すればいいじゃん。と思う人もいるかもしれないが、こういうのは形にするから尊いのである。私の譲れない美意識だ。

   

 そう、私は自他ともに認める


 ヤンデレ


 である。






 朝、私は登校するため、学校に続く桜並木の道を歩いている。この時間は通学ラッシュで、私の周りを歩く人達はほぼ同じ学校の生徒だ。

 その時、後ろの方から呼び止められた。


「おはよう、如月さん! 今日も可愛いな~……」

「なぁ花梨ちゃん、今日俺と一緒に街まで遊びに行かねぇ? デートしようよ」

 

 確か同じ学年の男子だったと思う。チャラそうな男子二人が私を見ながら、にやにやとだらしなく笑っている。

 私はゆっくりと天使のように微笑んだ。


「ごめんね……私今日用事があるから、また今度ね?」

  

 そう言って、再び学校までの道を歩き出す。私は内心舌打ちした。



 チッ! あんた達みたいな脳内ピンク野郎、この私が相手にするわけないでしょう? 昴くんの爪のアカでも飲んで出直してきなさいよ!



 そう心で毒を吐くと、後ろから誘いを断られた男子の、悲痛な声が聞こえた。


「くぅ~何度誘ってもだめなんだよなぁ……あの綺麗な笑顔を見たら、わかりました! って何でも頷いちまう……」

「俺達じゃ無理だって! なんせ彼女は勉強も学年一位、スポーツ万能、しかも文化祭のミスコンに毎年優勝している女の子なんだぜ~……まさに彼女にしたい№1だろ」


 私はその声を聞いて、こっそりとほくそ笑んだ。


 ふふん、そうでしょうそうでしょう。だってすべては昴くんのためだもの! 昴くんが私を好きになってくれるなら何だってしてやるわ!


 私はもともと出来のいいほうではない。どちらかと言うと、ドジなほうだ。しかしそんな女、昴くんには似合わない。私は昴くんの隣に立つため、死ぬほど努力しているのだ。

 まず勉強だが、私は学校から帰って五時間は、机に向かって予習、復習をしている。そして毎朝ジョギングをして体力を強化し、美容ケアには最低一時間はかけ、しかもこの完璧さが人々の妬みを買わないように、処世術まで研究しているのだ。


 私は自分の血がにじみ出るような努力に、思わず目頭が熱くなりかけた時、前方の集団に愛しの彼を見つけた。私はすぐに昴くんに駆け寄ろうとしたが、昴くんの周りに複数の女子の姿があった。


 く……! またいつもの女子達か……毎回毎回昴くんのまわりをウロチョロしやがって、ぶち殺してやろうかしら……!


 そんな物騒な考えが頭をよぎったが、事後処理がかなり面倒くさいと思い、やめた。

 そのかわりに、あいつらから昴くんを奪ういい方法を思いついた。

 

 私はゆっくりと昴くん達に近づき、片手で髪を耳にかける仕草をしながら、最高の頬笑みで挨拶をした。


「おはよう、昴くん……皆もおはよう?」


 私のその頬笑みを漫画で例えるなら、バックに花が咲き乱れ、キラキラしたトーンがこれでもかと張りまくられた状態だ。ハリウッドスター顔負けの笑顔。今なら後光が出せる気がする。


 そんな私の様子を見た女子達は、顔を赤らめながらうっとりした表情で、私に挨拶した。

「き、如月さんおはよう……! 相変わらず綺麗……」

「その笑顔を見ると、私達自分が恥ずかしくなっちゃう……!」

「もうダメ、私耐えられない! 私達先行くね昴くん、如月さん」

 そう言ってバタバタと女子達は走り抜けて行った。


「ふふ……皆忙しいのね。昴くん、改めておはよう」

 私はもう一度、昴くんに挨拶すると、昴くんは子犬のように目を輝かせ、にっこりと笑った。

「おはよう花梨、相変わらずその笑顔すごいよな! 俺、思わずひれ伏しそうになったよ」

「やだ、昴くんってば! 私はいつもどうりの挨拶をしてるだけよ?」


 嘘である。この技を会得するのにどれくらいの努力と時間をかけたか……今でも思い出すと倒れそうになるぐらいだ。

 しかしそんな辛さ、昴くんの隣にいればすぐに消えてなくなるものだ。

 

 私は自分の鞄からお弁当の包みを取り出し、昴くんに渡した。


「はい昴くん、今日のお弁当だよ。昴くんの好きなからあげいっぱい入れたから」

「うわぁ~花梨の作る弁当マジでうまいんだよな。俺、今一人暮らしだから助かるよ! 毎回作ってくれてありがとうな」


 昴くんはお弁当を手にとり、そのお弁当を見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。

 私のさっきの女神スマイルなんて、この笑顔と比べればカス同然だ。 


「ううん、自分のお弁当作るついでだから、気にしないでね。また明日も作るから」


 昴くんに毎回お昼のお弁当を作るのは、私の毎日の楽しみだ。もちろん昴くんを喜ばせるためなのだが、もう一つ、私にとっての利点もあるのだ。






 お昼の時間になり、私は一人で屋上へと向かった。そして屋上の隅に座り、お弁当を広げながらイヤホンを耳につけた。傍目から見れば、音楽を聞きながらお弁当を食べているように見えるだろう。しかし私が聞いているのは音楽などではなかった。



「おい、昴~お前また如月さんに弁当作ってもらったのか。これだから幼馴染みってやつは……!」

「へへ、今日はからあげいっぱい入ってるんだ~花梨には本当に頭が上がらないよ」

「男子全員の憧れ、如月さんの弁当……許せん! 昴、俺にも一口よこせ~!」


 私が聞いているのは昴くん達の会話。すなわち、私は今盗聴しているのである。

 昴くんのお弁当には毎回ふりかけケースを入れてある。ケースの底を細工して、中に盗聴器を仕込んであるのだ。

 私は自分のお弁当のからあげを頬張りながら、昴くんの美声に酔いしれていると、男子の一人が昴くんにある質問をした。


「なぁ、お前ってどんな女がタイプなんだ? 今日こそは絶対に話してもらうからな」


 私は思わずからあげを吐きだしそうになった。ゲホゲホとせき込みながらお茶を飲む。

 

 なぜならそれは私が今一番知りたい情報だったからだ。昴くんはこの手の質問には恥ずかしがってまず答えない。いつも適当な事を言ってはぐらかすばかりだった。

 しかし今日はいつもと様子が違った。


「う~~ん……お前ら引かない?」

「お、何だやっと言う気になったか。引かないからとっとと言え!」


 うそ! 今日こそ昴くんの好きなタイプが聞けるの!?


 私はイヤホンを耳の奥に強く押し当てる。長年聞けなかった答えを今日聞ける。私は興奮した。

 もちろん昴くんの好みの女になれるように、私は最大限努力するつもりだ。私はドキドキと高鳴る胸を押さえつけ、昴くんの返事を待った。 


 


 

「俺、……実はツンデレが好きなんだ……」






 はい?






 私は頭の中が一瞬真っ白になった。


 昴くんは言えた安心感からか、関を切ったように話し始めた。


「ツンデレってさ、素直になれなくて可愛いよな! 相手の事が大好きなのに、相手の前じゃ素直になれないところがマジやばい! そして好きな相手に暴言吐いた後、バカバカ私ったらなんであんな事……! みたいなところもマジ萌える! それに……」


 昴くんのツンデレ談義は留まる事を知らない。男子達は昴くんの熱意に押されてか、お、おう。としか返事が出来ないようだった。しかし私にはそんな事どうでもよかった。



 ツ、ツンデレってあのツンデレ? ヤンデレとは対照的なあのツンデレ!? どうしよう、私ツンデレなんてよく知らない……!!



 私は思わずはしを地面に落とし、頭を抱え込んだ。しばらくそうして唸った後、私はある決意をした。







「亜衣ちゃん亜衣ちゃん! 私を助け……う!?」


 私は放課後、もう一人の幼馴染みである谷村亜衣ちゃんの家に押しかけた。

 亜衣ちゃんの部屋の扉を開けながら叫ぶと、その部屋の異様さに私は思わず口を押さえ、おののいた。 


 そこには、なんというか……男と男が絡み合っているポスターがずらりと壁一面に貼られていた。しかも足元の本には『ウホッ!俺はアニキに恋をする』とか『鬼畜眼鏡!お前は俺の愛玩人形』等の訳のわからない薄い本が散らばっている。


 な、なんか前来た時よりも肌色率高くなってない……?


 問題はそこじゃねぇだろ! と自分でも突っ込みそうになった。

 しかしそんな時、部屋の真ん中に座っていたその部屋の主が、ゆっくりと私に振り向いた。着ている服は上下だぼだぼのスウェット、寝不足なのか目が血走っている。


「何よ、花梨。今私忙しいんだけど」

「え~っと……つかぬ事お聞きしますが、何をなさっているのでしょうか……?」


 思わず私は敬語になった。だって亜衣ちゃんは右手にスリッパ、左手にはスリッパ立てを持って、ズッコンバッコンとその二つを出したり抜いたりしているのだ。


「もう、見てわかんないの? スリッパが受けでスリッパ立てが攻めよ! いつもは繋がっている二人……けれどスリッパが人に使われる時、二人は離ればなれになってしまう……おい、スリッパ! いつも人間を中に入らせやがって……この淫乱野郎が! 待って、スリッパ立てくん! 違うんだ僕は……!」

「すみませんわかりましたもう勘弁して下さい」


 私は土下座しながら、亜衣ちゃんの熱がこもったマシンガントークをさえぎった。



 亜衣ちゃんは私達より二つ年上で、私達の高校の付属大学に通う大学一年生だ。

 そして世間で言う腐女子……いや、貴腐人様だ。無機物同士で萌えられるなんて普通の腐女子には、難易度が高すぎるだろう。

 

 亜衣ちゃんは小さい頃からボーイズラブが大好きで、読むだけでは飽き足らず、自分で同人誌を発行したりしている。その斬新な発想と、鬼気迫る情景描写に、同人会ではプリンセス・オブ・ボーイズラブという最高の名誉を与えてもらったらしい。むしろ不名誉な気がするが。



 普通にしていれば美人なんだけどな~……なんでこんな残念な美人になったんだろう……。



 外で会う亜衣ちゃんはモデルみたいにかっこよくて、颯爽と歩く姿に憧れを抱く少女達も多い。

 それが家の中ではこの変態っぷりである。

 

 私がそっと溜息を吐くと、亜衣ちゃんはジト目で私を睨みつけた。


「何考えてるのかわかんないけど、あんたにだけは言われたくない。早く用件を話してよ、私は次の新作の『アッー!その穴はらめぇぇぇ!』のアイディアをひねり出さないといけないんだから」


 私はハッと、自分がここに来た目的を思い出した。そして姿勢を正すと、改めて亜衣ちゃんに土下座し、大きな声で叫んだ。




「お願いします! 私をヤンデレからツンデレに矯正して下さい!」



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