第4話 狩るか、狩られるか
土曜の休みの日でも、朝になったらいつも通り起きる事にしている。せっかくの休日の午前中を、眠って過ごすなんてもったいないもったいない。
と、チェリコ先輩に話したら「朝食ができるまで決して物音を立てずに私の眠りを邪魔するな」と言われた。つまり、朝ごはんができたら起こせ、と言う事らしい。今日はチェリコ先輩と潮干狩りにでかけた。半分仕事だけど。
冬が明けて乾期になり町の浜は干潟になる。これからうっとうしい雨期になると干潟は海に飲み込まれ、夏がやってくる。その干潟が消えてなくなる前に、町ぐるみでお祭りみたいな潮干狩りが行われる。おととしからうちの会社の航空運輸部門(と言っても飛行機を操縦できるのは僕だけだが)が参加して潮干狩りに一役買っているのだが、実際のところ働いているのは僕だけでチェリコ先輩はただ潮干狩り見物を楽しむだけ。社長、休日手当て僕にだけください。
タマネギとベーコンとトマトの卵焼きとゆうべの残りの鶏肉ときのこの炊き込みごはんの朝ごはんを用意して、隣のチェリコ先輩を起こしに行こうとすると、彼女はすでに僕の部屋の前でタバコを一服中だった。チェリコ先輩の部屋を見るチャンスだったのに。
潮干狩り仕様の飛行機は大量の塩と海水を運搬するために、塩タンクが二つと、海上で海水を補給する事ができるように水上での離発着ができるよう大きなフロートが装備されている。これがかなりの重量で、しかも塩を投下した直後は極端に自重が軽くなるから操縦に気を使う。確かに、そこらの飛行士には扱いが難しい代物だ。
潮干狩りは町の海の男達の勇壮なお祭りだ。まず僕が空を舞い、祭りの始まりを告げる。
干潟の一部分に狙いを定めて大量の塩をぶちまける。そしてすぐさま、そのすぐ近くにまた塩を大量に投下する。すると、その部分の干潟の塩分濃度が非常に高まり、干潟に身を隠していたオニグリ達がわさわさわさわさと這い出してきて塩と塩に挟まれた濃度の低い部分に集まってくる。外殻の大きさが1メートルをゆうに越える世界最大級ハマグリが、がっちんがっちんと殻を鳴らして飛び跳ねるその姿で浜の観客達が多いに湧く。
確か、いままで狩ったオニグリの中で、最大のものは貝の大きさが3.6メートルあったとか。成長したオニグリの平均的な大きさが1.7メートルと言うから、そいつがどんな化け物ハマグリだったことか。普段は海底で生活するオニグリ達が乾期の季節は産卵のために干潟に集まる。そこへ塩をまき、一か所に集めて、文字通り一網打尽にする。が、潮干狩りの真骨頂はここからだ。
僕の腕の見せ所だ。まずは砂浜の方へ飛び、網の先端のロープを浜で待機する海の男達の元へ落とす。そのまま干潟へ低空飛行で突っ込み、飛び跳ね暴れるオニグリ達の群れに網を投下する。僕がしくじれば、また一からやり直しだ。逃げ出したオニグリ達を集めるため塩まきから始めないとならない。
5年くらい前、オニグリが大量発生した時、ものすごい数のオニグリが網にかかり、屈強な海の男達でも浜に引き上げる事ができずに逆に干潟に引きずり込まれて怪我人がでた事があるらしい。それくらいとはいかないまでも、ギャラリーが喜ぶくらい網にひっかけないと。
僕は暴れ狂うオニグリ達の群れへ、網を投下した。エンジン音に掻き消されない程の男達の雄叫びがコクピットまで響いてきた。かなりの量を捕まえる事ができた。
あとは力と力のぶつかりあい、狩るか狩られるかの潮干狩り開始だ。
何人もの海の男達が叫び声を上げながら網をひく。オニグリ達はさらに狂ったように殻をがちがちがちがちと打ち鳴らして飛び跳ね、網の拘束から逃れようとする。海の男達の雄叫び、オニグリ達の躍動の音、観客達の歓声、潮干狩りは最高潮に盛り上がっている。
そして、僕の役目はもう一つある。全身の筋肉を使う海の男達に気合いを入れるため、彼等の頭上に海水をぶちまけるのだ。いったん海上にでて水面に着水し、タンクを海水で満たす。それを海の男達にぶちまける。男達は叫ぶ。さらに潮干狩りは盛り上がる。
それを5往復したあたりで勝負がついた。
今年の潮干狩りの成果はオニグリ36匹。最大のものは2.7メートルもあった。
狩ったばかりのオニグリの貝柱を使ってだしを取り、新鮮なオニグリがたっぷりと入ったわかめと豆腐のオニグリ汁が全員にふるまわれた。
僕は最大のオニグリの貝柱をもらう事になっていた。きっちり干上ってから送ってくれると言う事だが、これで来年の潮干狩りまで貝柱に困る事はないだろう。と言うよりも、細い身体のチェリコ先輩がすっぽり隠れる程の巨大な貝柱。どこに置こう。正直言って、換金して欲しい。
それともう一つ、何もしていないチェリコ先輩まで貝柱をもらっているのが、どうも納得いかない。