第10話 フウ・テナからの手紙
お酒が届いた。まさに勝利の美酒と言う奴だ。
蒸気醸造機械を一切使わずに、自然発酵させた原酒を手作りのオーク樽で長期熟成させた葡萄酒、らしい。僕が甘いお酒が好きだと言うのを覚えていてくれたようだ。
さすが、きめ細かい人だ。
僕にはまだ出会った事のない友人が一人いる。顔はもちろん、声を聞いた事もない。知っているのは名前と、その人が書く抑揚のある文字。
その人の名前はフウ・テナ。それしか知らない。
その人を知ったきっかけは、仕事で行ったデイタク主島の国立大学の学生向けの掲示板。妙に時間があまったので学校内をぶらぶら散歩していて、掲示板に奇妙なメモが貼ってあるのを見つけた。
フウ・テナと言う名前と連絡先と、アルファベットと数字の羅列。何かの怪しい暗号のようで僕の気を惹いた。荷物の伝票の裏に書き写して、帰りの飛行中ずっと考え込み、着陸寸前に謎が解けた。
それは「連碁」の棋譜だ。フウ・テナは第1手を指している。掲示板に第1手を書き記したメモを貼付け、誰かの挑戦を待っていたのだろう。このフウ・テナと言う人物に一気に興味が湧いた。
ボードゲームは僕も得意とするところ。連碁ならまあまあの腕前だと思う。僕はその国立大学の「昆虫科研究室」宛てに手紙を出した。内容は僕の名前と連絡先と、第2手のみ。
すぐに返事が来た。内容はもちろん第3手のみ。僕はすぐに第4手のみを書いたハガキを大学の研究室に送った。
そしてつい先日、僕は勝利した。第127手目の黒目連鎖打ちで勝負あり。フウ・テナの最後のハガキには「投了」の二文字しか書かれていなかった。長き戦いについに終止符が打たれた。
その戦いの間に交わされた棋譜以外の言葉は少なかった。僕は戦況が調子いい時だけ一言近況などをメッセージとして添えて出していたが、返事のハガキは、こちらを惑わせるような戦術的な言葉がほとんどだった。
「C21のRに気をつけろ。足下をすくわれないように」とか。
ただ、フウ・テナの書く棋譜はいつもハガキの真ん中で、美しい文字とは言いがたいがまるで喋っているようなリズムを感じる文字だった。大きくアクセントをつくところは大きく書き、フッと息を抜くような場所は流れるような文字がある。
フウ・テナの人物像を想像してみる。
学生向けの掲示板に貼っていたからと言って、学生とは限らない。僕はハガキをいつも研究室に出していて、返事は必ず4、5日で来ていた。研究室に入り浸っていると言うよりも、研究室にほとんどいる、そう判断する方が自然だ。
ハガキの僕の住所と名前の文字は大きく、そしてリズム感がある。正直言うと、最初は女子大生って線も期待していたけれど「連碁」って選択からそれは微妙か。昆虫の研究をしている連碁を趣味としたけっこう歳の行った人物ではないか?
連碁の戦術から、その性格は大胆不敵。失敗を恐れずに突っ込んでくる。だがそれが、向こう見ずな大胆さか、自信過剰気味な不敵さかはわかりにくい。そして、意味のない事はしない。真っ直ぐに手を打ってくる。
僕は、まだ見ぬ好敵手(大学で昆虫科の研究をしている教授で、鼻にちょこんと乗った眼鏡をずり上げ、白髪をぐしゃぐしゃと掻きむしりながらお茶をすすり、碁板とにらめっこをしている姿を想像する)に勝利した。
そしてその報酬として、勝利の美酒が送られて来たのだ。とあるメッセージとともに。
「おめでとう。さて、第2戦を始めようか」




