それはまるで、夢のように
桜が色づき始める季節。
大学に入学したての私は希望と不安でいっぱいだったけれど、人見知りな性格が災いしてかすっかり人の輪の中からは取り残されてしまっていた。
別にそんなのはいつものことで、思い返せば中学のときも高校のときもすっかり一匹狼のキャラが定着してしまった私にとってはたいしたことでもなんでもなく。
お昼どきだというのに一人で掲示板を眺めていた私に話しかけてきてくれたのが、他でもない友哉だった。
そしてもう一人、友哉の隣にいたのは高校からの友人だとかいう冬樹と言う切れ長の目にキュッと上がった口角が特徴的な、友哉より少し背の高い男だった。
といっても平均的な女子の身長よりも低めな私にとっては、どちらとも長身であるのは言うまでもなく。
加えて人とコミュニケーションをとるのが苦手な私にとっては、その二人の男が話しかけてきたのはちょっとした事件であり、威圧感からか酷く身構えたのを今でも憶えている。
「あのさー、よかったらお昼一緒に食べない?俺らいつもあそこらへんのベンチ座って食べてるんだけどさ。」
「…いや、でも。」
「いつも男二人で食べてても楽しくないじゃん?同じクラスだよね、たまに見かける。名前何て言うの?」
友哉の独特な人懐っこさと会話のテンポのよさに馴染むことができず、酷く私は戸惑っていた。
その癖私は一人前のプライドだけは持ちあわせていて。
一人でいる惨めな子とだけは思われたくなくて、精一杯の虚勢を張った。
「…別に、二人でよくない?私は一人でもいいし。」
こうやって一人でも平気な人という認識を周りに植え付けることで、今まで上手く生きてきた。
そこには別に辛さもなければ虚しさもない。
気がついたらこういうスタンスで生きてきた私にとっては、これが普通のことなのだ。
他人にとっては拒絶と受け取るかもしれないが、とくに意識することなく人との間に距離をおく私にとっては普通のことで。
例えば今までだって一人でいる私に気を遣い、話しかけてくれたクラスメイトがいないわけではなかった。
おそらく今までの人生の中て、そのように私に対して少なくとも興味を示し関わりを持とうとしてくれた人は数多くいただろう。
しかしながら、そのような人達と関わりを持つことに対して私は何ら意味を見出せなかった。
それでいて人目は気になり、一人ぼっちの寂しい子と思われることに何の抵抗もないわけではない。
一人になってしまったのではない、私は一人になりたくてなっているのだ。
今、話しかけてきたこの二人組に対してだって何ら同じ。
いつものようにさりげなく、それでいてしっかりと距離をおくだけ……のハズだった。
「お前さあ……、そんなんで生きてて楽しいわけ?」
「……は?」
「だからよー、人の好意とかそういうの?もっと素直に受けとったほうが気がらくじゃない?」
目の前にいる男が、どうしてそんなことを言うのかそのときの私にはわからなかった。
ただ自分の触れたれたくないことに踏み込んでくることが癪に障った。
成り行きを不安そうに見つめる友哉の思いとは恐らく裏腹に、二人のやり取りはより一層の激しさを増した。
「あんたにはそんなこと関係ない、……ていうか初対面の人にそんなこと言われる筋合いないんだけど。」
「確かに俺にはお前の気持ちなんて知ったこっちゃないけど、せっかく誘ってやってんのにそんな時化たツラされると気分悪いんだよ、俺が!」
強引で傲慢なその男は私に何の恨みがあるのか、そんな台詞を叩きつけてきた。
初対面の人とこんな風に口論になったことなど、これまでの人生で人との関わりをひたすら避けてきた私にはあるわけもなく。
目の前にいる悪魔のような男に対してカルチャーショックを覚えた。
「もうー…、辞めなよ冬樹。そうやってすぐ人に喧嘩売るの。」
「ちげーよ!こいつが俺の好意を素直に受取ろうとしねーから…、」
「はいはいはい。ね、君の分のお昼も買っちゃったんだよ。だから一緒に食べよ?」
目の前の悪魔とはまるで正反対の、人懐っこい笑顔を振りかざした男が私の前にコンビニ袋を突きつけた。
「…サンドイッチ、好き?」
この時初めて、私は人の優しさというものに触れた。
これまでだってこうやって、私と関わりを持とうとしてくれた人は大勢いたのに、もっともらしい正論を振りかざして拒絶した。
人と絆を繋ぐことはそんなに悪いことじゃないって、ふと思った。
そう思った途端、これまでの自分を後悔し泣けてきた。無性に泣けてきた。
「あっちのベンチ、もうお前俺らと一緒に飯食う運命なの。」
さっきまで悪魔の様に思ってた冬樹が放ったこの一言に、たぶん私は救われた。
───これが私と友哉、そして冬樹の最初の出会いだった。