深い場所を
重なった唇がそっと離れた時には、私の心はシュウのことでいっぱいになっていた。
一瞬目があうと、シュウは私をそっと胸に抱き寄せた。
その体温はあまりにも心地よくて、なんだか居心地がよくてずっとこうしていたい‥そんな気になって仕方ない。
これは何の麻薬なのだろうか?
一度知ったら最後、私はこの温もりをもうきっと忘れられない。欲しくて欲しくてたまらなくなるような、そんな予感がした。
「アキの身体って温かくて気持ちいネ。」
思いがけず紅色に染まった頬を、シュウは気づいているのだろうか。
外が薄暗くてよかったと思ったのは、もはや言うまでもない。
ふいに二人…目があえば、どちらからともなく再び唇が重なった。
「‥‥‥シュウじゃなくて秋介、」
「え?」
斜め上を見上げると、そこには髪をかきあげながら呟くシュウ。
「秋奈と一緒。俺も同じ季節は秋。」
‥胸が高鳴る。たぶんもう後戻りはできないのだろう。
「‥シュウのことが知りたい、もっと‥もっと。」
「知ったらもう戻れないヨ?アキ。」
イタズラな瞳で笑うシュウから、もう目が離せなかった。
━━━━……
気がつくと朝、そっと瞼を開けると何処か空虚感でいっぱいだった。
隣で横たわっているシュウを確認すると、ベッドの横のローテーブルに置かれているミネラルウォーターに手を延ばす。
一口飲み喉を潤すと、いつもの習性のせいかすぐに再びローテーブルに視線を落とした。
札束が置かれていないそのテーブルに違和感を感じながらも、すぐに当たり前のことだと気づいた。
思い返せば、お金をもらうことなく誰かと身体の関係になるのはすごく久しぶりな気がした。
いや、久しぶりなのではなく正確には……。
フラッシュバックしそうな脳内に、心が危険信号をともした。
これ以上思い出すことが自分にとってどれほど無意味なことであるのかは、誰よりもアキ自身が一番わかっていた。
と同時に、無性にあの人の温もりを探している自分もいることを悟った。
ーーー急にシュウに対して罪悪感が芽生えた。
シュウのことを知りたいと思いながらも、心の奥の深い場所に潜んでいる自分の深層心理に嫌気がさした。
アキは手早く身支度をし、寝ているシュウを横目にいつもの部屋を飛び出した。
見慣れたこのラブホテルの廊下も、扉を抜けた後に見るこの空も、今日は何だかいつもと少し違った。
───……
迫ったのは自分なのに、シュウと寝た事実を自分の中で消化しきれないまま大学へと向かった。
お昼を少し回った頃のせいか、校内はわりと賑やかだった。
校門をくぐり抜け、いつもの銀杏並木を歩いていると、見知った顔を見つけひどく安堵した。
その顔は秋奈に気づくと、人懐っこい笑顔で見返した。
「今来たの?遅くない?」
目線で隣に腰掛けるよう促されたので、二人がけのベンチの空いている方に腰かけた。
「今日は午後の講義しかないから。」
「これ、秋奈の分ね。」
ビニール袋の中を覗いてみれば、友哉が口にしてるのと同じ種類のサンドイッチと珈琲が入っていた。
「…ありがとね、いつも。」
「どういたしまして。」
大学に行くと言ってない日もいつだって、友哉は変わらずに私の分のお昼も用意してくれていた。
どうせついでだから、それがいつもの友哉の口癖だけれども、友哉が私に接してくれるその態度で友哉の優しさは痛いほどわかっていた。
そして少なからず、友哉が自分のことを好いていてくれているのにもずっと前から気づいていた。
その気持ちを知りながら、曖昧な態度を今日までとり続けてきた。
だからこそ、友哉には言わなければと思った。
シュウのことが…気になり始めたことを。
シュウに関して知ってることなんてほとんどないけれど、やっとあの人の存在から一歩踏み出せるような気がしていることを。
「友哉、」そう声をかけようとまさに口に出そうとしたときに、僅かに先に友哉が口を開いた。
「秋奈には黙っておこうかとも思ったんだけど……、」
「……?」
「…──冬樹から連絡が来たんだ。」