臨海線
どれくらい走ったのだろうか。
ふと、気になって腕時計を覗いてみるもまだ30分も経っていなくて、なのに相変らず対した会話もないせいか、やたら長い時間車に乗せられてる気がした。
「………ひま…、」
思わずボソッと漏らした私に、シュウは吹き出して笑った。
「正直なんだネ、アキは。」
そんなことないと思うけど、と付け足すとたぶんそうだよ、ともう一度笑った。
「…アキのこと教えて?」
市街地を走っていた車から見える風景は、いつのまにか山道になっていて、何となく眺めると意外といろんな種類の木が植わっていることに気づいた。
と、いってもその木々の名前を私は知っているわけではない。
「え~…、私のこと?」
「そう、アキのこと。」
自分のことを誰かに話すのはいつ以来だろうか?
家族とはもうしばらく会っていない。
大学にもたいして親しくしている人がいるわけではない。
シュウが私に興味を抱いているのが、不思議だった。
…いや、単なる好奇心でしかないのだろう、きっと。
「特に話すこととか、ないけど…。」
一瞬驚いた表情を伺わせるも、目を細めて柔らかな表情をつくる。
シュウは表情がころころ変わる。
怪しい眼差しをした後に真顔になったり、戯けて見せたと思えば優しく微笑んだり。
だからだろうか、
シュウの表情は惹きつけられるんだ、とても。
「アキは…、高校生?」
「ちょっと…!」
「え、違うの?可愛らしいから高校生だと思ってたヨ?」
「童顔なのかな…やっぱり…。」
「えっと、気にする事ないヨ?若く見えるってのはいいことだし…ネ?」
慌てふためいているシュウが妙に可笑しくって、気がついたら思いっきり笑ってた。
心の底から笑ったのは久し振りだ。
シュウと目が合えば、やっぱりシュウも笑ってた。
雲の間からそっと掻き分けるように覗いていた太陽が、一気に空を支配して。
空は水色。
いつのまにか目の前に広がる海の藍色と交わる。
どうしてだろうか、少しだけ心が軽くなった気がした。
「アキじゃなくて、…秋奈だよ。」
クスリ笑って白い歯を覗かせると、シュウは胸ポケットから煙草を取り出し徐に口に加えた。
「どういう字?季節の秋?」
「そう、春夏秋冬の秋に奈良漬けの奈。」
ぷははっと腹を抱えて大声で笑うシュウが、恨めしくもあり羨ましくもあった。
自分の感情を素直に表現できるのは、一体どういった感じなのだろうか…。
今までだって何度となく考えたが、答えのないその問いに、いつしか考えるのを諦めた。
けど今確かに、忘れかけていた感情が蘇ったことに、切なさを感じた。
「奈良漬けってさー…、可愛いねアキは。」
「…アキのままなんだ?」
そんな私の質問にシュウは返事をすることなく、フロントガラスをカンカンッと人差し指で突ついた。
どうやら前を見ろという意味らしいそのジェスチャーに従い首を前に戻すと、先程は距離があった海がすぐ目の前に押し迫っていた。
「…うみ………、」
ポツリと呟いた私の言葉に反応したシュウは、
「違う、目的地はあっち。」
と言い、白くて大きい建物を指差した。