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煩わしさの果て

秋奈あきな、」



そう呼ばれて振り返ると、そこには屈託のない笑顔を浮かべている友哉ともやがいた。


水色に澄み渡る空には、雲一つだってない。


きっと世間では、爽やかないい天気と表現するんだろう。


けど、私はどうしても苦手で。


水色の世界はあまりにも私には眩しいから。



「お昼、天気がいいから外のベンチで食べよっか?」


そうだね、と私が呟くと友哉は手を差し出した。


素直にその手を取り、指を絡ませ和えば二人の距離は一気に縮まりどこからどう見てもただの恋人同士。


私は少しだけ心に罪悪感を抱えたまま、友哉が導く方へと足をすすめた。



田舎ではないというのに広大な敷地面積を誇るそのキャンパスは、近未来的な建造物と至る所に植えられた木々がほどよく融合している。


正門をくぐり抜けると広がる銀杏並木は紅葉の季節になると美しいまでの銀世界を創り上げる。



天気がいい日の昼食を、私と友哉はほとんどそこに並んだベンチに座り食べていた。


「秋奈、今日も夜はバイト?」


「そうだね。」


購買で買ったハムエッグサンドを頬張りながら、私は友哉の問いに答えた。


その答えに明らかに項垂れ、ガックリと肩を落とす友哉が妙に可愛らしくて思わずクスリと笑った。


そんな私を見て、なんだよーと、少し捻くれる友哉。



私と友哉は…


恋人でもなければ友達でもない。友達でもなければ恋人でもない。


そんな曖昧な関係が続いている、気がつけば一年も。


けど、私はそれでよかった。

友哉とはこの距離感が心地よいから。


皆に慕われ、性格も明るく、容姿だって悪くない。


そんな友哉には今日みたいな水色の世界がよく、似合う。

友哉といる時間は、私も普通の大学生なんだと感じられる束の間のひと時。


ほんの少しの安らぎと開放感を友哉は私に与えてくれる。


けれども、私に今日みたいな空は甚だしく場違いで。


…だからこの距離感で私は満足なんだ。



「午後の講義はないから、そろそろいこうかな。」


「もう?」


私が立ち上がり砂埃を祓うと、隣の友哉が寂しそうな顔。


ほんと、わかりやすい。


「ごめんね。」


うん、と呟くも友哉は私の右手を掴み放そうとしない。


「とーもーやー、」


少々困った顔で私が言うと、


「ごめんっ。」


友哉は慌てて私の腕を解放し、またね、と優しく微笑んだ。



───きっと友哉は気づいてる、こんな私のズルさを。


けれども、一度踏み入れた藍色の世界はあまりにも悲しくて。


なのにどうしてもそこからは逃れられない。


─────−−−……



一度家に帰ると、大学用のそれとは違う、ちょっときつめのパープルのアイシャドウを手にとり、私は化粧を簡単に直した。


今日の客は…二人。


到着済みというメールを見た後、面倒くささと煩わしさで思わず、ふぅーっと溜息を吐いた。


外に出ると、もうすっかり藍色が世界を支配してて。


シーンっと静まりかえった街並みに響く私のハイヒール音がやけに虚しかった。


結局、今夜もわたしが向かうのは、あの見慣れたラブホテルなのだ。



─────−−−……



腰を中心に激しく身体がバウンドしたと思ったら、今度は急降下。


冷んやりとしたシーツに叩きつけられる。


その行為は何度も何度も繰り返され、脈の速度は加速を辿る。


私の心とは裏腹に。



その行為の最中は、何にも感じない。


痛みも、恐怖も、悲しみも、そして虚しさも。


───ただ終わった後に少しだけ…後悔する。


それは行為をした事にではなく、こんな風にしか生きられない自分自身に対して。


自分自身の愚かさに気づいてはいるけれど、私はこの藍色で支配された世界から逃れる術を知らないの。


それじゃ、という感情のない言葉を残して、小さい太めの男は去って行った。



その冷たい男が今日の二人目の客。


ビクン、ビクン、未だ私の身体は痙攣が止まないが、その名も知らぬ客が帰ったことで、

気持ちの乱れは少し落ち着いた。


「………ふぅーっ…、」


ベットに背中を預けて、天井を見上げる。


大きく吸った息を、天井に向かって解き放つことにより、乱れた息は少しずつ落ち着きを取り戻した。


──────ーーー……



バタン、と勢いよく部屋の扉を閉じれば、この瞬間にいつも考えることはただ一つ。



───今日も彼とすれ違うのだろうか…。



彼との空気が触れ合う瞬間のそれは、希望や期待なんていう感情とは到底似つかわしくもない、けれども淡い淡い何かが沸き起こり、私の心を攫うのだ。



カツン、カツン、カツン…、



ヒールの音だけが廊下に虚しく響けば、遠くから重なり合うもう一つの音。



───きた。



予想通りの展開に、私は思わず笑みが漏れそうになったが、直ぐにいつものポーカーフェースを装う。


けれども、いつもの彼が身に纏っている雰囲気の違和感に気がつくことは決して難しいことではなかった。


ああ、そうか、


───視線が…違う。


いつもは遥か遥か遠くを見つめている、その鋭い眼光は、確かに自分に向けられている。


一歩、また一歩、彼に近づく。


いつもとは異なる彼の視線に、息苦しさを感じながらも、二人の距離は少しずつ…。



「あんまり悪いことしちゃイケナイよ、アキ」


ふんわりと苦くて甘い煙草の残り香と一緒に、耳に響いたその言葉。


驚きを隠せずガバッと後ろを振り返れば、小刻みに揺れている彼の肩。


「ちょっと、なんで───、」


なんで知ってるの?


そう言いかけたところで、足を止めた彼は振り返り私の腕を掴み取る。


わけが分からず、ただ唖然と彼の顔を見上げると、そこには端整な容姿と、怪しく光る鋭い瞳。


この瞳は危険だと咄嗟に判断した、頭では。


でも、心はそんな警鐘を無視する。


そらさずにはいられない、吸い込まれる。


「しっーーー。」


彼は人差し指を口に当て、私の耳元でそう囁いた。


軽く馬鹿にされているような彼の言動に胸が熱くなり、腕を無理矢理振りほどこうとすると、


「¨全部¨知ってるんだよ、アキ、」


「なっ…、」


クスクス、喉の奥を鳴らす彼を軽く睨みつけた。


すると、彼は急に冷たい眼差しを向け私の腕を引っ張り足を進める。


抵抗できない私が連れてこられたのは…、


先程までいたラブホテルの一室だった。













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