セピア色の空には
「ねぇ…アキ…、」
そういうとシュウは、腰掛けていたデスクのイスを立ち上がり、私が座るベッドの隣へと座りなおした。
触れた指先からシュウの体温を感じる。
生臭く、そして柔らかな温もりを噛みしめる。
「あの海さ…、」
「………?」
「この間、アキに連れてかれた海。」
「ああ…、」
ふいに私の脳裏には、数日前の出来事が蘇った。
シュウがさしてるそれは、他でもなく冬樹から連絡が来た日にシュウと一緒に訪れた場所だった。
「あの海なんだ、俺が夏海にプロポーズした海って。」
「え…、」
「あの海で、俺と夏海と…そして香帆ちゃんと小さい頃はよく遊んでた。」
「うん…。」
「本当は、あの日あの海に行って…救われたのは俺の方なんだ。」
掠れて絞り出すように喋るシュウが無性に愛おしく。
私はそっと抱きしめた。
あの海に忘れてきたものは、悲しみか、それともあるいは…。
シュウのことを、ただただ守りたいと思った。
「わたし、もうあんなことしたりしない。」
「あんなこと…?」
わたしが言ったそれが何を指しているのか理解できない様子のシュウは、小さく小首をかしげた。
「適当に、寂しさ埋めるために寝たりとか。」
「ああ…。」
「誰でもいいわけじゃないって思った。」
私の出した答えに、シュウが見せた微笑み。
二人、落ちてしまうような長いキスに至福を感じずにはいられなかった。
────……‥ ‥ ‥
久しぶりに大学に訪れると、いつもの銀杏はすっかりと枯葉へと変化していて。
周りが身を纏うファッションも、厚手のアウターや手袋、マフラーなどが加わり、すっかり冬の訪れを知らせるものだった。
できることならば一日中シュウと過ごしていたいけれど。
現実はそうもいかない。
シュウには仕事があり、私には学校があり。
お互い違うフィールドでの生活があるのだから。
それでなくてもここ最近は、すっかりあのラブホテルに居着いてしまし、学業を疎かにしていた。
気がつけば単位も進級できる瀬戸際まできていたため、否が応でも講義には出席しなければならない。
本日、1番初めの講義である古典文学の教室へと向かっている途中のことだった。
「あきな…?」
よく知った声に反応し、後ろを振り返ると予想通り友哉がいた。
しかし、いつもと違うことが一つだけ。
友哉の隣りには、寄り添うように腕を組んでいる女の姿。
私が怪訝な顔つきになったのがわかったのだろう。
すぐに友哉が説明をはじめた。
「あ…あのさ、付き合うことになったんだ。俺たち、」
「はじめまして、秋奈さん。友哉くんのお友達なんですよね?」
女は軽く会釈をすると、鋭い視線で私の全身を見回した。
人の気持ちに疎いわたしでも、すぐに気がついた。
───この女がわたしのことを敵視していることに。
「………まあ。」
何と答えてよいのかわからず、曖昧な返事をしたわたしに、その女は明らかに不満そうな表情をぶつけてきた。
「あのさ、秋奈。彼女は、進藤麻里絵さん。同じ学科の子だから秋奈も見たことあるだろ…?」
「うん…。」
「そういうことだからさ、これから…いつも秋奈と一緒にいるっていうのはちょっと無理かも。」
見るからに浮かれた様子の友哉は、わたしにそう告げると彼女の腰らへんまである長い髪に手を回し、優しく撫でた。
すると彼女は友哉を見つめ目配せをし、そのまま頬にキスを落とした。
照れて耳を赤くする友哉のことを、「可愛いー!」とか「好き」とかその女は愛の言葉を連発し。
友哉とじゃれ合っているところを、まるでわたしに見せつけるかのような行動をひたすら繰り返している。
一瞬、勝ち誇った顔でわたしの目を見つめてきた。
………居心地が悪い。
「…それじゃ。」
一言だけ告げ、わたしはその場を立ち去った
。
泣きたくて泣きたくて仕方がなかったけれど、必死になみだは堪え。
ただただ、来た道を引き返した。
今になって気づいた。
こうなってやっと気づいた。
友哉がわたしにとって、どれほど大切な存在であったかを。
冬樹が消えたあの日から、友哉はずっとわたしの側にいてくれて。
それが心の拠り所になっていたから、今日まで何とか生きてこれたことを。
そして、これからもそれは当たり前に続くものだと勝手に解釈して。
───わたしは、最低だ。
友哉自身のことについて、結局なに一つわかってなどいなかった。
変わってしまう友哉との関係について、今はまだ受けとめられなくて。




