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悼む心

「………聞いてた?」


シュウから投げかけられたその問いに、肯定するのが正解なのか否定するのが正解なのかわからない私は、ただ黙って頷くだけだった。


ほんの数秒の沈黙が、やけに長く感じた。


「どこから…聞きたい?」


「………全部。」


私の答えに、シュウは深いため息をつくと、先程までいたラブホテルの事務所に引き返した。


どうするべきか一瞬迷ったものの、やはり全てを知りたいと思った私はシュウの後に続いた。


バタンッ、


扉が閉まる音が、空間に響き渡った。

空気が変わった気がした。


シュウは事務所のデスクに腰掛けると引き出しから新品の煙草を取り出し火をつけた。


それを一度吸うと、ベッドの上にちょうど向かいあわせになる形で座っている私に目をやった。


無言で私の顔を見つめるシュウの瞳は鋭く、だけども深い深い藍色の瞳が綺麗だった。



「………昔、まだ俺が中学生くらいの頃、俺の家の近所に一つ歳下の元気な女の子が住んでたんダ。」


静けにシュウが話始めた。


まるで何かを思い出すように、何かを懐かしむように。


私はただただシュウの話に耳をやった。


「いわゆる世間でいうところの幼馴染って関係なのカナ?何をして遊ぶにもどこに行くのにもその子と一緒だったんダ。」



「その子の名前は夏海って言って…、名前通り海が大好きな子で。何度も一緒に海に行ったっけ…。」


私を見ているようで、どこか遠くを見ているようなシュウの瞳が辛かった。


話を聞きながら、今目の前にいる私を見て欲しいと何度も願った。


しかしながら無情にもシュウの話は進んでいき、私は再び耳を傾けた。



「そんな夏海の妹が、さっきここにいた香帆ちゃん。当時まだ香帆ちゃんは小学生にもなってなくて…。でも夏海のことが大好きだったんだろうネ、俺たちが行くとこどこでもついて来てた。」


そこまで話し終えると、シュウは先程私が買ってきた珈琲を開けそれを口にした。


「ずっとそんな感じだったから、夏海とは自然に付き合うようになった。そしてその後、俺は地元の会社に就職した。夏海とは…何だかんだ喧嘩したりしながらも仲良くやってたんダ。そのまま時は流れて、就職して3年目の夏、あいつの誕生日にプロポーズしたっけ…、」


シュウの口が急に重くなった。

そこからの話の流れが、シュウにとっては苦しいものであることは私でもわかった。


もういいよ、そう言おうかとも思った。


でも結局、私はそう言うことができなかった。


それより何よりも、ただただ知りたいという好奇心の方が勝ったから。


───私は最低な人間だろうか。


「結婚して………、それからの日々は幸せだったな。いつものありふれた日常も、隣にあいつがいるだけで本当に世界が輝いているように思えた。仕事は激務で辛かったけど、それでも夏海のためと思ったら頑張れた。夏海がいてさえくれれば何でもよかったんだよナ…。」



シュウの瞳にうっすらと浮かぶ涙を、ぼんやりと見つめてた。


シュウは、これまでいったいどれほどの痛みを味わって生きてきたのだろうか?



「でもそんな幸せ長くは続かなかった。それから二年後………夏海は亡くなった。」


「どうして……、」


「病気。皮肉なもんだよネ、子供の頃は誰よりも元気で活発だった夏海が、ある日いきなり余命宣告されて、本当に亡くなっちゃうんだからサ。」


そう言うとシュウは、俯き気味だった顔を上げ真っ直ぐ私の目を見た。


その表情はうっすら笑みを浮かべていて…、


傷ついているのに笑わないで欲しい。


私は心底そう思ったんだ。



「それからの日々は…何か茫然と暮らしてたっけ。自分でもビックリするくらい毎日眈々と過ごしてたヨ。それでも時の流れに身を任せているうちに…少しづつだけど傷も癒えてきてサ。前を向いて、夏海のいない世界を生きていこうかなって思えるようになってきたっけ。でも、ただ一つどうしても後悔していることがあった。」


「………?」


「夏美の…最後を看取れなかったこと。当時俺が勤めてた会社って、物凄い激務のいわゆるブラック企業。………もうダメかも知れないって病院から電話が来て…急いで駆けつけようとした…ん……ダ…、」


充満したシュウの涙が溢れるように零れ落ちて。


ポタポタッポタ、その粒の山はやがてカーペットへ滲んでいった。


「…上司に…言われたヨ…。この会社で…働きたいなら……肉親の死に目も…会えない覚悟でいろって…。」


「そ…んな…、」


「必死で必死で仕事を片付けて…、病院に着いたときには……もう遅かった。」


シュウは乱れていた息を整えた。

そして再びゆっくりと話し始めた。


「何か全てが馬鹿くさくなってサ、次の日辞表を出して会社を辞めた。その時思ったんだ………もう二度と会社勤めはしないっテ。誰かに雇われて働くなんて、二度とごめんダ。」


「それで………、」


私が呟いた言葉に、シュウはコクンと頷いた。


「そう、それで今はラブホテルの経営なんかやってる。これが…アキが知りたがってた真相だヨ。」



今気がついた。


───シュウは私なんかよりもずっと深い悲しみを抱いて生きているということを。





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