いつか食べたストロベリーを
───シュウのキスには中毒性がある様な気がした。
それは、シュウのキスが上手いからだろうか。
それとも、この病みつきになりそうな苦い煙草のせいだろうか。
事を終え、シュウがふかしている紫煙を眺めながらふとそんなことを思った。
元々、好きになった人に依存してしまうところがある私が、これ以上この毒を体内に摂取しつづけたらどうなってしまうのだろうか?
「ごめんネ、煙い…?」
そう言ってシュウは私の顔を覗き込む。
さっきまで抱き合っていたはずなのに、余りにも近づけてくる顔に思わず赤面して。
何が面白いのか、シュウはそんな私を見てケラケラと声に出して笑う。
残りの煙草を一気に吸うと、乱暴に灰皿に押し付け火を消し、乱雑に置かれた書類が山のように積もったデスクへとシュウは向かった。
あの日から、あのシュウと海に行った日から、このラブホテル内にある事務所で過ごす日々が続いている。
不特定多数の男と交わりを持つのはもう止めた筈なのに、結局このラブホテルで夜を過ごしているのは変わらず。
その滑稽さに思わず笑えてくる。
でもあの頃よりは幾分か傷も癒え、それも全部シュウのおかげなのだろうか。
変わらないものなんてない。
街並みも、雲の流れも、人の心も。
それに気づく事ができた分、少しは前に進めたのだろうか。
あの時、確かに私に向いていた冬樹の心も。
今は別の誰かを想い、生きているのかもしれない。
悲しくないかと問われれば嘘になるが、今はそれでいい気がした。
ふと視線を移すと、シュウはパソコンと睨めっこしながら首をひねってて。
シュウと過ごすようになって気がついたのだか、シュウの一日の大半は仕事の時間で占められている。
まあ、ラブホテルの経営者なのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。
そしてそんなシュウの仕事ぶりをみているうちに、ふと気になってたことがある。
「ねぇ、シュウ。」
「なーにー?」
シュウは私に振り返ることなく、相変わらずパソコンの画面を凝視しながら返事をした。
カタカタッカタカタ、室内にはシュウがキーボードを打ち込む音だけが木霊している。
私はちょっと悔しくなって、後ろからシュウの首に手を回し抱きつくような格好をとった。
「どうしたのー?」
それでも相変わらずシュウは手を休めることなくキーボードを叩いているが、肩は震えてて。
恐らく口角があがりクックッと笑っているのだろうと、後ろ姿から予測できた。
「…シュウは何でラブホテルの経営をしてるの?」
予想だにしない質問だったのか。
シュウの手は止まり、一瞬ピクリと身体が動いたのがわかった。
「知りたい?」
ゆっくりと振り返り、シュウは私の目をじっと見つめてそう言った。
「…うん。」
小さく、小さく頷いた私の頭を掻き毟ると、シュウはポケットの中から小銭を取り出し、私の手のひらにのせた。
「………?」
「知りたいんなら…、」
「…うん。」
「外で珈琲買ってきてくれたら、教えてあげるヨ?」
「えー何それー!」
私が不貞腐れた顔をしたからか、シュウは面白そうにゲラゲラ腹を抱えて笑っている。
悔しくなって、べーっと舌を出してシュウを睨みつけてから、珈琲を買うために部屋を出た。
───… … ‥
コンビニで珈琲を買い終え、私はシュウの待つ部屋へと足早に向かった。
外は今にも雨が振り出しそうな、濁った空色で。
ホテルに着く頃には、空から雨がぽつっぽつと小さく落ち始めていた。
本降りになる前に着いてよかったと、胸を撫で下ろしながらシュウが待つ事務室へと向かうと。
何故か事務室の入り口のドアは無用心にも開けっ放しになっていて。
疑問に思いながら近づくと、中から話し声が漏れていて。
『………って……だから……、』
『けど………だし!………、』
『………っ………、』
『……っ……、…………』
声の一つはシュウのものだろうとすぐに予測できたが、もう一つの声は甲高い女のものだった。
懸念を抱き、さらにドアに近づいたものの、会話の内容に私は足を止めた。
いや…、正確には足が硬直し、その場から立ち去ることも中に足を踏み入れることも出来なくなったのだ。
『もう、俺には関係ないから…、』
『関係ないって何?秋介さんはもうお姉ちゃんのこと…忘れたって言うの?!』
『そんなんじゃないヨ。』
『じゃあどうして?どうして毎年、亡くなった妻の命日にお墓参りにさえ来てくれないの?!』
頭が真っ白になるとはまさにこのようなことを言うのだろう。
妻……?命日……?亡くなっ…た……?
それらの単語が示す意味を、私は到底理解できそうになく。
ただただ、ドアの前で固まっていることしか出来なかった。
ドンッ!
身体に何かがぶつかったような衝撃を受け、やっと思考がストップしていた脳がゆっくりと起動し始めた。
ぶつかったのは、シュウと話をしていた声の主と思われる女の人で。
たっぷりと涙を含んでいる大きな瞳だけが、ひどく脳裏に焼きついた。
ぶつかった次の瞬間に、その女の人はわき目もふらずにラブホテルの廊下を走り出し。
パタパタパタっと、廊下には足音の余韻だけが響いていた。
私はただただ、事の一端を傍観者のように眺めていることしかできなかった。
次の瞬間、事務所から勢いよくシュウが飛び出した。
「香帆ちゃんっ………!」
シュウの声に振り返ることなく、わき目も振らずに駆けていった。
その様子を眺めていたシュウは、その女の人が振り返ることことはないとわかるとため息を吐き。
そのまま、事務所へと引き返そうとした時だった。
「………………アキ…、」




