相愛
その日は朝から激しい雨に、太陽も雲に覆われて空は淀んでいた。
これまでの穏やかで過ごしやすい気温が一転、急に外は冷え込み私は慌ててクローゼットの奥から冬物を引っ張り出して身に纏った。
いつもならお昼時は外でランチをとる人で賑わっている大学構内も、その日は雨で静まりかえっていた。
静寂がやけに不気味だった。
激しく移り変わる季節の変化と共に、冬樹と私の関係も移ろいでいるんだって。
今の充分すぎる幸せが、いつかなくなってしまうのが恐かった。
───大切にしようと思った。
冬樹のことが愛おしい気持ちも、話す何気ない会話だって、この憂鬱な雨さえも。
今というこの一瞬が永遠になるように、全てを大切にしたいと思った。
雨の日のお昼は、必然的に空き教室を利用する学生が多く、私は冬樹と友哉の姿を探して歩いたが姿は見つからず。
仕方がなく誰も利用していない教室の片隅で、一人お昼を食べることにした。
久しぶりに一人で食べる昼食は実に味気なく。彩りも意識して綺麗に並べられたサンドイッチもどこか霞んで見えた。
あと一切れで全て食べ終わろうとしている時だった。
ガラガラガラガラーッ、
教室の扉が強く乱暴に、勢いよく開かれた。
身体が一瞬ビクリと反応したが、そこにいたのはよく見知った顔だったので思わず安堵の溜息を吐いた。
「何だ、友哉か。驚かさないでよ。」
しかし友哉は私の問いに答えることはなく。
決して広いとは言えない教室内を見渡したあと、眉尻に皺を寄せた。
その時の友哉の表情は、明らかに狼狽していて。
ひどく胸騒ぎがした。
友哉の様子があまりにもいつもとは異なるため、私まで怪訝な顔つきになったのはもはや言うまでもない。
「どうか…したの?」
腰掛けていた椅子をひき、友哉がたつ扉付近に近づこうとしたときだった。
「冬樹は一緒じゃない?」
友哉の口から発せられた冬樹の名に、私はただ戸惑うばかりだった。
まるで状況を理解できない私は小さく頷くのが精一杯だった。
暫しの間、二人の間に沈黙が流れた。あまりにも痛いその空気は、まるでこれから予期せぬ出来事がおこることの前触れであるかのようで。
私の身体は酷く強張った。
何時の間にか背中にかいた汗により、冷んやりとした空気を背後に感じた。
それはあまりにも不快で、早く拭ってしまいたかった。
「冬樹が……いなくなった。」
「…え?」
「今朝借りてたDVDを返しに、冬樹の部屋にいったんだ。全ての荷物が…なくなってる。連絡も……つかないんだ。」
ドクンドクンドクン、鼓動が加速していくのがわかった。自分の体内で鳴っているはずのその音が、まるで外部から聴こえてくるような不思議な感覚に襲われて。
身震いがとまらなくなった。
私は慌ててバッグの中から携帯を取り出した。
その弾みで机の上に置いてあったバッグは転がり落ち、バッグに入れていた中身が床に飛び散った。
しかしそんなことは微塵も気にならなかった。
友哉が出てくれることを願いかけた私の耳に響いたのは電子音で。
その後には事態の深刻さを告げるようなアナウンスが続いた。
『…おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため………、』
激しく気が動転していた私は、先ほどの友哉の言葉も忘れて、唯一冬樹のことで知っている10日前に一度訪れただけの部屋へと向かった。
友哉の言っていたことはきっと何かの間違いで。
そこに冬樹の姿があるはずだ、と自分に言い聞かせて。
鍵もかけられていない、その部屋の扉は簡単に開いた。
……目の前に広がっていたいのは、10日前の面影を一切感じさせないもぬけの殻だった。
唯一、あの時ベッドサイドで見たガラス細工のドルフィンだけが部屋の真ん中に残されていた。
鼓動の加速はより一層増し、私の中で何かが崩れ落ちた。
「あ……ああ、あ…う…ああ……うわああああああ!!」
ガラス細工のドルフィンを掴み取り、思いっきり床へと投げつけた。
ドルフィンは見る影もなくなり、床一面にガラスが散らばった。
目に入った色は、無色だった。
その後私がどうしたのかは、記憶にない。
───… … ‥
何度も何度も同じ夢を見ていた。
冬樹が消えたあの日の夢を見るのは、これでもう何度目だろうか。
決まっていつも、あの日投げつけたドルフィンが壊れる音で目を覚ます。
ボンヤリと目を開ける。
まだ頭は冴えないが、そこがどこであるのかを理解するのにさして時間はかからなかった。
目に飛び込んできた光景は、いつものラボホテルの一室の天井。
涙が頬を伝ってた。




