出会い
「暇だ・・・」
明るく清潔、そして無駄に白い部屋で僕がうめく。
その白い部屋は・・・一般的には『病室』と呼ばれる部屋だった。
入院に備え用意した雑誌もひと時の暇つぶしになっただけでその役目を終えていた。こうなると、表紙の美女の笑顔も心なしかくすんで見える。
「やれやれ。」
僕は1人肩をすくめた。
どうやら世界は、本人の気持ちに合わせて随分と違った顔を見せてくれるようだ。
「暇だ・・・」
僕はこの時、本当に暇を持て余していた。
「暇人というキーワードで検索したら僕の写真がトップで出てくるんじゃないか」と本気で思うほどに暇を持て余していた。
そんな「自称暇人日本1」だった僕が、新たに病室仲間になった男に自分から話しかけたのは、ごく自然な行動であり、決して軽率な行動とは言えないだろう。しかし、僕はその時の自分に一言いっておきたい事がある。
「君のその行動が、どれほどの後悔と・・・を君にもたらすのか。・・・戻るなら今だよ」・・・と。
しかし、そんな声は届くはずもなく・・・
僕は『彼』に話かけた・・・いや、話しかけてしまった。
「探偵さん?」
渡された名刺を見て僕があげた第一声がこれだった。軽い気持ちで聞いた「ご職業は何ですか?」という問いに対する意外な答え。小説や漫画の中にはたくさん存在する「探偵さん」・・・でも、実際に職業としている人に会ったのは初めてだった。
正直これは、誰であっても興味を持つシチュエーションではないだろうか(強調)。
・・・なんてね。実際のところはそんな格好つけた表現はふさわしくない軽い気持ちだった。この時はただ「良い暇つぶしができそうだ」と僕は思っていただけだった。そして、僕は悪戯心のまま彼を観察してみる事にした。
目つきは鋭くない。というよりも、いつもそうして笑っているのだろうと察しがつく穏やかな目をしている。体つきもごく一般的で、それ程鍛えられている感じもしない。前髪が目にかかり少々邪魔そうであるが、ドラマによく出てくるうらぶれた探偵といった雰囲気もない。一言で言えば「おだやかな好青年」・・・彼は僕の持っている「探偵」のイメージとはまるで違う雰囲気の男だった。
「困ったな。どうやら、観察のプロが、今は逆に観察されちゃっているみたいだね。」
あっさりと彼を観察していた事がばれてしまった。これは、話をそらした方がよさそうだと僕は名刺にもう一度目を落とした。
勤め先は福山探偵事務所、そして・・・
「お名前は福山冬弥さん・・・あれ、所長さんなんですか。」
まだ二十代にしか見えない彼の肩書きに驚く。
「まあね。でも実は・・・」
ここで、彼は少しもったいつけた間をとった。
「所員は僕だけなんだ。」
「・・・実は、その筋では有名な探偵だとか?」
「いや、まったく。」
有名でもなく、一人きりでやっている探偵。どうしても聞きたくなったことが2つ。
「あの、失礼ですが・・・依頼人、来ます?」
我ながら何とストレートな質問!!
自分の名誉のために言うが、普段の僕はこんな失礼な物言いはしない。ただこの時は「暇人日本1」状態で、刺激を求めていたからこんなストレートな(失礼な)質問もできたのだ・・・まあ、言い訳にもなっていないのはわかっていますよ、はい。
しかし、普通だったら腹を立てるであろうこんな質問にも、福山さんは笑顔で答えてくれた。
「あなたの予想通り、客足はほとんどないですよ。
でもまあ親の遺産や、その他臨時収入があるので、生活には困っていませんけどね。」
なるほど、やはりそんな簡単な仕事ではないらしい。
ならばともう1つの質問。
「お金にならない仕事を続けているのは、やっぱり難事件を解決して、名探偵と呼ばれたいからですか。」
・・・この質問に、彼は意外な答えを返してきた。
「いいや。むしろ、僕は名探偵になりたくないんだ。」
・・・この時は正直、彼の「負け惜しみ」だと僕は思った。
しかし、この彼の言葉を、僕は後で思い出す事になる・・・