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 四角いリュックを背負った出前業者から、人数分の牛丼を受け取る。その場で数の確認をして、会議室に運び込む。東京タワーの真下、殿下の基地にいる特殊職員たちは、連日の泊まり込みで皆げっそりとしていた。食事スペースとして開放している会議室も、床やパイプ椅子で仮眠を取る者が続出し、半ば戦場の体を成していた。来太は二食分の容器をビニール袋に詰めると、エレベーターに乗り込む。もとは商業施設だった上の階へのボタンを押す。商業施設は今や殿下の中枢基地だった。蛇への対抗手段がある殿下は、いつでも対応ができるようにと東京タワーに居を移したのだ。


 五階の文字にランプがつく。チン、と乾いたベルが鳴り、扉が開く。五階は殿下の居住スペースだった。内装は殿下の趣味で和風に作り替えられており、一見すれば高級旅館のようだ。畳敷きのため、新しい井草のいい匂いがする。靴を揃えて段を上がる。障子を引くと、殿下が座椅子にきちんと正座をして文献をめくっていた。分厚い眼鏡の奥では、思慮深そうな瞳が揺れている。殿下は普段着が着流しに羽織なので、その姿はまるで明治期の文豪のようだった。


「来太! 今日は何?」


 来太の顔を見ると殿下は明るい顔をする。文献を避けて机に牛丼と豚汁を並べる。


「牛丼。殿下は食べたことないん?」


「ないよ。宮廷ではジャンクフードなんて食べられなかったから」


「ええ……いいのこんなもん食べて」


「庶民の暮らしを知るのも、皇族の務めだと僕は思うよ。第一、こっちの方が、味付けが濃くて美味しいし」


「そうだろうけどさあ」


 来太はプラスチックの容器に卵を割り入れた。割り箸を擦って掻き回す。黄身が潰れて解けていく。


「溶き卵をかけるの?」


「俺はね。汁多めで生卵入れるのが好き。殿下にも持ってきたよ」


 殿下に卵と容器を渡すと、キョトンと卵を見つめたまま固まってしまった。


「えーっと……」


「もしかして、割れないの」


「お恥ずかしながら、片手で数えるほどしか料理したことがなくて」


 来太はため息をつくと、容器を自分の方に引き寄せた。


「ほら貸しな、やるから」


「すみません」


 溶き卵を作り、まだ暖かい牛丼にかける。付属の七味を振って紅生姜を添える。


「どうぞ」


「いただきます!」


 殿下は牛丼を口に含んだ。たちまち黒い瞳に光が宿る。


「美味しい! 牛肉ってこんなにふわふわなんだね! 卵かけご飯と醤油系のタレが絡み合って、なんというか、幸せ……」


「それならよかったです。高級料理より四百円の牛丼って、やっすい皇太子やなあ」


「皇室がちゃんと機能していた頃は自由にご飯が食べられなかったからね。僕は今の方が幸せです」


 来太は苦笑しながら窓の外を見た。晴れない曇天に、赤い瞳が浮かび上がっている。蛇の目は日に日に大きくなっており、十二月には遠くに見える程度だったのに、一月も後半に入った今では空の三分の一を覆っていた。解析班曰く、あれは雲に映し出された幻影のようなものらしいが、気味が悪いのは違いなかった。


 あの後、由那と父は東京湾の倉庫で見つかった。由那は顔がわからないほど粉々にされ、父は眼球が繰り抜かれていた。もちろん、八重垣朱李は姿を消した後だった。光太はどこかに行方を眩ませ、その他の家人も次々と殺された。桑原家は実質瓦解した。今となっては生きて継承権を有しているのは、光太を除けば来太しかいない状況だった。


 桑原だけではない。あの後に急速に広がった病がある。蛇腹病と名付けられたその病は、蛇に締め付けられたような痣が全身に広がり、体に圧迫感を思え、最後は由那のように爆散して死んでしまうというものだった。病と名付けられてはいるが、体自体に医学的な問題は起こっていないため、ほぼ蛇の呪いだ。巷には蛇の呪を避けるための怪しい宗教や似非科学が流布し、信じられるのはテレビの番組の中でも、被害者数を告げる声だけだった。蛇への対処法が確立していない国では、なんの抵抗もできず国土が穢されて、空間全体が歪んで存在自体が消滅してしまった場所すらある。科学も、これには太刀打ちなどできなかった。それだけではない。明らかに以前よりも地震や水害が相次ぎ、人類は未曾有の危機に瀕していた。正体がわからぬ蛇は、本気で世界を終わらせようとしているらしい。


「来太」


「なに」


「やっぱり僕がやるしかないみたいだ」


 殿下の箸が止まる。


「色々な神話に蛇はいる。でもこの日本を蛇から守ると考えた時、一番合致する伝説は八岐大蛇(やまたのおろち)伝説だろう。素戔嗚命(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治した伝説は、正当な皇族でないと再現できない。父は体が弱っているし、僕がやるしか」


 俯く殿下に、来太は居た堪れなくなる。手を伸ばして、殿下の額に指を弾く。


「ならひとく〜ん、ちょいまち〜な」


「い、痛! なにするの」


「殿下は小さい頃から国を背負っているわけだから、ネガティブ思考になるのも仕方がないけどねえ。飯食ってる時くらいもっと軽く考えようよ。追い詰められたら出るアイデアも出なくなる」


「でも今でも人が亡くなって……」


「それはそれ。殿下が苦しそうにしていたら、見ている俺も苦しいし民も苦しくなるでしょ。だからせめて美味い飯食ってる時は忘れるの、わかった?」


「うん……でもさ、来太」


「なに」


「由那さんも、桑原の当主も、宮廷の人だって何人も死んでる。すぐ近くで大切な人が居なくなっているのに、なにもできないなんて嫌だよ」


 殿下が噛んだ唇に血が滲みそうだった。今にも涙が溢れそうだった。来太は顔をくしゃくしゃにして笑うと、殿下の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「殿下は俺と違って優しいなあ〜!」


 サラサラの黒髪がたちまち絡まる。


「だから痛い! 来太の手つきは雑なの!」


「え〜女の子には優しいって言われるんだけどなあ」


「知らないよ」


 殿下は顔を膨らませてそっぽを向いた。


「ほら、不貞腐れてないで。早くしないと牛丼冷めちゃうよ」


「来太が意地悪するからでしょう!」


 そう言いながら、殿下は牛丼をかき込んだ。一気に食べるのに慣れていないのか、けほけほとか弱い咳をするのを、来太はにやにやしながら見ていた。


 ふと、机の上に伏せていたスマホが鳴った。来太が画面を覗き込むと、通知には「光太」という文字が表示されていた。




 指定された場所は、ビルに囲まれた小さな神社だった。以前はメディアでパワースポットとよく取り上げられており、来太も当時の彼女と一回来たことがあった。確か、御祭神は白い蛇だ。そのせいで閑古鳥が鳴いたのかは知らないが、周囲に人影はない。


「久しぶり、兄さん」


 光太はこの寒いのに長襦袢だけの姿で、拝殿の階段に座っていた。白い髪は長らく手入れをしていないのか、胸の辺りまで真っ直ぐ伸びていた。目の下には黒い隈、体は痩せこけている。まるで彼自身が白い蛇であるかのようだった。以前は品のある好青年という風だったが、今や見る影もない。


「お前、どこをほっつき歩いてたんだよ」


 来太はスーツの上にダウンを着込んでいたが、一月の夜は痺れるように寒い。手に白い息を吐く。


「へえ、心配してくれんだ。兄さんの癖に」


 光太は目を細めた。不自然な笑い方だった。痩せこけているからかもしれないが、口角が醜く上に上がっている。


「そりゃするだろ。今となっては唯一の肉親なんだから」


「あはは、みっともない。いい加減人間のふりするの止めたら?」


「こんな状況なんだ。今更選定者でいる義理もないだろ」


「兄さんはほんま、あほんだらだわあ。気づいていないから言うようだけどねえ、当代の桑原で一番才能があるの、兄さんなんだよ。猫も杓子も馬鹿だから、うまく化かされたけどね。逆に無いのは、僕の方」


「なにを根拠に」


「そうだな。最近でいうと、ラブホで襲撃された時、相手の女の子のこと、一瞬でも考えた?」


「……っ」


 確かに、食べられた女のことをあれから思い返したかというと否だった。


「図星でしょ。兄さんって基本ヤリ捨てだもんね。僕はさ、そうやって情がある振りして、ずっと使命から逃げていた兄さんが大嫌いなの。弟の僕に全部押しつけて、自分は東京でのうのうと暮らして。随分無責任じゃない? この血筋も力も、得たくて得たわけじゃないのに、そのせいで僕の人生は台無しだ。だからさ、僕は思ったの。全部壊してやろうって。これ、だあれだ」


 風もないのに、拝殿の扉がすう、と開く。中から出てきたのは、血まみれの着物を着た由那だった。しかし、裾から生えているはずの脚は、鱗にびっしりと覆われている。紛うことなく白蛇の脚だった。


「お前、やっぱり蛇と繋がってたんか!」


 光太は自嘲するように薄く笑った。


「父からの重圧に耐えかねた僕は、毎夜木屋町で潰れるのが習慣になっていた。そんな時出会ったのが朱李だった。朱李は人間じゃない。人間の壊したい、死にたい、そんな願望が集積したのがカガチ神であり、それから人間の媒介者として生まれ落ちたのが朱李だった。朱李は僕の話す金枝の王の話に興味を持ち、僕たちは協力すると誓った。朱李は僕の望み通り、選定に関わる者たちを悉く殺してくれた。まあ現王の四方田肇は相当の術者だったから、致命傷を負わせることは無理だったけど」


 朗々と喋る光太の横に、由那は無表情で立っている。


「じゃあなんで俺は生かした」


「最初はみんなと同じように殺そうと思ったんだけどね。でもこんな時でもしぶとく生き残るのを見ていると、兄さんだけは、僕の手で散々苦しめてから殺したくなってさ。楽しみは最後に取っておくべきだろう?」


 光太が指を鳴らすと、由那の瞳が鬼灯のように赤く光った。


 蛇の脚をニョロニョロと動かして、由那が来太に襲い掛かる。九字を切っている暇すらなかった。由那は来太の首を両の手でつかむと、喉元を絞め上げた。


「かは……っ」


「あははははは! 傑作だな! どうだい、苦手な女に首を絞められる気分は!」


 息ができない。段々思考も靄がかかっていく。歪んでいく視界に、ただ聴覚だけが敏感になっていた。か細い女の声が入ってくる。


「ら……いた……さん……逃げ……て」


 それは確かに由那の声だった。由那の表情は凍りついたまま変わらないが、小さく唇を動かしているようだった。しかし、逃げてと言われたところで、身動きを取ることができない。


 ぼんやりした頭に、小さい頃の記憶が蘇ってくる。来太は常に気を遣う子供だった。大人の黒い思惑が見えやすい旧家の長男は、自然と人間関係に敏感になる。我を主張して苦しむよりは、自分を無くした方が楽だったのだ。人の考えていることを優先しているうちに、お前には才能がないと言われた。使命から逃げたわけでも、弟に押し付けたわけでもなかった。その弊害か、恋愛や友情にもあまり身が入らなかった。今思えば、自分とはなんだったのだろうか。


 意識が遠のきかけたその時だった。今時珍しい、ハイオク車のエンジン音が響き渡る。重いドアの開く音。


「おーう、邪魔するぜ!」


 白檀(びゃくだん)の香りがする。蛇除けになるとして今やそこら中で焚かれている香りだった。由那の手が、来太から離れる。由那が霞となって消滅する。来太は石畳に倒れると、ケホケホと咳き込んだ。


 目の前には、二人の男。


「来太に酷いことをする人は、絶対に許しません!」


 薬袋は鞄から四枚の札を出すと、四方を囲むように投げつけた。神社の壁や鳥居に張り付いた札は、ぼんやりと発光し結界を作り出す。


「ふるべ、ゆらゆらとふるべ」


 大幣を天高く振る。呪文はなんでもよかった。殿下が言霊を口にするだけで、この国の「気」は彼のものとなる。


 空間が、ガクンと揺れた。


「な、なにをする……」


 光太の体が波打つように震え出す。苦しそうに喉元を抑え、白い髪が逆立つ。金魚のように口をぱくぱくと開けると、その口からにゅるりと白い蛇が飛び出した。すかさず薬袋が駆け寄り、革靴で踏み潰す。


「へへ〜い、ざまァねえな」


 ぐりぐりと踏み潰された蛇は、もう跡形もない。


「来太! 心配したんだよ! もう一人で行動しないで!」


 殿下はぷりぷりと怒りながら駆け寄ってきた。


「ごめん。自分の家族のことだから、自分で片付けようと思ったんだよ……光太は?」


 光太の方を見ると、拝殿の入り口ですやすやと寝息を立てている。脈を測っていた薬袋が、こちらを向いて親指を立てた。


「殿下、あのさ」


「なに?」


 石畳にしゃがんで俯く来太を、殿下はじっと覗き込んだ。


「俺って、人情ないと思う?」


「そんなことないよ! あまり益はないのに、僕と友達になってくれたじゃない。手癖は悪いけど」


「……殿下を利用して、上にあがろうって魂胆かもよ」


「そういう人もいるにはいるよ。でも、来太はそうじゃないでしょう?」


 殿下は相変わらず邪気のない顔で微笑む。来太はこの笑顔を見ると、いつも気が抜けてしまう。やはり殿下は笑っている方がいいな、と思った。


「そっか」


「そうです」


 立ち上がって、スーツの汚れをはたく。ビルの隙間から星空が見えた。人間が減り、明かりが減り、都会でも以前より星がよく見えるようになった。それでも人間の暖かさみたいなものは、残るのだな、と来太は思った。






 青森県弘前市。


 古い日本家屋。元は旗本の屋敷だったものを改装して使い続けているらしく、どこからか隙間風が入ってくる。


 老人が、口を開く。


「会えてよかったよ」


 雪見障子の外、磨りガラス越しに見えるのは白い枯山水。北国の雪は湿って重く、来太にはあまり馴染みがないものだった。二人は桑原家の正装である黒い紋付の羽織に紫紺の袴。光太は伸びた髪を後ろで一つに括っているせいか、どことなく父に似ている。


「四方田先生も、お元気そうで何よりです」


「僕はまだ死ねないからねえ。蛇だかなんだか知らないけどさ。自分の代で終わらせるのは惜しい」


 四方田は顎髭を撫でた。この好々爺こそ、弘前藩の旗本であり、現在この世界を治める金枝の王であった。名の知れた剣豪であったのだが、金枝の王になる際に、その人物に関する一切の記憶は消されるため、この老人の正体を知っている者はごく少数しかいない。今となっては、彼はただの剣道道場の先生でしかない。


「申し訳ございません」


 光太は畳に額を擦らせて、押し潰されたような声を上げた。


「大体そんなことじゃあないかと思っていたよ。そもそも、蛇にしろ、それ以外にしろ、世界の悪意みたいなものは一定の周期で貯まるんだ。心を強く保ち、今度は魅入られないようになさい」


「……お許しいただけるのですか。僕は、貴方の命を狙っただけではない。全てを壊そうとしたのですよ」


「僕は別に憎んでいないよ。今は桑原当主の力を借りないといけない状況だ。罰を与えるとしても今じゃないだろう」


 低頭する光太の肩を、四方田はポンポンと叩く。


「頭を上げてくれ。ここは冷えるから痺れてしまうよ」


 額を離すと、老人がニコニコと微笑んでいる。


「二人とも、立派になって。状況が状況とはいえ、今や桑原本家と分家の当主様だ。人が育つのは早いなあ」


 やけに姿勢がいい以外、剣豪たらしめる覇気のようなものが感じられない男だった。おおらかで優しいという印象を、誰にだって与えるような人間だった。


「今日は謝りに来たわけではないのだろう?」


 しかし、皺の寄った瞳の奥の眼光は、誰よりも鋭かった。


「四方田先生なら、答えは出しているはずです。金枝の王と蛇とは、一体なんなのですか」


 金枝の王とは世界を循環させる機構。由那はそう言っていた。それは人類がこの星の支配者となってから耐えることなく続く輪廻だった。それであれば、蛇という概念も、古来よりあるものではないのか、と来太は考えた。


 四方田は伏し目を庭先にやった。


「簡単だよ。世界を存続しようという力と、世界を止めようという力だ。王は代を流転させることにより、破壊と再生の力を得、人類を存続させてきた。災害、戦争、古来より蛇に準ずる危機は色々な形を取り、幾度も訪れている。破壊願望というものは世界に溜まり続けるからだ。僕ら王とその臣下である選定者は、その度にこの世界を守り続けなければならない」


「それはわかります……しかし、なぜ金枝の王がいるのでしょう」


「ああ、そうか。君たちはまだ世界樹を見たことがないんだね」


 四方田は目を閉じ、空間に一本線を引くように扇子を滑らせた。その線は金色の眩い光を放って人一人入れるような扉の形になる。


「北欧神話ではビフレストと言ったかな。天界に続く道だ」


 四方田は徐に立ち上がると、その金色の扉に足を踏み入れた。来太と光太も、恐る恐る扉へと入る。


 一歩踏み出すと、そこはもう弘前の屋敷ではなかった。来太はいつか写真で見た、ウユニ塩湖を思い出した。青い空が波ひとつない水鏡に写っている。果てのない青に三人、ただ呆然と立ち尽くしている。その中心には、一本の金色の木が生えている。木は数多の枝を伸ばし、葉を茂らせながら果てのない天上へと伸びていた。


「世界樹だ。世界の支柱であり、人類史はこれに年輪として刻まれていく。この木が倒れて仕舞えば、人類史は終わると言われている。世界樹と人類は持ちつ持たれつなんだよ」


 世界樹の中で一本、根元から折られている箇所があった。これが、朱李が折った枝だろう。


「木には守る者が必要だ。金枝の王はそのためにいる」


 四方田が再び扇子を振ると、次の瞬間には弘前に戻ってきていた。四方田が促す通りに、再び座布団に腰を下ろす。


「蛇の話に戻るか。今回、災いは蛇の形を取っているけれど、本質は違えてはいけない。あれは蛇ではあるが、本来ならあるはずの金の利益といった側面がないだろう。言うなればただの悪疫だ、鬼だ。して、日本には昔から鬼を祓う年中行事がある。ほら、あと何日かな」


 今は一月二十日。ここから一番近い行事は。


「節分ですか」


「正解」


 皺の本数が多くなる。こう見ると、孫になぞなぞを出しているおじいさんにしか見えなかった。




 いつの間にか雪が止んでいた。弘前駅行きのバス停まで四方田は送りに来てくれた。バスが来るまで少し時間があるので、光太は近くのコンビニに手袋を買いに寄っている。確かに手袋がないと凍れる寒さだった。自分の手指を見る。心なしか、手の平の黒子が大きくなっているような気がした。


「あの、四方田先生」


 四方田は道着の上から軽いダウンを羽織っていた。さすが剣道者というべきか、ひょろっとした出立ちなのに立ち上がると上背がある。


「……例えば、王が責務を果たさなくなったら、俺たちはどうすればいいんですか」


 四方田は少し考えた後、静かな口ぶりで言った。


「そうならないよう王を律するのが臣下だよ。もしそれもできなくなったら、最後はやはり、殺すしか、ないだろうね」






 東京タワーの展望台から見える空は、一面厚い雲で覆われている。今にも雪が降り出しそうだった。東の空には今にも熟れ落ちそうな蛇の目が浮かんでいる。展望台内は暖房が効いていたが、外に出たらひとたまりもないだろうなと来太は思った。二月三日、節分。今日で全てが決まる。


 四方田の助言通り、節分に大規模な儀式を行うことになった。二月中だと、朱李が言っていた啓蟄(三月五日)の前に全ての算段を終えられるからである。しかし、相手は鬼以外にも蛇の要素を有している。今まで行っていた通常の追儺や祈年祭では対応できない可能性があるとのことで、全国の系統化されていない儀礼を収集した上で、テクノロジーと融合させる方法を採った。ここで殿下お得意の早口長文語りが発生したため、来太は話半分で聞いていたが、話をまとめるといいタイミングで手伝ってくれとのことだった。


「大規模祭祀って言うから、人を集めるのかと思ってたよ」


 展望台に備え付けられたコンピューターを、何やらいじくり回している殿下に向かって言う。


「東京タワーはそもそも衆目を集めやすいでしょう。儀式は見てくれるだけでいいの。光太さんの協力と、来太の電撃、僕の頑張りがあれば、確実に倒せる」


 殿下はふふんと鼻を鳴らした。このモニターは地下の管制室と繋がっている。殿下は最新の機械技術と呪術を組み合わせるのを得意としていた。


「……あのさ」


 急に殿下の声が湿り気を帯びたので、来太は少し身構えた。


「僕の友達になってくれて、ありがとう」


「なに急に、今生の別れじゃないんだから」


「僕の生活は、一般民衆とは分断されたものだった。実感できなかったんだ。愛すべき民も、国も。でも来太と会って、分け隔てなく接してくれて、初めてこの国の美しさや、民の尊さに気づいた。だから、絶対に失いたくない。僕にできることは、全部したい。その気持ちにさせてくれたのは、来太だ」


 あまりにも真っ直ぐな言葉に、来太は気恥ずかしくなってそっぽを向いた。


 エレベーターのベルが鳴る。扉が空いて何か大きな箱が運ばれてくる。


「四方田さんの家、子孫の方が刀鍛冶をやっているんだって。だから無理を言って鍛え直してもらったんだ」


 殿下の下についている神職たちの手で、恭しく木箱が開けられる。布に包まれたその刀身が顕になる。


「草薙剣。今回の得物だ」



***



 増上寺の境内に、神酒がずらりと並べられている。


「は、はは。馬鹿らしい。あたしがこんな罠に引っかかるとでも思ったの?」


 朱李は酒樽の一つを、そのミニスカートから真っ直ぐに伸びた脚で蹴飛ばした。八岐大蛇神話にやしおりの酒なんて、あまりにもありふれた題材だった。


「ご招待にあやかって足を運んでみれば、随分と馬鹿にされたものだ。日本の皇室ってこんなに恥知らずだったかな?」


「それは失礼をしたね」


 増上寺の本殿から出てきたのは、光太だった。桑原の正装に、鞘から抜いた猫丸を引っ提げている。


「あら、久しぶり裏切り者」


「裏切ったわけではない。僕は今でも君を愛しているよ。ただ考え方が少し変わっただけだ」


「それを裏切ったっていうんじゃないの?」


 朱李は右手を天高く振り上げた。


「カガチ様! この愚か者に天罰をお与えください!」


 天井の赤い瞳が、炉が灯されたように煌々と光りだす。


 瞬間、地面から黒く(うごめ)く触手が生えてくる。黒い触手たちはその真紅の瞳をぎらつかせながら、増殖し、光太に向かっていく。光太は怯むことなく、猫丸を参道の正中に突き刺した。


 参道の石畳がひび割れる。そのひびからは、淡い光が漏れている。地割れは真っ直ぐに触手に向かって奔る。触手は光を浴びると、けたたましい叫び声をあげて消失した。


「な……ッ!?」


「選定者の能力の根幹。それは地面の下にある気の流れ「龍脈」の操作にある。ここでは蛇の属性は「負」だ。「正」の気を流せば相殺し消滅する」


 光太は地面を蹴ると、朱李に向かって刀を振り下ろす。袈裟斬りになった体は、体勢が崩れ地面へと倒れ落ちる。青い血が斜めに噴き出した。光太は重ねて、朱李の鳩尾に刀を突き刺し、地面に貫通させた。しかし朱李は人間ではない。痛みは感じなかった。まだ自由な右手をウネウネと動かし、独自の印を切る。


 途端、酒樽の水面が震えた。


 水柱が跳ね上がる。境内は途端にバケツをひっくり返したような大雨になる。それに共鳴するように、地面から次々と水柱が立ち、濁流が境内に押し寄せる。


 濁流はやがて八つの頭を持った蛇の形を作る。水でできた蛇は龍さながらに天高く舞い上がる。


「蛇は流れる川のメタファー。つまり水神なの。ひっかかりもしないのに、呼水になるものを置いている方が悪いんだわ!」


 周囲は水に満ちていく。朱李と光太は溺死してもおかしくない状況だった。しかし、追い込まれているにも関わらず、朱李に覆いかぶさる光太の表情は、さも愉快だと言わんばかりに歪んでいく。


「な、何なの、その余裕は」


「はは、かかったね。お馬鹿さん」


 遠くで空が光った。



***



 展望台に設置された簡易管制室。南東の窓に向けて陣が築かれており、ここから増上寺を一望できる。殿下の予想通り、蛇は光太の挑発に見事に引っかかったようだ。


「それでは、芝作戦第二フェーズに入ります。来太」


「はい」


 来太は陣の前に立ち、目を閉じた。手を組み、印を結ぶ。陣の真ん中には白絹の束帯を纏った殿下。殿下の手には草薙剣。術者と巫者。修験道をはじめ、シャーマニズムによく見られる呪術方式である。術を使う者と、神を降ろす者の二人で行う呪術。


「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここのたり。ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 殿下が唱えると、空気が震えたような気がした。赤色の塔は龍脈の集う霊場であるとともに、目立ち衆目を集めやすい。つまりそれだけ気を集めやすいのだ。殿下の周囲に旋風が舞い、来太の白髪がふわりとそれに乗る。


高天原(たかまがはら)神留(かむづ)まります皇神漏伎(かむろぎ)(みこと)神漏彌(かむろみ)(みこと)をもちて、八百万(やおよろず)の神等を神集(かむづま)えたまい、豊葦原(とよあしはら)の瑞穂の国を平らけたまえと奉りき。しかば、ひと柱の招来を欲し奉る」


 唇を震わせる。瞳の紫色が一層濃く光を帯びる。


「来たれ、素戔嗚命」


 雷の呪術。酒に掛からなかったからといって、蛇がこの神に弱いのは自明である。民がそう認識している以上、これ以上強い暗示と呪術はない。素戔嗚命は風雨を象徴する神である。風雨の神は農耕神であり、妻の奇稲田姫(くしなだひめ)は稲の神、稲妻、つまり雷神に繋がる。来太の得意とする呪術だ。背後の機械は雷の増幅機であり、来太が起こした雷は、何百倍にも膨れ上がる。


 そして、水は電気を通す。感電する。


 巨獣の鳴き声のような雷鳴。空全体がバチバチと放電を始める。


 大きな雷が、東京タワー目がけて落とされた。




 耳をつん裂くような轟音が止まる。来太は思わず伏せた目をゆっくりと開いた。


 ガラスが割れて飛び散っていた。視界の真ん中には、白い影。


 確かに殿下の形をしていたが、その瞳は、水晶のような紫色に光っていた。あたりは後光が飛び散っており、眩しくて目を開けていられなかった。


 殿下はちらりとこちらを見た後、展望台から真っ逆さまに飛び降りた。



***



 その日、増上寺の上空に、八岐大蛇が現れた。


 その八岐大蛇は水でできていたという。大蛇は咆哮しながら空中を飛び回り、日本各地に水柱を出現させた。大規模な水害は、ともすればこの小さな島国を水没させただろう。人々が恐れ慄いたその時だった。


 一筋の閃光が、蛇の体を引き裂いた。光り輝くそれを、人々は目に焼き付けたが、一体それがなんなのかわからなかった。天が裂けた。八岐大蛇は身をくねらせながら弾け去った。雨雲は次第に晴れ渡り、赤い蛇の目は、雲と共に消えた。この日を境に、日本における蛇害は次第になりを潜めていったのであった。



***



 内臓が焼けるように熱い。


 祭祀が終わり、皆でヘトヘトになりながら後片付けをしているところだった。急激な痛みに来太は受け身を取ることもできず床に転がった。周りからは心配するような声が聞こえていたが、あまりの激痛に認識が曖昧になる。薄れていく視界の中で、自分の手のひらを見た。明らかに前見た時より、黒子が大きくなっていた。


 目を覚ますと、病院の中だった。ベッドに寝かされているようだ。視界の端に点滴の袋が見える。


「おはよう来太」


 だるい頭を声がした方に向ける。白衣を着た薬袋だった。少し頭を動かしただけなのに、痺れるような痛みが全身に走った。


「いって……すいません、俺、疲れていたみたいで……。殿下は大丈夫ですか」


「ああ、殿下は元気にかけずり回っているが……お前さんは大丈夫か」


「あはは、痛いですね……なんですかこれ……呪術の反動とか?」


 薬袋は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「まだ詳しい検査をしてないから正確にはわからないが、皮膚癌が内臓に転移している可能性がある」


「癌?」


 なんとなく、自分から遠いような病気だと思っていた。まだ若いし健康体だ。大病は患ったことがない。来太は、自分のことなのに自分のことじゃないような気がした。


「来太元々皮膚弱いだろ。アルビノってのは、皮膚中のメラニンが少ない関係で、些細な日焼けや傷で癌になりやすいんだよ。手の平の黒子、最近大きくなってただろ。それはメラノーマって言って、悪性の皮膚癌だ。俺も早く気づけば良かったんだが」


 事務的に話す薬袋に、来太は安心した。ここで感情的になって病状を隠すような医者でないことをありがたく思った。


「薬袋先生、俺あと何ヶ月生きられますか」


 体が大変なことになっているというのに、自分の心はやけに冷静だった。ここ最近はバタバタしていたから、気が抜けているのかもしれない。


「もし内臓に転移していたら……一、二ヶ月ってところだな」


 薬袋はやはり事務的に言った。






「やっと咲いたねえ」


 窓の外に見える桜を見ながら来太は呟いた。日に日に寒も解け、この病室にも春風が舞い込んでくるようになった。まさか自分がもう一度桜を見ることができる思っていなかった。今考えれば、相当無理をしていたのだろう。病状は悪化の一途を辿った。気づいた時には全身に転移しており、助からない状態であった。


「綺麗だなあ」


 横でりんごを剥いていた殿下の手が止まる。殿下は最近、暇を見つけては料理を作っている。つい数ヶ月前まで卵すら割れなかったのが嘘みたいだった。


「僕は嫌いだ。桜は、死がさも美しいものだとでも言いたげで。失うことは、こんなにも辛いのに」


「そう? 俺は好きだよ。ありきたりだけどさ、終わりがあることによって、今一瞬が大切なものになるんだ。それがなければ、メリハリのない人生になるだろ」


 開けた窓から、花びらが一枚入り込んできた。来太の横たわるシーツに落ちる。


「さよならだけが人生ならば、こうやってまた春が来ることもない。春の尊さを知ることもない」


「そうだろうけどさ。桜の森の満開の下の秘密は、やはり孤独なんだ。僕が次生きるのなら、桜の咲かない世界がいい。別れは、やっぱり嫌だよ」


 剥き掛けのりんごは、力なく膝に落ちている。


「死んじゃいやだ……」


 殿下の黒い瞳に溢れた涙が、りんごに落ちる。


「ごめんなあ、殿下。一緒に生きられなくて」


 その柔らかな黒髪を撫でた。手の感覚はもうあまりなかった。


「……来太のくせに、丁寧に撫でないでよ」


「ごめん、ごめんな」


 殿下の顔が歪んでいく。俺の瞳も涙に濡れているのかもしれなかった。とても眠かった。ああ、ここで俺の人生が終わるんだなと直感した。できることはやったし、後悔はなかった。色々なものを失いはしたが、こんな俺でも、少しだけ世界に貢献することができたし。それでも、ああ、そうだな。


 最後に見た顔が、泣き顔だったのだけは、少し悔しかった。



***



 鏡面に、波が立った。


「君が世界の王を望むとは」


 老人は、口から血を吐き出しながら言った。胸には深く刀が刺さっている。紫色をした目玉が二つ、水面に転がっていた。


「楢仁殿下、君はどんな世を望むんだ」


 こんな時でも、老人の顔からは穏やかな笑みが消えていなかった。慈悲深い笑顔は、仏と言っても過言ではない。一方で、その刀を突き刺す青年に感情はない。眼鏡の奥の、虚ろな黒い瞳は、奈落のようだった。


「……何人たりとも、死なぬ世を」


 その言葉を、老人が聞き届けたのかはわからない。


 金色の枝は、新しい王の誕生を祝うように、ざわざわと揺れた。



***



 永く眠っていた。


 強い日射に思わず目を開ける。来太は砂漠に寝転がっていた。身を起こす。いつの間にかボロボロの浴衣を着ている。持ち物はこれといって持っていないようだ。ただひとつ、枕元に桑原の紋が入った短刀が転がっていた。短刀の刃は黒く光を反射している。刃に自分の顔を写す。伸び切った白い髪に、紫色の目。よく見知った自分の顔だった。


 あたりを見回す。幸い、地平線の先に街が見える。短刀を帯に差し、重い体を引き摺って、来太は街に向かった。


 日干し煉瓦造りの街は、中東の街並みのようだったが、民衆から聞こえてくるのは紛う事なく日本語だった。皆なぜか仮面を付けていて、付けていない来太は強い疎外感を覚えた。喉が渇いて腹も減った。市はあったが、流通している通貨も持っていないし、どうすればいいのか。


「来太?」


 聞いたことのある声がした。振り向くと、路地の奥に大柄な中年男性が立っていた。白髪の混じる黒髪は、後ろでハーフアップにされており、アラビアンな柄の羽織に様々なアクセサリーをジャラジャラ付けている。男は如来の仮面を外すと、暑苦しい笑みを浮かべた。


「薬袋先生?」


「マジか! 本当に来太だ!」


 来太は薬袋に簡易的な療養所だという煉瓦造りの家に案内された。療養所と言うには狭く、患者もぎゅうぎゅうに詰め込まれているためあまり衛生状態は良くなかった。二階にある院長室に向かう。歪んだ木製の椅子に座る。案の定腰を下ろすとガタガタと揺れた。


「来太が死んでから、殿下がおかしくなってな。気づいたら霊安室から死体が消えていた。おそらく殿下はその足で青森に向かい、四方田肇を殺害した」


 誰も真相はわからないけどな、と薬袋はこぼした。


「じゃあ、現王は、殿下ってことですか」


「俺は会ったことはないが、そうだろうな」


 薬袋は硝子も嵌っていない窓から、外を見渡した。眼下にはオアシスの街が広がっている。街は香辛料や香の香りで満ちていて、アジアン雑貨屋にいるような気持ちになる。


「この殿下が作り上げた世界ってのがまあ出鱈目で。世界を再構築して、「人が死なない」システムを組み上げたはいいが、リソースが足りなかったらしく、気力が尽きたら中途半端に植物状態になるようになっちまってよ。しかも、その少ないリソースをうまく回すために、「気」を集積する人柱(リンガ)を建てて、それから離れると生きていけない、なんていう馬鹿みたいな状態になっちまった。挙句の果てに、リソースを回しきれなかった病人は差別されるし、獣と人間が混ざるし、そのおかげで強固な身分差別があるし、で王がいる都には俺は入り込めない。あの臆病で心優しい殿下がどうしちゃったんだか」


 来太は胸の奥が苦しくなった。彼が永遠の生に固執するようになってしまったのは来太のせい以外の何者でもない。来太が死ななければ、殿下は何事もなく国を継いでいただろう。


「この国が建国されてから、ゆうに五百年は過ぎている。俺はなんとか気を循環させて植物状態にならないよう生き延びているが、俺や、北端のリンガ……昔の弘前だな、で生きている四方田肇の子孫が絶えてしまったら、王のことを知っている者はいなくなる。ただでさえ死ねない世界だ。殿下は永遠に国を治め続けることになるだろうな」


 殿下は自分が作った制度に、がんじがらめになっている状態だった。この世界の神として、永遠に生きて支配を続けなければならないとは、どういう責め苦だろうか。真面目な殿下のことだ、途中で引き下がれはしないのだろうが。


 来太はこの世界に呼ばれた理由を悟った。なら、なすべき事はひとつだ。


「薬袋先生」


「うん?」


「システムの再構築には、元となる素材が必要です。定理の組み替えにインストールした神話や呪術はありますか」


「ああ、それならわかるぞ。ヴィシュヌ神だ。インド神話で世界を維持する権能を持つ神だな。この呪術を引用することにより、世界を継続させている……って来太お前、何を考えている」


 来太は、悪戯を思いついた時のようにニヤリと笑った。


「選定者は金枝の王の臣下です。王が誤りを犯した場合、その首を刎ねるのも我らの役割。不完全なシステムを構築したのなら、その隙をついてウイルスを紛れ込ませればいい」


「まさか、お前」


 薬袋は一筋冷や汗を垂らした。


「はい。蛇の時と同じです。簡単に殺せないのなら、その呪術の天敵をぶつければいい。幸い、インド神話にはトリムールティという思想がある。世界の創造・維持・破壊を三柱の神が司っているという思想です。ここで維持を司るのはヴィシュヌ神、破壊を司っているのはシバ神。ならば俺たちは、シバ神を作り上げましょう。第二次芝作戦(プロジェクト・シバ)。俺たちの手で、王を殺すのです」


 熱砂の中に、来太の紫色の瞳が光る。


「でも、選定者の俺だけじゃ王を殺せないですねえ。王を殺すには、次代の王が必要です。シバ神は、大自在天か。そうやな、名前は……」


 来太は、んー、と唇を尖らせた。


在太(アルタ)、なんてどうでしょう」

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