第3話 秘密を分かち合う者
村を覆っていた不安と恐怖は、犯人が捕らえられたことでひとまず落ち着きを見せた。
だが、村人たちの表情に安堵はなかった。救われた命はあったが、取り戻せない命もまた確かにあったからだ。子供の泣き声はもう聞こえない。失われた母親たちの姿も、二度と戻ってはこない。
広場にうずくまった男の姿を、村人たちは無言で睨みつけていた。
犯人の口から絞り出されるように漏れた「俺がやった」という言葉は、誰も望んでいなかった結末の重みを村全体に突きつけた。
俺はただ、そこに立ち尽くしていた。
夢で見た象徴──血に濡れた人形、泣き声、鎖の音。
それらが現実と繋がり、命の重みを突きつけてきた。
助けられなかった命のことを思うと、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
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その夜、村の片隅にある焚き火跡の前で、一人腰を下ろしていた。
火は既に燃え尽き、灰がかすかに赤く残っている。夜風が灰をさらい、ひゅうと鳴る音が耳に寂しく響く。
「……どうして、俺なんだ」
呟いた言葉は風に溶け、闇に消えていった。
この力がなければ、俺はただの転生者として静かに暮らせたかもしれない。だが現実は違った。夢渡りという不可解な力が、俺を強引に事件へと引きずり込み、人の死の現場へと立ち会わせる。
夢の中で感じた爪の鋭さ、血の匂い、そして自分が殺されるかもしれない恐怖──。
それらがまだ体の奥に残っていて、手は震え、心臓は落ち着かないままだった。
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「……ここにいたのね」
背後から声がした。
振り返ると、あの少女が立っていた。
栗色の髪が月明かりに照らされ、彼女の影が地面に細く伸びている。
「探したんだよ。皆、君を心配してる」
「俺を?」
「うん。……顔色が悪いから」
彼女はそう言いながら隣に腰を下ろした。夜風に吹かれる彼女の横顔は凛としていて、村での孤独と警戒を受け止めてきた者の強さがあった。
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俺はしばらく黙ったまま、地面に転がる石を拾っては投げ、また拾っては投げた。
石が灰を跳ね飛ばし、小さな音を立てる。
沈黙は重く、言葉を吐き出す勇気を奪う。
「……俺は、普通の人間じゃないんだ」
ようやく口を開いた。声は自分でも驚くほどかすれていた。
彼女は驚いたようにこちらを見たが、逃げ出すことはしなかった。
「俺には、人の夢に入り込む力がある。……あの納屋のことも、子供が閉じ込められていたことも、全部夢で見たんだ」
言葉を吐き出すごとに、胸の奥の重石が少しずつ削られていく。
それでも、告白は罪悪感を伴っていた。
こんな異様な力を持つ自分を、彼女はどう思うだろうか。
恐れられ、拒絶され、再び孤独に突き落とされるのではないか。
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しばらく沈黙が続いた。
火の粉のように小さな星が夜空に瞬き、虫の声が草むらから響く。
彼女はその音をすべて受け止めるようにじっと俯いていた。
やがて、小さな息を吐き、彼女は顔を上げた。
「……やっぱり、そうなんだ」
「え?」
「ずっと不思議だったんだよ。どうしてそんなに確信を持って行動できたのかって。夢……そういうことだったんだね」
彼女の声には驚きよりも納得が混じっていた。
その眼差しはまっすぐで、俺を裁くものではなかった。
「怖くないのか? 俺が、こんな力を持っているのに」
震える問いかけに、彼女は小さく首を横に振った。
「怖いなんて思わない。だってその力で、子供を助けてくれたでしょう? ……それに」
彼女は言葉を切り、少し俯いた。
だがすぐに、真剣な眼差しを俺に向けた。
「あなたの秘密を知っているのは、私だけなんでしょう? ……なら、私も一緒に背負うよ」
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その言葉は、不意に胸の奥に差し込んだ光のようだった。
ずっと凍りついていた孤独が、ゆっくりと解けていくのを感じる。
秘密を分かち合える相手がいる。それだけで、生きる意味を見つけたような気がした。
気づけば、俺は彼女の手を強く握っていた。
驚いたように目を見開いた彼女だったが、すぐに柔らかく握り返してくれる。
その温もりが、何よりも心強かった。
「ありがとう……」
震える声でそれだけを告げた。
夜風が吹き、焚き火の灰がふわりと舞い上がる。
月明かりが二人を照らし、静かな夜が流れていく。
その夜、二人の距離は確かに変わった。
孤独だった転生者と、傷を抱えた少女。
異世界の闇の中で、二人だけの小さな絆が芽生え始めていた。




