ep.9 Dear Mr. Perfect
「あらためまして、どうぞよろしく。ミスター・レイノルズ」
基地の一室で、ケヴィン・ローレンスと名乗った男は愛想よくレックスに微笑みかけた。
年は三十前後か。ゆるく撫でつけた黒い髪。理知的な輝きを放つ黒い瞳。背は高く、肩幅は広く、しかし威圧的な空気はまるでない。初対面の人間に好印象を植えつける完璧な笑顔。
久々だな、とレックスは思った。こういう手合いは久しぶりだ。上流階級を体現したような、ミスター・パーフェクト。
ゲート前で簡単な挨拶をかわしたあと、ケヴィンという男は二人を基地内に招き入れた。どんな魔法を使ったのか、レックスたちは許可証も尋問もなしにゲートをくぐり、今は管理棟の一室で向かい合っている。目の前には湯気の立つコーヒーカップ。まさに至れり尽くせりだ。
「ローレンスというと、そっちの兄貴か何かか?」
「従兄だよ」
そっち、ことケヴィンの隣に座るエルが口をはさんだ。
「そうなんです。父親同士が兄弟でして。もっとも、家が近所でしたから、私たちもほとんど兄弟のように育ちましたが。いや、じつに手のかかる弟でした。あなたにもずいぶんご迷惑をおかけしたのではありませんか。ミスター……レックスとお呼びしても?」
「ああ」
両方への回答としてレックスがうなずくと、ケヴィンは微笑を苦笑に変えた。
色調は異なるが、従兄弟というだけあってケヴィンとエルはよく似ていた。顔立ちというより、その身にまとう空気のようなものが。知的で上品で、それでいてどこか秘密めいた気配が見え隠れするような雰囲気が。
職業は医者か弁護士といったところか、と予想していたレックスだったが、半分正解だった。医者で、かつ微生物学の研究者でもあるという。さすが従兄弟。IQが高いところまでよく似ている。
「今回の調査ですが、もともと私とエルの二人で伺う予定だったんです。もっとも、私はエルの助手のような立ち位置ですがね。鉱物学と地質学のことでしたら、彼ひとりで事足りますから」
助手、という単語を若干強調したケヴィンの真意が、レックスにはよくわかった。実態は、ぶっ飛んだ科学者の監視ないしお目付け役といったところなのだろう。
そういえば、以前アーニーは「ナニー」と言っていた。その保護者の目を盗んで飛び出してくるとは本当に手のかかる、と内心ぼやきながらレックスが煙草を取り出すと、ケヴィンはわずかに目を細めた。
「お吸いに?」
「まあな。嫌いか?」
「そういうわけではないのですが、エディの前では控えていただけると……」
「ケヴィン」
静かにエルがさえぎった。
「僕はもう大丈夫だよ」
「ああ……」
どこかぼんやりとした表情で、ケヴィンはまばたきをした。まるで短い夢から覚めたように。
「なに、あんたが嫌いだった?」
そのわりに今まで文句のひとつも言わなかったなと、レックスは火のついていない煙草をくわえたまま上下に揺らした。
「いや、じつは昔すこし肺を悪くしていてね。その頃の名残でケヴィンが過敏になっているだけだよ」
なにしろ医者だから、とエルが肩をすくめてみせれば、隣でケヴィンも微笑む。
「私は彼の主治医のようなものでしたから。失礼しました。どうぞ、レックス」
どうぞと言われても、この流れでは火をつけるのもためらわれる。結局その一本は胸ポケットに突っこみ、レックスはかわりに目の前のコーヒーカップを取り上げた。今朝がたのものには劣るものの、十分に芳しい香りを肺に吸いこむ。
「結論から申し上げましょう。N-Ⅲエリアの調査許可は下りました」
「……へえ」
さぐるようなレックスの視線を、ケヴィンは悠然と受けとめた。
「そりゃよかった。うちのボスがだいぶ気張ったんかね」
「ベイル支部長の有能ぶりに異論はありませんが、どちらかというと今回は政府の意向ですかね。鉄よりよほど貴重な鉱物の発見地ですから。エルがもう少し辛抱強く待っていてくれたら、機材も人員もより充実したチームを送りこめたのですが……」
ケヴィンの声にかすかな棘が混じり、エルはあらぬ方向に視線をさまよわせた。
そういやこいつ、さっきからやたらと大人しいな、とレックスは思った。さしもの変人学者も、このお目付け役の従兄様には頭が上がらないといったところか。
「あなたが受けた襲撃というのも、おそらくは中途半端な情報を得た採掘会社の犯行でしょう。それもあまり良くない筋の。そちらも別途調査を進めているところです」
ケヴィンの言動の端々から有能ぶりがにじみ出る。彼にまかせておけば問題ないと、そんなふうに相手に思わせるだけでも、この男には医師としての才能があるのだろう。
「我々の調査が終わるまで、あのエリアの管轄権は一時的に地球政府に移りました。当座の指揮は私が。もっとも実働部隊は彼が取り仕切ることになるでしょうがね」
ケヴィンはちらとエルに目を向け、それからレックスに微笑みかけた。
「ここまでエルを連れてきていただいてありがとうございました。あなたにもアルマティ支部にも、相応の謝礼を……」
「ちょっと待ちな、ドクター」
レックスは結局口をつけていないコーヒーをテーブルに置いた。
「謝礼より先に、俺は補償の話が聞きたいね。あんたの可愛い弟分のおかげで、俺の身体はわりとヤバい状態になってるらしいんだが、それについてはどうお考えで?」
剣呑な視線をいったん受けとめたケヴィンは、次いで「エル」と従弟に冷ややかな目を向けた。
「きみ、何を言ったんだ?」
数分のち、ミスター・パーフェクトの怒声が室内に響きわたった。
「人体に有毒!? そんなこと、よくも口に出せたものだな! きみも研究者の端くれなら恥を知れ!」
「……そんなに怒鳴らなくても聞こえてるって」
わざとらしく両耳を手で押さえながら、エルは首をすくめる。
「いや、僕だって? まさか引っかかるわけないかなーって思ってたんだけど、わりと素直に信じてくれたものだから、これは意外といけるかなって……」
「何がどういけるんだ!? きみは! 今すぐ! 研究者倫理教育を基礎から受け直せ!」
「なんでそんな無意味なこと……講習内容なら全部暗記してるよ。なんなら今から暗唱しようか?」
「それでどうして身につかない……っ!」
「あーちょっといいか、ドクター」
二人の博士に、レックスは呼びかけた。
「あんたらの話を整理すると、俺が見つけた鉱石が人体に有害って話は嘘っぱち。まずこれ、合ってる?」
合ってる、とケヴィンはうなずいた。エルはと言えば、往生際悪く視線をあさっての方向へさまよわせる。
「何もかもが未知なんだ。僕のでまかせが真実になるという可能性も……」
「でまかせ」
レックスはわざとらしく腰のブラスターに手をそえた。
「なあドクター、嘘つきはどうなるって、エレメンタリーで習ったよな」
「嘘も方便という言葉なら習ったよ! いやだって、接触感染の危険がある物質を野ざらしする研究者なんているわけがないし、さすがに薬学も生理学も僕の専門外だし、ちょっと無理があるかなって思ってたんだけど、案外するっと信じてくれて嬉しいやら情けないやら……」
カチリ、とブラスターの安全装置を外してやると、「待て!」とエルは従兄の広い背中に隠れた。
「きみだって楽しかっただろう!? 長期休暇にドライブにキャンプ! 僕はすっごく楽しかった!」
「そいつは何よりだなあ、ドクター」
休暇という名のお守りとロケット弾つきのドライブと窮屈な車中泊。ひどく楽しい記憶を思い起こしながらブラスターをもてあそぶレックスを、もう一人のドクターが「まあまあ」となだめにかかる。
「あなたのお怒りはよくわかります。身内として、私からもお詫びを。そして、お約束します。これ以上あなたにご迷惑はおかけしません。彼は──」
つと、ケヴィンは隣の従弟に目を向ける。
「こちらで引き取りますので。あなたはどうぞサン・ルイスへおもどりください。帰路の手配はこちらで。補償については、謝礼とあわせて後日あらためてご相談させてください」
にこやかに語る敏腕医師を前に、レックスは曖昧にうなずいた。
どうしようもなく、煙草が吸いたかった。




