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ep.7 Mad Brain Doctor

「それで、ここからは僕の提案なんだが」


 ピザをあらかた食べ尽くしたところで、エルは口をひらいた。半分ほど中身の減ったビール瓶をかたむけ、緑の瞳をとろんとうるませて。


「このままマックスの故郷へ向かおうじゃないか」

「寝言は寝て言え。この酔っぱらい」

 

 煙草をくわえた唇をゆがめてレックスは応じた。


「んなヤバいもん抱えてドライブつづけろって? 冗談じゃないぜ。とにかくいったん支部にもどるぞ」


 襲撃者の正体は不明だが、マックス絡みであることは間違いなかろう。とはいえ、たんに鉱石の奪取が目的とも思えない。あの攻撃ではレックスとエルもろとも、鉱石も爆散してしまうからだ。


 そこまでやわな石じゃないよ、とエルは言っていたが、爆破の衝撃で吹き飛んだ石を後から探すのもかなりの手間だ。となると鉱石の破壊、ついでに関係者の口封じがねらいなのかもしれない。しかし、やはり何のためにという疑問はつきまとう。


 手榴弾で吹き飛ばした襲撃者を──もし生きていればの話だが──尋問したら何かわかるのかもしれないが、おそらくそちらも望み薄だろうとレックスは早々にその選択をリストから外した。


 あの雑なやり口は明らかに素人のものだ。裏社会の下っ端の下っ端、使い捨てには重宝するごろつき連中。おおかた事情など何も知らされず、金だけもらって依頼を受けたのだろう。締め上げるだけ労力の無駄だ。


「もどってアーニーに報告だ。あいつの伝手を使えば、俺らを襲った連中の尻尾もつかめるかもしれないしな」

「それはあまり賢明じゃないな」


 いたって常識的な判断に、エルは首をかしげてみせた。


「僕たちがもどったら、かえって迷惑をかけることになると思うよ」

「……支部も襲われるって?」

「もう襲われているかもしれないね。今日の襲撃がマックスに起因するものだとしたら、マックスが発見されたN-Ⅲエリアの採掘権を持つきみの職場も何らかのトラブルに……ああ、それはやめたほうがいい」


 携帯電話をつかんで腰を浮かせたレックスを、エルは片手をあげて止めた。


「電源はそのまま切っておいてくれ」


 なぜ、と言いかけてレックスは舌打ちした。


「逆探知か」

「あくまで可能性のひとつだけどね」


 電話は、昼間一度だけ使った。アーニーに連絡を入れるために。その通話から位置と進路を割り出され、廃鉱山で襲撃された可能性はおおいにあり得る。


「けっこう慎重なんだな、あんた。さっきの店で現金出した理由もそれか」


 カード決済は位置情報が特定されかねない。だから今どき珍しく紙幣で払ったのかと、めずらしく感心しかけたレックスだったが、当の本人は「いや?」と首をかしげた。


「あれはたまたま持っていたから。かさばって邪魔だったからちょうどよかった」

「邪魔ならなんで持ってたんだよ」

「昨日もらったんだよ。宇宙港からきみのとこへ行く途中で、知らない人から。急にぶつかられて治療費よこせなんて言われてね。まったく治療が必要そうに見えなかったから、僕がつくってあげればいいのかと思って新作のニードルガンで……」

「わかった。もういい」


 レックスは眉間をおさえてうつむいた。この一見世間知らずな青年が、ひとりで支部までたどりつけた理由がはからずも判明してしまった。


「なんで恐喝犯から逆に金巻き上げてんだよ……」

「巻き上げてない。あっちが勝手に押しつけてきたんだ。これで勘弁してくれって」

「これで頭の医者へ行けって意味だったんじゃねえの」


 ため息をついてレックスはソファに座り直した。


「必要ないね。これでも医学の学位持ちだ。専門は脳神経科学」

「あんた、医者なの?」

「医師免許は持ってない。医学分野の研究者というだけだよ」

「何が違うんだよ」

「誤解を恐れず言えば医師は技術者だ。免許をとるには臨床経験がいる。なにより高い倫理観が求められる。僕には無理だ」

「よかった、自覚あったんだな」


 レックスは新しい煙草をくわえて火をつけた。煙を吸い込み、いささか前のめりになっていた思考を落ち着かせる。


「社に連絡できないのはわかった。でもこのままってわけにもいかないだろ。あっちも危険なら、せめて知らせてやらねえと」

「もう知らせてあるよ」


 あっけらかんと告げられて、レックスはあやうくむせかけた。


「……いつ、どうやって」


「きみのところのセキュリティシステムを昨日組み直してあげただろう? そのマニュアルにね、書いておいたんだ。これから想定される攻撃とその撃退法と、念のための逃走経路についてもね。昼間ベイル氏に電話したとき、マニュアルをよく読むよう伝えておいたから、たぶん大丈夫なんじゃないかな。あ、社屋の迎撃装置もちょっと強化しておいたんだけど、余計だったかな? 警備部主任のきみの許可もとらずに勝手なことをして悪かった」


「……いや、いい。あんがとよ」

 

 もとよりアーニーのことはそれほど心配していなかった。あれでもアルマティで長年生き抜いてきた古狸だ。いまさら突発的な襲撃にうろたえるほど可愛げのある男ではない。


 それでも一報くらい入れておいてやるかと親切心を出してみたが、どうやらそれすら不要らしい。この危険でぶっ飛んだ学者さまさまである。


「これできみの懸念は払拭されたね! じゃあ明日からマックスの故郷を目指そうか」

「目指さねえよ」

「なぜ」


 なぜじゃねえよ、このイカれ野郎、とレックスは口の中で毒づいた。その、心底わかりませんという顔、最高にいまいましい。


「前も言ったろ。あそこは今とんでもなく面倒なことになってんだよ。その上さらに星を吹き飛ばす新種の鉱石だあ? んな危ねえとこに行けるかよ」


 ただでさえ火薬庫で火遊びをするような危険があったのだ。それが今では、火薬庫に爆弾を落とすくらいの危険度に跳ね上がっている。どう考えても、ここはいったん後退するのがまともな判断というものだ。


「そう、危険なんだ」


 つぶやくように、エルは言った。緑の瞳に、酔いとはべつの熱がゆらめいた。


「だから、じきN-Ⅲエリアは政府の管理下におかれるだろう。マクニールもどこも近づけない、厳重な管理下に。そうなったら、僕だっておいそれと近づけない。調査の許可をとるだけでおそらく年単位だ」


 淡々と語る科学者の顔は、昼間見た光景によく似ていた。静かで孤独で殺風景な、無人の荒野。


「時間がないんだ、レックス。だからお願いだ。僕を連れて行ってくれ。今を逃したら、僕はもうあそこへは行けない」


 エルは真っ直ぐにレックスを見た。その視線を、レックスは黙って受けとめた。指にはさんだ煙草を吸い、長く煙を吐く。


「……だめだ」


 そうか、とエルはうなずいた。最初からその答えがわかっていたというように。


「なら仕方ないね。これは言いたくなかったんだけど──現地に行かないと死ぬよ、きみ。僕もだけど」


 今度こそ、レックスはむせた。派手に咳きこみながら、床に落ちた煙草をつまみあげる。


「どういう意味だよ」


 にらみつけた先で、科学者はにっこり笑ってループタイの留め具をなでた。


「言葉どおりの意味だよ。詳しいことはまだわからないけど、どうやらマックスには人体に有害な物質が含まれているみたいでね。ごく微量でも体内にとりこまれると重篤な疾患を引き起こす可能性がある。放射能とは違うから、近くで見ているくらいじゃ影響はないけど、素手で触った僕ときみはアウトだね」

「……俺は触ってない」


 記憶をたぐって低い声で否定する。レックスがそれを拾い上げたときも、鑑別班の連中も、グローブを手にはめていたはずだ。


「触ったじゃないか」


 しかしそんなレックスの反論を、エルは悪魔のような笑みで打ち砕いた。


「昨日、僕を縛ったとき」


 昨夜、アパートの玄関でこの科学者を縛り上げたとき。紐代わりに使ったのは、この青年のループタイだ。それを襟から外すとき、たしかにレックスの指は留め具に触れた。毒物がはめこまれているとも知らずに。


「……決めた。あんたを殺す」

「それは困る。僕が死んだら治療薬が作れない。鉱石の成分分析と創薬の知識をあわせ持つ研究者は僕くらいだからね。さて、ファーストステップはサンプル採集だ。成分分析にはとにかくサンプルが大量にいる。それも早急にね」


 どうかな、とエルは組んだ指の上にあごをのせる。


「協力してくれる気になった?」


 エルの首にぶら下がるループタイ。ゆらゆら揺れるそれをむしりとり、細い首を締め上げる空想にレックスはしばしふけった。きっと一分もかからない。その後で、留め具を踏みつぶす。ダイヤより硬いというから、粉々にするのは無理だろうが。


「……あんた、途中から仕組んでたな?」

「とんでもない」


 エルはにこやかに首をふった。


「最初からに決まってるじゃないか」


 レックスは火の消えた煙草を噛みしめた。口の中いっぱいに、苦い後味が広がった。



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