ep.6 Junky Noisy Party Night
「──つうわけで、とっとと吐け」
ひと息で飲み干したビールの瓶をテーブルにどかんと置くと、三つ目のキャンディの包み紙をはがしていたエルは、きょとんとした顔で「何をだい」と返してきた。
「あんたが知ってること、あらいざら全部だよ」
このやりとり昨日もやったなと思いながら、レックスは新しいビールの栓を歯で抜いた。それすごいな僕もやってみたい、と目を輝かせているエルは、さながらハイスクールの不良にあこがれる優等生といったところか。
「今日のやつらに心当たりがあるんだろ? 縛られねえとしゃべれねえっつうんだったら、お望みどおりにしてやるぜ。なんならサービスで歯も抜いてやろうか。前から一本ずつ、麻酔なしで」
「ええ、やだなきみ、もしかしてサディズムの嗜好があるのかい? エコー部隊で拷問担当だったって記録はなかったけど」
「言ったろ。オールラウンダーなんだよ、俺は」
レックスはため息をついてビールの空き瓶に灰を落とした。
荒野の襲撃から数時間後、レックスとエルはとある街のモーテルに落ち着いていた。街でほぼ唯一らしい食料品店で酒とジャンクフードを調達し、値段のわりに広い(だけが、これまたほぼ唯一の取り柄らしい)ツインの一室で、ささやかな食事会兼尋問大会を始めたところだ。
ちなみに、勘定はエルがもった。味覚がお子様なのか、毒々しい色合いのキャンディやら巨大なチューイングガムやらをキャッシャーに積み上げた二十八歳児は、レックスの苦り顔をよそにポケットから引っ張り出したくしゃくしゃの紙幣で会計を済ませていた。
「心当たりというか」
その戦利品であるキャンディをなめながら、エルは首をかしげた。
「ああいう手合いは日常の一部みたいなものだから……ねえ、これみんな同じ味がするんだけど」
「悪いドクター。もういっぺん」
「キャンディが全部砂糖味」
いや、そっちじゃない。
「日常ってどういうことだよ。あんた、じつはマフィアのファミリー出身とか?」
「まさか。いたって普通の家庭だよ。知っていることを訊くのは時間の無駄じゃないのかな」
ねえ? と意味ありげな視線を送ってきたエルに、レックスは沈黙で応えた。
この青年については、昨夜のうちにあらかた調べていたレックスである。どこぞのマッドなハッカーとちがって、一般に公開されている情報をあさっただけだが、それでも収穫はかなりのものだった。
エディ・ローレンス。二十八歳。鉱物学界期待の新星。そして、不世出の天才。
幼少期は飛び級をかさねて十二歳で大学入学。十三歳で執筆した論文が世界的権威のある科学雑誌のトップをかざり、十四歳で画期的な鉱物組成測定法を編み出す。十六歳で理学の博士号を取得。さらに十八歳で工学博士、二十歳で哲学博士、二十五歳で医学博士取得。企業との共同研究十三件、特許七件……
冗談のような経歴に目を通しながらレックスは何度もうなった。しまいには煙草をくわえたまま天井をあおいだ。オーケー、こいつは化け物だ、と。
「んじゃ、これだけ教えてくれよ、ドクター」
「なんなりと」
「なんで哲学博士まで持ってんだ?」
「哲学はあらゆる学問の基本だよ」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、あとは哲学科の教授に嫌味を言われたから、というのもちょっとあったんだけどね」
「絶対そっちが本音だろ」
レックスはじとりとした目でエルを見た。こいつの「ちょっと」は信用できない。
「いや、哲学も修めていない人間とは議論できないと言われたものだから、そういうものかと思ってね。学んでみたらじつに面白かった! 今では彼に感謝してるよ。お礼に学会で彼の論文の穴を二十個ばかり指摘してあげたら、泣いて喜んでくれたっけ」
「そうやってつくりまくった敵が、被害者の会結成して襲ってきたってわけか」
「そんな組織力と行動力が彼らにあるなら、今すぐ弟子入りしたいところだね。そうじゃなくて、僕の特許とか、ここ──」
エルは自身の頭を指でたたく。
「ねらいで襲われることはしょっちゅうだから、最初はそれかなと思ったんだけど、今回は違うだろう?」
確かに、とレックスもうなずいた。
今回の襲撃者は獲物を殺す気でかかってきた。天才学者の頭脳がお望みなら、生かして捕らえる方法をとるはずだ。荒野でロケット弾をぶっ放すような、粗雑で乱暴きわまりないやり方ではなく。
「じゃあ何なんだよ。今日のやつらの狙いは」
「さあね。まあ、他に思い当たることといえば、やっぱりこれかな」
エルは首のループタイを指さした。正確には、留め具におさまった黒と緑の鉱石を。
「マックス?」
「マックス」
しばらく待ったが続きはなかった。ビールの空き瓶とピザの箱をはさんで、間の抜けた沈黙がひとめぐりする。
「だから何だよ!」
「だからわからないんだって! いちいち大声出さないでくれ! 僕の聴覚は正常だ!」
たまりかねてレックスが怒鳴ると、エルも負けじと声を張り上げる。
「あんたこそキャンキャンうるせえよ! その石っころがどんなヤバいもんなのかって訊いてんだ!」
「ヤバいかヤバくないかも不明なんだ! きみは今日いったい何を聞いていた!? いいかい、これは構成元素すら不明の鉱石で、人類にどんな恩恵はたまた災厄を引き起こすのかも不明! 唯一わかっているのは、このかけらひとつで星ひとつ吹き飛ばせるエネルギーを秘めているかもしれない──」
「答え出てんじゃねえか!」
この日一番の大声でレックスは叫んだ。
ビール瓶で目の前の金髪をかち割ってやらなかった自分をほめてやりたい。缶だったら絶対やってた。あれなら投げても死なないから。たぶん。
ヤバい。これはもうとんでもなくヤバい。未知の鉱石もさることながら、この青年が何よりヤバい。星を破壊するほどの危険な代物を、なぜ首にぶら下げているのだ、このイカれ学者は!
「もし今日俺たちがやられてたら、この星ごと吹き飛んでたってことか!?」
「きみ、本当に何も聞いてなかったんだな! 物理的衝撃だけで爆発するわけないだろう。成分抽出して原子炉に放り込めば核分裂エネルギーであるいは、という可能性の……」
「つまりヤバいんじゃねえか!」
「だから違うと言っている! ああもう話が通じないな、きみは! エコー部隊は殴り込み部隊だと聞いたことがあるが、つまりは脳筋集団なんだな!? そうなんだろう!」
「ちげえわ! あと脳筋なめんな!」
結局最後は筋肉が勝つ。前職で世話になった上官の言葉である。冷徹な頭脳派として通っていた部隊長の、敗北を宣言するような苦渋に満ちた顔は今でも昨日のことのように……などとレックスが過去をなつかしんでいたところで、ドン! と壁が鳴った。
隣室の客が壁を殴ったのだろう。安モーテルの薄い壁の向こうで、誰かが何かを叫んでいる。静かにしろ殺すぞ、とか何とか。聞きとれなくてもだいたいわかる。
「……とりあえず、食うか」
「そうだね」
空腹では苛立ちもつのる。声も大きくなる。百害あって一利なしだ。話は腹を満たしてから、と一時休戦して、二人は黙々とピザを口に運んだ。しけた街の、しけたモーテルの一室で。




