ep.5 Crazy Baseball
「……おい」
轟音がおさまったところで、レックスは腕の中の青年に呼びかけた。
露天掘りの穴を二メートルばかり降りた先、階段状の壁に二人は身を預けていた。レックスはエルをかばうように覆いかぶさって。
「生きてっか?」
返事のかわりに、エルは派手に咳きこんだ。あたりには濛々と砂ぼこりが立ちこめ、頭上から砂や小石が降りそそぐ。
おそらく、対戦車用ロケット弾あたりを撃ちこまれたのだろう。エルの表情の変化で、ぎりぎり反応できたレックスである。さもなくば今ごろ二人仲良くバーベキューになっていたはずだ。
「……いったい、なにが……」
「襲われたんだよ。生きてるなら移動するぞ」
砂ぼこりで視界がきかないうちに、なんとか車まで戻らなければならない。敵の正体も目的もまったく見当がつかないが、どうやら程度の低い輩であることはわかった。
自分だったら、とレックスは考える。人よりまず車を潰す。荒野のど真ん中で足さえ奪えば、あとは標的を殺すも捕えるも思いのままだ。そんな基本も押さえていない素人なのか、はたまた最初から脅しだけのつもりなのか、それを考えるのは後にしたほうがよさそうだった。
ブラスターを構えながら、レックスは片手で岩の壁をよじのぼった。穴のへりから注意深く周囲をうかがい、素早く身を引き上げて腹ばいになる。
「急げ」
エルの腕をつかんで引っ張り上げ、抱えるようにして走り出す。
近くに停めてあった車に転がるように乗りこみ、エンジンをかけて急発進したところで、ドン! とまた地面が揺れた。一瞬前まで車があった地点に、二発目が着弾したのだ。
遅えよ、と口の中でつぶやいて、レックスはアクセルを踏みこんだ。
「なんだい、これは!」
助手席に放りこまれたときにぶつけたらしい額を押さえながら、エルが叫んだ。
「なぜ僕らは襲われてる!」
「俺が知るか!」
「本当かい!? 敵対会社の襲撃じゃないのか!? マクニールは相当恨みを買ってるらしいじゃないか!」
「んなのどこも同じだっつの! とにかく俺は知らねえよ!」
猛スピードでジグザグ走行する車内では、自然と声も大きくなる。
「じゃあ個人的な怨恨の線は! きみなら痴情のもつれとか!?」
「それこそねえよ! そう言うあんたはどうなんだ!」
「なくはないね!」
「あるのかよ!」
断続的に撃ちこまれるロケット弾の衝撃に、車は左右だけでなく上下にも激しく揺れる。舌を噛まないようにするのが精一杯だろうに、助手席の青年は「レックス!」と叫んだ。
「なるべく、穴から離れてくれ! 芸術が! こわれ……っ!」
「そんなん気にしてる場合かよ!」
最後のあたりで天井に頭をぶつけて悶絶しているエルに罵声を返し、レックスはハンドルを切った。
バックミラーを動かすと、砂塵の向こうに一台のピックアップトラックが見えた。思ったとおり、キャビンの上にロケットランチャーを積んでいる。とりあえず、あの弾が尽きるまでは逃げつづけるしかない。
「このままだとまずいんじゃないかい!?」
「かもな!」
車が左に急旋回し、遠心力にふられたエルはサイドガラスに頭をぶつけた。
「いまの絶対わざとだろう!」
「気のせいだぜ、ドクター!」
むう、と頬をふくらませたエルは、何を思ったか助手席のシートを倒した。危ない、というレックスの声を無視し、後部座席に手をのばして黒いバッグを引きよせる。
「レックス! きみ、ベースボールの経験は? ポジションはどこだった?」
「はあっ!? なに言って……」
ドカン! と右後方に衝撃。車が一瞬宙に浮く。
「どこだった!?」
「バッターだよ!」
半ば自棄になって叫ぶと、「なんだ」とあからさまにがっかりした声が返ってきた。
「ピッチャーじゃないのか」
悪かったな、と隣をにらんだレックスはぎょっと目を見ひらいた。助手席に腹ばいになってバッグを探っていたエルの手に、黒い球状のものが握られていた。
「……っんた、それ!」
見慣れた形とはやや異なるが、それは明らかに投擲式の小型爆弾、すなわち手榴弾だった。
「仕方ない、僕がやるか」
「あんた、ピッチャーだったのか!?」
「まさか! ルールも知らないさ!」
堂々と言いきられてレックスは天をあおいだ。
「貸せ」
右手で手榴弾を奪いとり、一瞬ハンドルから手を離して窓を開ける。砂混じりの暴風が前髪をはね上げる。
「ピン抜いて何秒!?」
「五秒。爆散距離は約十メートル。破片は散らない攻撃型」
よどみない回答に「了解」と返し、レックスは速度計に目を走らせた。後ろの車との距離と速度を計算し、アクセルをゆるめて車間距離を詰める。
「合図したら運転代われ」
「オーケー。初めてだけど頑張るよ! ちなみに運転てどうやるんだい!?」
レックスは悪態を二言三言吐き出してハンドルを叩いた。
「ここを押さえてこっちを踏んでろ!」
「丁寧な説明ありがとう!」
エルは助手席から身をずらし、いつでもどうぞと目配せした。
「──今だ!」
ハンドルから手を離し、レックスは窓から上半身を出した。口で手榴弾のピンを抜き、鋭いモーションで後続の車に投げつける。
数秒後、荒野に爆炎があがった。
「……ナイスピッチング」
隣から称賛が送られた。ご丁寧に拍手つきで。
投げてすぐに運転席にもどったレックスに、こちらも助手席にもどったエルが無邪気に尋ねてくる。
「本当にピッチャーじゃないのかい?」
「……じつはオールラウンダーでね」
バックミラーに映るのは、炎に包まれて横転するピックアップトラック。黄昏時の荒野を照らす物騒なキャンプファイヤーは次第に遠ざかり、やがて地平の向こうに消えていった。
「さっきの、あんたの私物?」
「お手製だよ! やっぱり採掘現場には爆薬だよね」
そんな、スタジアムにはビールだよね、みたいに言われても。
レックスはくわえた煙草を深く吸い込んだ。くらりとほどける頭の隅で、昨日の指示を思い出す。絶対に一人にするな。手を離すな目を離すな。首に縄をつけてでも捕まえておけ……
「……とんだ危険物だよなあ」
「そうかい? ダイナマイトに比べれば大したことないよ。あ、そっちもあるけど、見るかい?」
わくわく顔でバッグに手を突っこむエルに「あとでな」と返し、レックスは煙を吐いた。開けた窓から白い煙が流れ、ぬるい夜空に溶けていった。




