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ep.4 Drive with Scientist

「すごいね、これは!」


 茜さす空の下で、科学者は叫んだ。


「じつにすばらしい! これぞ自然がつくりだした芸術だ!」

「掘ったの人間だけどな」


 アルマティの中心街からおよそ八百キロ西の荒野。砂と岩の大地に穿うがたれた巨大な穴のへりに、二人は立っていた。エルの「一生のお願い」により、レックスが半日のドライブを経て連れてきてやったのである。


 資源採掘惑星アルマティには、多くの鉱山、採掘場がある。そこを見学したいのだと、エルは語った。


「まずはウルのリチウム鉱山だね」


 昨夜、拘束を解いてもらった後で、若き鉱物学者はビール瓶を片手に熱弁をふるったものである。


「この惑星(ほし)最初にして最大規模の露天掘り! アルマティ開発の先駆となったこの鉱山は外せない。子どもの頃写真で見てからずっと行ってみたいと思ってたんだ。あとはイェルツの銅山とレイトパークのボーキサイトと……」

「一生のお願い多くねえ?」


 煙草片手にやはりビールをあおっていたレックスは、束の間の同居人に胡乱(うろん)な目を向けた。


「てか、いまあげたやつ全部廃坑になったやつだろ。レイトパークに至っちゃ海の底だ」

「知ってるよ。レイトパークは惜しかった。テラフォーミングの代償とはいえ、あれを水没させるなんて当時の為政者は狂っていたに違いない!」


 当時の為政者にもそれなりの言い分があったに違いないし、そもそもこいつにだけは言われたくなかろうとレックスは思ったが、面倒なので口には出さなかった。


「じゃあなんで行きたいんだよ。いま行ったって何もないだろうが」

「それがいいんじゃないか! 崩れた坑道、無人の廃墟! これをロマンと呼ばずしてなんと呼ぶ!」

「はいはい、あんた酒弱いのな」


 適当にいなしたレックスだったが、エルの気持ちは──なんとなく悔しいが──よくわかった。廃墟、廃屋、秘密基地。ほの暗い魅力をたたえたその響きは、とっくに失くしたはずの少年心をくすぐってやまない。


「言っとくけど、全部は無理だぜ。せいぜい車で行けるとこまでだ」

「充分だよ」


 ありがとう、とエルは笑った。ありがとうレックス、と。

 

 それから二人はビールの空き瓶を量産しながら、地図をはさんでああだこうだと意見を出し合い、一週間の廃坑見学ツアーを組み上げた。


 翌朝は快晴で、レックスとエルは若干の二日酔いをサングラスの下に隠し、西の荒野に向けて出発した。


 ドライブは順調だった。街を出ると途端に車の数は減る。ほぼ無人のハイウェイを時速百キロ超で飛ばしながら、レックスは左手でハンドルを操り、右手の煙草をときどきコーラやホットドッグに持ち替えた。

 BGMは助手席の科学者のおしゃべりだ。話題はもっぱらマックスについて。新種の鉱石は今日もエルの首元を飾っている。ドライブにはいささか不似合いな、ループタイの結び目で。


「一見ベリルのようなんだけど、硬度がまるで違うんだ。硬度計にかけたら、なんとダイヤモンドより硬かった! でも炭素は検出されなくてね。そこで放射光マイクロX線CT装置で三次元構造分析を……」


 尽きることのない鉱物学講義は眠気覚ましにちょうど良かった。


 エルの不眠不休の調査──本人いわく、眠るなんてもったいない!──により、マックスはまったく新種の鉱物であることが判明し、エルは勤務先の研究所に現地調査の申請をしたその日のうちに、アルマティ行きのシャトルに飛び乗ったということだった。


 ちなみに、宇宙港へ向かう前に隣の州の大学に寄ってレックスの過去を調べ上げ、その足で今度は目についたカジノに飛びこみカウンティングを駆使して旅費を稼ぎ、偽造IDでチケットを買った……という、通報すれば十個くらい罪名がつきそうな行為については、聞こえないふりをした。世の中には知らないほうがいいこともある。


「次は周辺の地質も調べないといけないからね。時間がいくらあっても足りないよ!」

「いちおう訊くけど、その調査許可って下りたんだよな?」

「さあね。それって重要かい?」

「……さあな」

 

 車の中で、アーニーに電話をかけた。これから一週間留守にするとの事後報告にアーニーは当然ながら怒り狂い、携帯電話は怒声と罵声のスピーカーと化したが、横から電話をかっさらったエルが話し始めるとほどなく静かになった。


 帰ったら裏帳簿の管理システムをつくってあげるよ、とか何とか聞こえた気がしたが、これまた聞こえないふりをしたレックスは、もどってきた電話の電源を切って後部座席に放り投げた。


 乾いた風が、荒野を吹き抜ける。


 運転しっぱなしでさすがに固くなった体を伸ばし、レックスは空を見上げた。

 薄雲たなびく空の下、黄褐色の大地に立つのは二人だけ。まるで世界から取り残されたような、少しの孤独と奇妙な解放感。


 どうかしてるな、とレックスは煙草をくわえて火をつけた。


 昨日から、まったくどうかしている。初対面の人間を家にあげ、一晩泊めたあげくに今日は一日ドライブときた。いくら上司命令でも、本来の自分なら絶対にとらないであろう行動のオンパレード。


 それはきっと、この青年を警戒しているせいだ。そうレックスは自分に言い聞かせる。自分の過去を知る男を監視しているだけなのだと。けっして酔狂な廃坑ツアーに心惹かれたわけではなく、ましてやこの口数の多い青年に興味を持ったわけでもなく──


「──って、おい」


 そういえばさっきから静かだな、と横を見たレックスはあやうく煙草を落としかけた。


「すまない」


 さっきまで隣ではしゃいでいたはずのエルは、鼻をすすりあげて目をこすった。


「目に砂でも入ったか?」

「ちがう」


 指の間から、水の粒が転がる。丸く透明な水滴は、西日をはじいて宝石のように見えた。


「絶対に、来られないと思っていたから」


 大げさだな、という台詞をレックスは呑みこんだ。誰が何に感動しようが、他人がとやかく言うことではない。


 それでも、とレックスは内心首をかしげた。アルマティはたしかに辺境の惑星だが、前人未踏の秘境というわけではない。鉱物学者として調査に来てもいいし、ただの休暇で訪れてもいい。現地案内人を見つけるのは多少苦労するかもしれないが、不可能ではない。


 なんなら俺が……と、そこまで考えたところでレックスは頭をふった。つくづく、今日の自分はどうかしている。


「きみにはわからないだろうね」


 ほんの少し、他者を突き放すような、拒絶するようなつぶやきに違和感を覚えたレックスだったが、エルはすぐに目尻をぬぐって綺麗に笑った。


「ここがどんなにすばらしいか、一日かけて説明してもまだ足りないよ! いいかい、まず露天掘りというのは、このように地表から渦を巻くように掘っていく極めて原始的な手法ながら、最初の地形と地質の見極めが肝心で……」


 すっかり通常運転のエルに、レックスはほっとしたような、はぐらかされたような、何とも言えない気持ちを煙とともに吐き出した。


「……つまり、この図面を引いた技師はまぎれもない天才というわけだ。ここまで美しい渦は全宇宙探しても他にない!」

「あんた最初自然がどうとか言ってなかった?」


「自然と人間がつくりだした、まさに究極の芸術ということだね! あ、ちょっと降りてみていいかい?」

「駄目に決まってんだろ。危ねえ」


「ちょっとだけ! ちょっともぐって明日の朝には出てくるから!」

「全然ちょっとじゃねえだろうが!」


 早くも駆け出そうとする科学者の襟首をつかむと、ふりむいたエルは驚いたように目を見ひらいた。その視線の先を追ったレックスは──


「──っ!」


 エルをつかんだまま、穴の中に飛びこんだ。一瞬の後、すさまじい振動と轟音が荒野に響きわたった。




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