ep.3 Biggest Favor in His Life
惑星アルマティの中心街、サン・ルイス。アルマティの住民のじつに六十パーセントが暮らすその街の一角に、レックスの住まいもあった。
「ま、とりあえず入んなよ」
街にネオンが灯るころ、上司命令で面倒を見るはめになった青年とともに、レックスは帰宅した。
最初は、支部内の宿泊棟にこの学者様を放りこむつもりだったのだが、どこかの馬鹿がセキュリティシステムとともに電気配線を傷つけたらしく、復旧するまで使用不可となってしまった。
ならばと適当なホテルを探しかけたレックスだったが、絶対に一人にするな、という訳のわからない本社命令と、その他レックスの個人的な事情により、やむなく自宅に連れ帰ることになったのだ。
車の助手席に科学者を乗せ、渋滞した通りをのろのろ進み、ようやくたどり着いたアパートの扉を開けたレックスは、
「──うえっ!?」
流れるようにエルを床に押し倒した。ついでに首のループタイを奪いとり、持ち主の両手を背中で縛ると、一丁あがりと居間のソファに放る。
「……じつに見事な手際だね」
「どうも」
エルの向かいに腰を下ろし、レックスは煙草をくわえてライターで火をつけた。片手に煙草を、もう片方の手でブラスターを握りながら、「じゃ」と客人に切り出す。
「吐きな」
「何をだい?」
乱れた金髪を頬にはりつけた青年は、目をぱちぱちとさせて首をかしげた。二十代後半の男にしては子どもっぽい仕草が、この青年には妙に似合う。
「あんたが俺について知ってること全部だよ。どこでどうやって調べたのか、なんで調べたのか、あらいざらい吐きやがれ」
この変人学者をわざわざ自宅に招き入れた、最大の理由がこれだった。誰にも邪魔されずに、この不審者を尋問すること。もしかしたら尋問が拷問になるかもしれないが、そこはまあ、相手の協力次第といったところだろう。
「なぜと言われても」
両手を拘束され、目の前で銃をちらつかされている状況にもかかわらず、エルの声も態度もいたって平静だった。
「きみのことが知りたかったからなんだが」
「だから、なんでだよ」
「気になる相手のことは知りたくなるものだろう?」
「そうかい。俺は気になる相手の頭に風穴開けたくなるけどな」
「おや、熱烈だね」
にこりと笑う青年を前に、レックスはしばし無言で煙草をふかした。
エルと名乗ったこの青年の、落ち着きぶりは本物だ。そしておそらく嘘も口にしていない。本気で、純粋に、好奇心からレックスの過去を調べた。ただそれだけだと緑の瞳が語っていた。
「質問を変えるぜ。どうやって調べた」
「大学の図書館で」
「すげえな、最近の大学は。そんなことまでわかるのか」
レックスは身を乗り出し、ブラスターの銃口をエルの額に押しつけた。
「なあ先生、お互い無駄は省こうぜ。嘘はついちゃいけないって学校で習ったろ?」
「嘘じゃない」
エルは心外そうに唇をとがらせた。
「きみこそ、むやみにひとを疑うなと習わなかったのかい。図書館の端末から調べたんだ。僕の研究室からだと、ばれたときに面倒だからね。まあ、そんなヘマはしないけど。でも念には念を入れて隣の州の大学まで行ったんだよ。手間はかかったけど、あれはあれでなかなか愉快な経験だったね。学生IDを偽造してもぐりこんだんだけど、興味深い講義もいくつか聴けたし、学食も安くて美味しかった! あ、検索は昼休みに済ませたよ。ダミーの蔵書検索画面を貼りつけて、書名に見せかけた暗号プロトコルを……」
「わかった、もういい」
嬉々として語られる犯罪行為を、レックスはさえぎった。気のせいか、こめかみの奥がうずきはじめる。
「つまりハッキングしたんだな?」
「そうとも言うね」
「そうとしか言いようがねえだろ。で、どこをやったよ。国防省か? 統帥本部か?」
「両方だよ。あとは情報局も少々」
レックスは煙草をはさんだ指でこめかみを揉んだ。気のせいではなく頭痛がする。この、前職でもお目にかかったことがないほどの超凄腕ハッカーを前にして。
「……あんた、消されるぞ」
「その前にきみに撃たれそうなんだが。とりあえず下ろしてくれないか? これ」
痛い、と訴えられて、レックスはエルの額に押しつけていた銃口を離した。知らず知らずのうちに力を込めていたらしい。青年の白い額には、くっきりと赤い銃口の跡が浮いていた。
レックスの前職は軍人である。十八歳で連邦宇宙軍に入隊し、その二年後に軍内部の特殊工作班第五中隊、通称エコー部隊に引き抜かれた。そこであまり表に出せない任務をこなすこと五年、とある事件をきっかけにレックスは軍を離れ、一年ほどの空白期間を経てマクニール社で働きはじめた。
前職についてはアーニーをはじめ誰にも話したことはないし、訊かれたこともない。余計な詮索はしないのが、この惑星の流儀だ。
そのエチケットを遠慮なくぶち破ってくれた青年を、さてどうしてくれようかと、レックスは考えこんだ。
「……ここであんたの頭を吹き飛ばしてやるのが一番簡単かねえ」
「それは困る」
半ば脅しのつぶやきに、エルは童顔をしかめた。
「マックスの故郷に行くまでは死ねないんだ」
「マックス?」
「きみが見つけてくれたこれだよ」
エルは背中でかるく手を動かした。ループタイで縛られた親指の間で、黒と緑の鉱石が揺れた。
「ああ、心配しないでくれ。あくまで仮称だ。発見者のきみの名をつけてもよかったんだけど、まったく同じというのも芸がないと思ってね。正式な命名権は第一発見者のきみにあるから、なんでも好きな名をつけてくれ」
「いや、いいわ。それで」
マックス。おそらくマクニール社のレックス、というあたりから名付けたのだろう。どちらにせよ芸がないとレックスは思ったが、わざわざ新しい名を考えるのも面倒だ。もともと鉱石の名などに興味もない。だったら興味のありすぎる学者先生に名付けてもらったほうが、石も幸せというものだろう。
「で、先生はその場所に行けたら、もう思い残すことはねえと」
「そうだね。その後はきみの好きなようにしてくれて構わないよ。きみのプライバシーを侵害したことについては、それなりに反省してるんだ」
「それなりじゃなく猛省しな。それで? 抜いた情報どうしたよ。まさか誰かに売ったりしてねえよな」
「まさか。今回の件はあくまで僕個人の趣味嗜好に基づいた行動だ。それに、秘密はひとりで楽しんでこそ価値がある」
エルは胸を張って主張したが、発言内容がそこはかとなく変態くさい。ついでに、さっきから倫理観が完全に迷子である。
「なら今後も黙っとけ。少なくともそいつの故郷を訪問するまでは」
「了解した。ところでレックス、いちおう合意に達したところで、きみに提案があるんだが」
「なんだよ」
「きみの過去を黙っている代わりに、ひとつ頼みをきいてくれないかい?」
「あんた全然反省してないじゃん」
迷子になった倫理観が極悪人になって帰ってきた。こいつの親は大変だったろうなあ、とレックスは会ったこともないエルの親族に同情した。
「俺を脅迫しようってか?」
「とんでもない。ただのお願いだよ。いや、一生のお願いかな。どうか僕を哀れと思って頼みをきいてくれないか」
「いや、まったく哀れまねえけど」
まあ言うだけ言ってみなと促してやると、エルはぱっと顔を輝かせた。
「そう難しいことじゃないんだ。じつはね……」
それから結局夜が更けるまで、レックスはエルの「お願い」に耳をかたむけたのだった。




