ep.21 Most Ultra Selfish
レックスが特殊工作班第五中隊、通称エコー部隊に引き抜かれて五年目のこと。とある作戦行動のさなかに、レックスが指揮する分隊は撤退命令を受けた。
命令を受信したレックスは唖然とし、次に通信の偽装を疑った。それほどに、ありえない指示だったからだ。
当時、分隊をひとつ任されていたレックスは、地球政府と敵対関係にあった辺境惑星タウロスに潜入し、親地球政府派の地下抵抗組織と共同戦線を張っていたところだった。
行動をともにして半年近く、すでに互いを信頼できる仲間と認めていた。戦況は、どちらかといえばレックスたちに不利だったが、戦意を喪失するほどではなく、むしろここから逆転してやろうと作戦を練っていたところだった。
そんな折に下された突然の撤退命令に、レックスは強く反発した。ここで自分たちが抜ければ、あとに残されたレジスタンス組織が一気に壊滅させられることは火を見るより明らかだった。
レックスはくりかえし命令の撤回を求めたが、その意見はすべてはねつけられた。理由を聞かせろと食い下がっても、上層部の政治的判断、という言葉以外は返ってこなかった。
多分に推測まじりだが、どうやら地球政府とタウロス政府との間で秘密裏に交渉が進み、和解の目途が立ったということらしかった。そこで邪魔になったレジスタンス組織が切り捨てられた。
つまりはそういうことかと問い詰めたレックスに、通信機の向こうの人間は沈黙をつらぬいた。
苦渋の思いで撤退を告げたレックスを、レジスタンスのリーダーは責めなかった。かつてタウロス政府に家族を殺されたというその男は、かすかに笑って、そうか、と言った。そうか、じゃあ元気で、と。
それから一週間後、地球にもどるシャトルの中で、レックスは地球政府とタウロス政府の和平協定締結のニュースを聞いた。メディアはこぞって、レジスタンス組織こそが和平をさまたげていた障害であったと報じていた。レジスタンスのリーダーの戦死と、それにつづく組織の壊滅により、両政府の対話がようやく実現したのだと。
「レックス」
静かに名を呼ばれて、レックスは短い追憶から覚めた。
「もう行ったほうがいい。早くしないと、きみは長距離走で世界新記録を打ち立てなきゃならなくなるよ」
「……なあ」
ドクター、とレックスは呼びかけた。世界一の頭脳をもつこの青年なら、もしかしたらと思いながら。
「それが正しいのか?」
ずっと考えていたのだ。撤退命令に従ったあの日から、軍を離れた後も、ずっと。あのときの判断は、本当に正しかったのだろうか、と。
軍人にとって命令は絶対だ。そもそも軍隊という統制された暴力組織において、兵士は一挺の銃のようなもの。そこに個人の意思など存在しない。誰に銃口を向けるのか、いつ引き金を引くのか、決めるのは戦場にいない別の誰かだ。
だから、最終的にレックスが命令に従ったのも正しいことだった。正しいはずだった。他に途もなかった。
あのままレジスタンス組織のもとに留まっていたら、レックスの分隊もタウロス政府軍の総攻撃に巻きこまれていたところだった。部下を故郷に連れ帰るためにも、逃げられるうちに逃げなければならなかった。それしかないとレックスは決断した。部下もその判断を支持した。それなのに、
「教えてくれよ」
あとになって、わからなくなった。今でもわからない。考えることに疲れ果て、もうやめようと思ってもやめられない。あの男の顔が頭から離れない。元気で、なんて。あの台詞はどんな気持ちで──
「さあね」
じつにあっさりと、エルは答えた。
「それは決定不能問題というやつだよ。解は存在しない。正しさというのは人の数だけあるからね。それぞれが納得する道を選ぶしかない」
似たようなことを、あの男も言っていた。別れ際に、レックスは彼に降伏をすすめた。もう勝ち目はないのだから、せめて命だけでも助かるように立ち回れと。
そうだな、と彼はうなずいた。そうだな、多分おまえが正しいんだろうと。
だけど、と彼はその後にこう続けた。だけど、どうにも納得できそうにないな、と。
「だからね、レックス」
エルは自信満々といったふうに胸をそらした。
「きみは、僕が納得するように動けばいい」
「…………は?」
レックスの口から間の抜けた声がこぼれた。
ちょっと待て。話の筋が非常におかしい。
「そこは俺の納得するほうだろうが」
「知らないよ、そんなこと。言っただろう? 人の数だけ正しさがあるって」
ちょっとしたお遣いでも頼むように、エルは「だからさ」と続ける。
「頼むよ、レックス。僕の正しさのためには、きみの協力が必要なんだ」
レックスはまじまじとエルの顔を見つめ、それからぶはっと噴き出した。そのままげらげら笑いだす。
「レックス?」
腹をかかえてレックスは笑った。おかしすぎて涙まで出そうだ。
なんて馬鹿馬鹿しい。我ながらどうかしていた。このドクターに解を求めようなんて。この世界一頭がよくて、宇宙一自分勝手なイカれ野郎に。
ひとしきり笑うと、レックスは胸元から煙草を取り出して口にくわえた。火をつけて深く吸い込み、夜空に煙を吐き出す。
あの男とは、わりと気安い間柄だった。酔っ払うとうるさくて涙もろくて面倒くさい男だったが、状況判断は的確だったし、勘も良かった。軍隊の世界に向いてるんじゃないかと、半ば本気で勧誘したら、脳筋の世界は性に合わないと返されて、最後は殴り合いの喧嘩になったこともある。
会いてえな、とレックスは思った。
ややこしい話はどうでもいい。酒をまわして煙草をふかして、くだらないジョークで盛り上がる。それだけでいい。それだけを、もう一度。
「おい、ドクター」
レックスはヘリに歩みより、側面のギアボックスをのぞきこんだ。
「もういっぺん試すぞ。使える部品があるかもしれねえ」
「レックス!?」
動揺をあらわにするエルの姿に、少しだけ溜飲が下がる。ざまあみろだ。そうそうこいつの思い通りにばかりなってたまるか。
「僕の話を聞いてなかったのかい!? さっさと行けって言ったんだよ!?」
「聞いてた聞いてた。だからこうやってんの。好きなようにすんのが正しいんだろ? それさっきの俺の台詞じゃん。とるなよ、ドクター」
「そうじゃない……そうなのか? いや、違う。それはだめだ。僕が困る」
「ご愁傷様」
心のこもっていない慰めを放って、レックスはギアボックスに手を突っこんだ。残り時間はあと二十分と少し。間に合うかどうかとか、そんな余計なことを考えている暇はない。こうるさい科学者の相手をしている暇は、さらにない。
「ああもう」
かがみこむレックスの横で、エルが機体に寄りかかる。勢いをつけすぎたのか、頭のあたりでゴンといい音がした。
「これだから脳筋は」
「しつけえな、あんた」
レックスが舌打ちして目を上げたときだった。機内のスピーカーがプツッと鳴った。
二人は顔を見合わせ、はじかれたようにヘリに飛びこんだ。狭い機内で身を寄せ合ってコンソールにかがみこみ、通信装置を調整する。
数秒後、騒々しいノイズがぷつりと途切れ、ざらついた音声が機内に響いた。
『──エディ?』
触れた肩先から、エルの震えが伝わった。




