ep.2 Better of two Evils
「だって仕方ないじゃないか」
来客用のソファにちょこんと──という表現を成人男性に使ってよいものかはさておき──おさまった青年は、小さな唇をとがらせた。
「視察団の人員選出に一週間。シャトルの手配に一週間。おまけに監査の準備に一週間! なんて無意味な時間の浪費だ! そんなものを待っていたら、僕の寿命は尽きてしまう!」
「いや、尽きねえわ」
青年の向かいで足を組み、レックスは煙草に火をつけた。
社屋のセキュリティダウンからおよそ三十分。支部長室から応接室へ連行された侵入者、もとい鉱物学者は、紙コップのコーヒーをひと口飲むなり顔をしかめた。
「ひどい味だ」
「悪かったな」
辺境では貴重な嗜好品をわざわざ出してやったのに、この態度である。この場にアーニーがいなくてよかったと思いながら、レックスもコーヒーをすすった。香りも酸味も何もない、ただ苦くて黒ければいいだろうと主張しているような液体を。
「それで? 待ちきれないドクターは一人で先に来ちまったってわけか」
「そうだよ。他のメンバーが到着するのは一か月後かな。それまでよろしく頼むよ、ミスター・レイノルズ」
「レックスでいい」
煙草をふかしながら、レックスはあらためて目の前の青年を観察した。
金の髪に緑の瞳。知的に整った、しかしどこか幼さを感じさせるような容貌は、学者というより学生のようで、こいつよく一人でここまでたどりつけたな、とレックスは感心した。こんな、いかにも世間知らずで育ちのよさそうな青年が一人でうろつけるほど、アルマティは平和な星ではないはずなのだが。
青年の育ちのよさは、服装にもあらわれていた。身に着けているジャケットもスラックスも、綺麗に磨かれた茶の革靴も、どれもシンプルなデザインながら、ひと目で仕立てのよさがわかる代物だ。
全体的に上品にまとめられたコーディネートだったが、ひとつだけ調和を乱しているものがあった。首元のループタイだ。
落ち着いた色合いのループタイ自体は悪くない。問題はその留め具だった。
通常は丸く研磨した宝石などが用いられることが多いそこには、無骨な小石がはめこまれていた。黒い表面に緑の筋が走るそれは、レックスが三か月前に拾い上げた鉱石だった。
「ではレックス」
紙コップをテーブルにもどし、エルと名乗った青年学者はレックスに向かって身を乗り出した。
「いつ出発する? 僕はいつでもオーケーだよ」
「あいにく、こっちはオーケーじゃないんだよ」
前のめりが通常運転らしい学者様は、あからさまにがっかりした顔をした。
「なぜだい。僕は一刻も早く現場に向かいたいんだが」
これを、とエルはタイの留め具を指でなでた。
「きみが見つけた場所へ連れて行ってくれるんだろう?」
「まあそう焦んなよ、ドクター」
ついさっき上司にも放った台詞を、レックスは口にする。
「あんた、俺がそれをどこで拾ったか知ってんだろ?」
「ああ。マクニール社の鉄鉱石採掘場だろう? N-Ⅲと呼ばれている区画だったね。半年前にマクニールがA&T社から買い受けた」
「そのとおり。そのA&Tとちょっとゴタついてんだよ。しけた鉄鉱しかないと思って二束三文で売っぱらったら、今になってそいつ」
レックスは煙草の先でループタイを指した。
「お宝が見つかったもんだから、元の持ち主がダダこねてんだよ。いま、うちのボスが相手と絶賛交渉中。それが落ち着くまで採掘もストップだ。機材も人員も根こそぎ引き上げて、今あの一帯は立ち入り禁止状態だ」
それでも視察団がくるまでには決着するだろうという見通しだったのだが、そんなこちらの思惑もスケジュールも、この青年は見事にぶち壊してくれたというわけだ。社屋のセキュリティシステムとともに。
「お宝かどうかを、これから調べに行くんじゃないか。詳細がわからなければ交渉のしようもないだろう」
「わかってるって。けど、そういう理屈は通じねえの。無理を通して相手を刺激すれば、最悪二社間で全面戦争だ。あんたがやろうとしてることは、火薬庫に花火を放りこむようなもんなんだよ」
「そんなもの」
レックスの説明に、エルは心底不思議そうに首をかしげた。
「ばれなければいいだけだろう?」
ああこいつはそういう手合いか、とレックスは胸のうちでうなずいた。最初から薄々感じていたが、この青年、倫理感とか常識というものをどこかに落っことしてきているらしい。
「ばれないように近づくのが、どれだけ大変だと思ってんだ」
「大変? きみが?」
エルはきゅっと眉根を寄せた。
「そんなわけないだろう。もとエコー部隊のきみが……」
不意に、エルは口を閉ざした。透明な緑の瞳が、自身に向けられた銃口を静かに見つめる。
「失礼。気にさわったかな」
その問いに、レックスは答えなかった。赤みがかった瞳に冷え冷えとした光をたたえ、目の前の青年にブラスターを突きつける。
ひりついた沈黙は、しかし長くは続かなかった。
「待たせたな。確認とれたぜ」
応接室の扉がひらき、アーニーの巨体があらわれた。その一瞬前にブラスターを腰におさめていたレックスだったが、不穏な空気を嗅ぎとったようにアーニーは鼻にしわを寄せる。
「喧嘩でもしてたのか」
「べつに。ちょっとした見解の相違ってやつだ」
「そうとも。たいしたことじゃない」
アーニーは何か言いたげに部下と客人を見くらべたが、結局何も言わなかった。レックスの隣にどかんと座り、手にしていた端末をテーブルに滑らせる。
「じゃ、お話し合いといくかい。ドクター・ローレンス?」
「エルでいいよ」
にこやかに微笑む青年と同じ顔が、端末にも映し出されていた。実物より少しだけ取り澄ました表情の、研究者の画像とプロフィール。エディ・ローレンス。鉱物学者。理学博士。国立鉱物研究所主任研究員。二十八歳……
「二十八!?」
思わず叫んだレックスに、エルは「そうだよ」とうなずく。
「きみと同い年だね」
なんで俺の年齢知ってんだ、と苦い顔をするレックスをよそにアーニーが話をすすめる。
「あんたが本社のよこした調査員だってことはわかった。まあ、よこしたっつうか、あんたが無理矢理調査の権利をもぎとってきたらしいな。おまけに視察団の連中を置き去りにして飛び出してくるたあ、見かけによらず結構なじゃじゃ馬じゃねえか」
「待ちきれなくてね」
あきれたようなアーニーの視線を、エルは愛想よく受けとめる。
「そこの彼にもお願いしたんだが、僕はすぐに現場へ行きたいんだ。必要な手配を頼めるかい」
「そいつは無理だな。ドクター」
なぜ、とエルは肩を落とす。説明済み、とレックスが身ぶりで知らせると、そうかとアーニーはうなずいた。
「だいたいのところは、そいつが話したとおりだ。くわえて本社経由で指示がきてる。あんたの職場からの伝言だ。なにがなんでもあんたを引き留めておけってな。応援がくるまで絶対一人にするな。目え離すな手え離すな、首に縄つけてでも捕まえておけ……あんた、普段どんな悪さしてんだよ」
「まわりが過保護ですまない」
エルはにっこりと笑った。それ以上何も明かすつもりはないと告げるように。
アーニーはひとつ息を吐き、艶やかな頭部をなでた。
「一週間だ」
太い指を一本立て、アーニーは宣言した。
「一週間待ってくれ。それだけもらえれば調整はつける。その頃にはあんたのナニーも到着するそうだしな」
「ナニー……ああ」
首をかしげた後で、エルは納得したようにうなずいた。
「わかった。万事きみたちに任せるよ。だけど、それまでの間、僕はどこで何をしていればいいのかな。さすがに一週間ホテルに缶詰めというのは勘弁してもらいたいんだが」
「そのあたりは心配ない。あんたの面倒は」
アーニーは立てた指を横に向けた。
「こいつが見る」
「……おい」
反応が遅れたのは煙を深く吸い込みすぎたせいだ。動揺を咳払いでごまかして、レックスは上司をにらみつけた。
「なんで俺が」
「同い年なんだろ。仲良くしろよ」
「ジョークのセンスが最悪だな、アーニー」
「ジョークじゃねえ。それが嫌なら掃除だな。どっちでも好きな方を選ばせてやるよ」
レックスは黙って煙草を嚙みしめた。
掃除も子守も、どちらもごめんだ。だが、結局のところ上司の命令を拒否できないことはわかっていた。ならば少しでもマシな方を選ぶべきだろう。少しでも利のある方。この場合は、
「ドクター」
ため息を、煙とともに吐き出した。
「一週間よろしくな」
こちらこそ、とエルは笑った。邪気のかけらもない、子どものような笑顔だった。




