ep.17 Hey, Soul Brother
「エディとは、かれこれ二十年の付き合いになります」
ブラスターを構えたまま、ケヴィンは語りはじめた。コーヒー片手に世間話でもするような気安さで。
「私が十歳の頃に、彼の家族が近所に越してきましてね。彼に初めて会ったときのことは忘れられません。当時の私はなんというか……ひどく鼻持ちならない子どもでしてね。自分より優れた人間などいないと、半ば本気で思っていました」
「嫌なガキだな」
思わずレックスがもらすと、「まったく」とケヴィンは唇をゆがめる。
「そのとおりです。なまじ勉強もスポーツも人並み以上にできましたから、すっかり自惚れていたわけです。同時に、つまらなかった。世界はこんなものかと。この程度のものなのかと……」
ほろ苦い笑みをたたえる端整な顔に、かつての少年の面影が見え隠れするようだった。早熟で聡明で生意気な、そしてどこか厭世的な影をまとった少年の。
「そんな私の狭い世界を、エディは一瞬で打ち砕いてみせたわけです」
エディ・ローレンス。比類ない頭脳をもって生まれた希代の天才。その輝かしい知性は、わずか十歳の少年の目に、どんなにかまばゆく映っただろう。
「それからはもう、私の世界の中心はエディです。お互い一人っ子で、両親も仕事で忙しかったものですから、毎日のように一緒に過ごしましたよ。遊びも勉強も悪戯も……旅行やキャンプにも行きました。その頃から彼は鉱石に夢中でしたからね。朝から晩まで山を掘ったり川をさらったり……そんな無茶ができたのも、ごく限られた時期だけでしたが」
黒い瞳が翳る。二十年、と。噛みしめるようにケヴィンはつぶやいた。
「二十年で、彼がまともに動けたのはその半分にも満たない。ああも恵まれた頭脳を持ちながら、彼の体は不良箇所だらけでした。とくに肺がひどかった。一度発作が起これば数日は寝たきりです。咳のせいで肋骨はひびだらけ。腕は点滴の跡だらけ……」
ある光景が、レックスの脳裏に浮かぶ。幼い少年が二人。一方は金髪。もう一方は黒髪。ベッドの中で激しく咳きこむ金髪の少年の背を、黒髪の少年がさする。大丈夫だ、すぐに良くなる。きっと治してやる。絶対に、助けてやる。そんなふうに励ましながら。
「あの石が持ちこまれた日も、夜にひどい発作が起きましてね。ここ数年で一番ひどかった。私も手を尽くしましたが……どこかで覚悟はしていました」
従弟を、家族を永遠に失う覚悟を。いずれ必ず訪れるそのときを、この医師はどんな気持ちで待っていたのだろう。
「それが、どうです。今のあの姿は」
「そこは喜ぶところじゃないのか」
「喜ぶ?」
ふたたび医師は笑った。どこか箍がはずれたような暗い笑みだった。
「何を喜べというのです。エディが奪われたというのに」
ああそうか、とレックスは胸のうちでうなずいた。やっとわかった。この男が何に憤っているのかが。
「……あの、化け物」
どろりと、医師の口から憎悪がこぼれる。
「彼の頭脳はあの化け物にとっても魅力的だったのでしょう。ええ、彼はとびきり優秀ですから。だから手に入れた。あれがエディを殺した……」
暗い瞳が、ひたとレックスに据えられる。あたかも従弟を奪った憎い敵を見るように。
「あと四時間」
小惑星衝突までの時間だ。正確な衝突予想時刻は午前零時。誤差はプラスマイナス十三秒。
「あと四時間で、あれは消滅します。あとには骨も残らないでしょう」
「肉体はな」
冷静にレックスは指摘した。実体なき思念体。それが真実なら、エディ・ローレンスの肉体が消滅しても生き続けるはずだ。あの存在、マックスは。
「それでも」
ケヴィンは首を横にふった。
「かまいません。彼はもう十分苦しんだのです。もう楽になってもいいでしょう。彼だって、それを望んでいるはずです。だから、どうかこのまま終わらせてください」
このまま、何もしないまま。
「ドクター」
レックスは煙草を指ではさみ、ため息をついた。
「あんたらやっぱり似てるよな」
口から外した煙草を夜空に放る。綺麗な放物線を描いたそれを、ケヴィンの目が追う。その一瞬を、レックスは逃さなかった。
くぐもった悲鳴に、ブラスターが甲板に跳ね返る音が重なった。踏みこみざま蹴り上げたレックスの足が、ケヴィンの手からブラスターをはじき飛ばしたのだ。
甲板を滑るブラスターに、とっさに手をのばしたケヴィンだったが、レックスのほうが早かった。顔をあげたケヴィンの眉間に、レックスは奪ったばかりのブラスターの銃口を突きつけた。
「あんたもあいつも、自分勝手が過ぎるんだよ」
まったくもって似た者兄弟だ。他人の話を聞かないところも。もっともらしくデタラメを口にするところも。
「楽になりてえだの望んでるだの、あいつがそう言ったのかよ」
もう疲れた、死なせてくれと、あの青年が主治医にすがったことはあるのだろうか。もしかしたら、かつてのエディ・ローレンスにはあったのかもしれない。だが、今の彼はどうだろう。緑の瞳を輝かせて廃坑ツアーの計画を立てていた科学者は。荒野で涙をぬぐっていたあの青年は。
「全部、あんたの妄想だろ。結局あんたは、あいつが自分の手を離れて好き勝手するのが許せねえだけなんだよ」
なんて救いようのない兄馬鹿、いやエゴイストか。自分の「可愛い弟」が、自分の知らない何かに変わってしまったことが許せない。変わってしまったそれが憎くて仕方ない。その存在を抹消してしまいたくなるほどに。
「……あなたに何がわかる」
噛みしめた唇から、ケヴィンはひび割れた声を絞りだした。
「あなたに言われる筋合いはない。何も知らないあなたに……」
「そうだよ。俺は何も知らねえ」
二十年分の重みもしがらみも、赤の他人であるレックスの知ったことではない。だから、
「だから俺も勝手にやるさ。あんたらのことはあんたらで勝手にしな」
そう言い捨ててレックスはヘリに歩みよった。扉に手をかけたところで、調子の外れた笑い声が耳に届く。視界の端で、医師が顔をひきつらせて笑っていた。
「今から行っても間に合いませんよ。その機体では向かうだけで三時間はかかる。彼を見つけたとしても、のこり一時間で安全圏まで退避するのは不可能です」
「普通に飛べばな」
レックスはかまわず扉を開けた。模範士官による安全運転なら、ミスター・パーフェクトの予測が正しい。だが、あいにくこちらは元殴り込み部隊──脳筋部隊ではない。決して──の一員だ。あとで整備班を発狂させるくらいに転がしてやれば、ぎりぎり二時間といったところだろう。
「ああ、そうだ」
ヘリに乗りこみかけたところで、レックスはケヴィンに声をかけた。
「コーヒー美味かった」
黒い瞳がゆっくりと見ひらかれる。
「今日の、あんたが淹れてくれたんだろ。なんだっけ、コーヒーの歌? あいつも歌ってたぜ」
真夜中の荒野で、星空の下で、あの青年も口ずさんでいた。コーヒーの天才の教えどおり。おそらくこの従兄から教わったとおり。互いの家で、旅行先で、キャンプの夜に、二人で声をそろえていたかもしれないあの歌を。
「変わってないとこもあるんじゃねえの」
それだけ言って、レックスは甲板を蹴った。両手をだらりと下げた医師が、どんな表情を浮かべているかは見えなかった。ただ、もう背中を向けても問題ないことはわかっていた。
操縦席に身をおさめ、エンジンをかける。二十四時間以内で二回のフライト。パイロットに転職した覚えはないのにな、と思ったところで舌打ちをする。
パイロットどころではない。これではまるでタクシードライバーだ。送り届けて迎えに行って、その後はどこへ向かうことになるのやら。
「……っとに嫌な客」
ヘリのローター音に、けたたましい警報が重なる。未許可飛行が気づかれたのだ。
レックスは手早くスイッチを起こして操縦桿を握った。さすがに二回連続の撃墜は勘弁してもらいたい。一気に上昇、のち最高速度で離脱で、どうにか逃げ切れるだろうか。エンジンへの負荷は無視できないが、
「──なんとかなんだろ!」
ペダルを踏みこむと、ぐんと機体が上昇する。そのままほぼ一直線に、レックスは厚い雲へとダイブした。




