ep.16 Dangerous Alien
宇宙航空局との慌ただしい通信の結果、緑の点の正体はまさしく小惑星と判明した。
直径約二十メートル。質量およそ十五トン。秒速九キロメートルでアルマティに接近中。このままの進路を維持すれば、あと十二時間でN-Ⅲエリアに衝突予定──
そこから先は、まさに蜂の巣をつついたような騒ぎだった。通信士は一秒ごとに更新されるデータを叫び、航海士は海図にかじりついて最短離脱経路をはじきだす。アルマティ政府災害対策本部とのホットラインが敷かれ、予想災害エリア内の住人の避難支援プランが組みあがる。
嵐に見舞われたような艦橋から、レックスは早々に追い出された。非常警戒体制中の艦橋に民間人をうろつかせておくわけにもいかないので、これは当然といえば当然の措置だった。ただ、部屋まで同行した例の若い士官が外から扉に鍵をかけるとき、やけに大きな音を立てたように聞こえたのは、レックスの気のせいではなかっただろう。
小惑星発見から約八時間。予想被害エリア内の住民の避難誘導も終え、危険区域からも離脱した巡洋艦の甲板を、レックスはひとり歩いていた。
仮眠とコーヒーつきの夕食も済ませ、頭はすっきりと冴えている。ほぼ一日ぶりの煙草をくわえ、暗い夜空をあおいだところで、前方から声がかけられた。
「艦内は禁煙のはずですが」
レックスの視線の先、甲板に鎮座するヘリに背をあずけて黒髪の医師が立っていた。この男とも数時間ぶりの再会だ。
レックスが追い出された後も艦橋にのこったケヴィンは、ずいぶん忙しい時間を過ごしたのだろう。普段は綺麗になでつけている黒髪は乱れて額に落ちかかり、端整な面差しには疲労が色濃く浮いていた。
「火はつけてねえよ」
「外出禁止ともお伝えしましたよね」
「そうだっけ」
煙草をくわえたままうそぶけば、ケヴィンは眉をひそめてレックスの口元を指さした。
「そもそもどこで手に入れたんです」
「気前のいいやつがいてね、分けてもらったんだよ」
食事を運んできてくれた例の士官をちょっと「ひねって」やったときに、ポケットから落ちたそれをありがたく頂戴したのだ。ついでにライターも拝借した礼として、懇切丁寧に縛り上げてやった。目覚めて暴れても騒がしくないよう、口にタオルをつっこんで。
「本当にあなたは……」
処置なしと言いたげに、ケヴィンはゆるゆると首をふった。
「それで? どこへ行くつもりですか」
「べつに。ちょっとした散歩だ。よかったら一緒にどうだい、ドクター」
「お誘いありがとうございます。ですが、それはまたの機会に。あなたも今晩は大人しくしていてもらえませんか」
「嫌だと言ったら?」
「こうですかね」
レックスは赤紫の目をすがめてケヴィンの手元を見た。およそ医師には不似合いな、ブラスターが握られた手を。
「医者が人を殺していいのかよ」
「時と場合によりますね。職業倫理には反しますが」
「あいつを狙ったときみたいに?」
黒い瞳が、すうと細められる。
「あんたさ、あいつを捕まえるっての、嘘だろ」
洋上でミサイルを撃ちこまれたときも、廃鉱山で襲撃されたときも、襲撃者の意図は明らかだった。たぶんあの科学者も、最初から気づいていたはずだ。
「なんであいつを消そうとしてんだ」
捕まえるとか連れもどすとか、そんなものはすべて偽りだ。でなければ、なぜこの医師はこうも落ち着いていられるのか。なぜ、小惑星の衝突地点へ向かった従弟を追いかけようとしないのか。なぜ、レックスを止めようとするのか。
答えは簡単だ。最初から抹殺するつもりでいた。そのつもりで指示を出していた。
廃鉱山の襲撃も、どうせこの医師が裏で糸を引いていたのだろう。実行犯の腕がお粗末だったのは、不案内な土地でハズレの業者をつかまされたせいか、はたまた足がつかないよう間に幾人か挟みでもしたためか。
「愚問ですね」
犯罪行為を暴かれたにもかかわらず、ケヴィンの顔は平静そのものだった。ブラスターを構えたまま、微笑すら浮かべてレックスを見る。
「人類の脅威を取り除こうとするのは当然でしょう」
「いや、そりゃほめすぎだろ」
あのイカれ学者がとんでもない危険物であることは認めるが、人類の脅威というのは言いすぎだ。たとえば低予算映画に出てくるエイリアンのように、無差別に人間を襲うことはないだろう……たぶん。
「あなたは何もわかっていない」
ケヴィンの声に苦いものが混ざる。
「我々の理解を超えた存在であること。それ自体が立派な脅威なのですよ。いいですか、あれはエディを……現在の医学では到底救うことができない病人を完治させたのです。この先何年、何百年かかっても、人類が同じ境地に達することは不可能でしょう。一科学者としてこのようなことは言いたくありませんが、あの力はもはや神の領域にある。そんなものを野放しにしておけと?」
「だから捕まえりゃいいんだろ」
なにも始末しなくてもいいだろう。捕まえて、首に縄でもつけておけばいい。なるべくまわりに、最低限レックスに迷惑をかけないように。
「あんたにとっちゃ可愛い弟を……」
「弟?」
あざけるように、ケヴィンはその言葉をくりかえした。
「あれはもう、弟ではありませんよ」
レックスは黙って目の前の医師を見た。初めて、この男の素顔を見た気がした。




