ep.15 Pick Him Up to the Space
「私が請け負った任務は二つあります」
短い沈黙の後、ケヴィンは再び語りはじめた。常のとおり、柔和な笑みをたたえて。
「ひとつは、あの石を取りもどすこと。政府は今も彼が作成した報告書を信じていますから。あの石が、とてつもないエネルギーを秘めている可能性があるというでっち上げをね」
「でっち上げ」
レックスがわざとらしくその言葉をくりかえすと、わかっていると言うようにケヴィンはかるく手をふった。
「そのせいであなたが襲撃されたことは申し訳なく思っています。ですが、軍の協力を得るにはそれなりの理由が必要でして。不本意ながら彼の虚偽報告を利用させてもらいました」
さすが従兄弟、とレックスは感心した。倫理観が死んでいるところまでよく似ている。
あの石──エルから押しつけられたループタイは、この艦に収容されて早々に没収された。救助された後のメディカルチェックで身ぐるみをはがされたので、隠しようもなかったのだ。もっとも初めから隠匿する気もなかったが。
「もうひとつは、彼を連れもどすこと。彼の頭脳には前々から政府も注目していましてね。彼が突然行方をくらませたことについては、政府もおおいに戸惑っているところです」
ケヴィンは婉曲な言い回しをしたが、実際は「戸惑っている」どころではないのだろう。
性格はともかく、あの青年の才能は本物だ。おそらくこれまでも政府のゆるやかな監視下に置かれていたであろう天才科学者の、突然の逃亡。しかも未知のエネルギーを秘めた岩石とセットでときた。敵対勢力への亡命あたりを疑われても仕方ない。
「私としては、彼を捕まえるために利用できるものは何でも利用したい。あなたも含めて」
ケヴィンはわずかに身を乗り出した。
「あなたにもご協力いただけないでしょうか。もちろん、報酬はお支払いします。目に見えない報酬も含めて」
黒い瞳に、意味ありげな光がよぎる。
「あなたのご協力次第では、飛行基地爆破の件も穏便に取り計らいましょう。今のところ、あなたは彼に脅されていた被害者という説明で通しています。この筋書きのままのほうが、あなたにも都合がよいのでは?」
「胸糞悪い筋書きだな」
協力要請の皮をかぶった脅迫を、レックスはせせら笑いではねつけた。
「あいつにどうこうされるほど落ちちゃいねえよ」
「そうですか? 実際途中までは騙されていたようですが」
痛いところを突かれてレックスは黙りこんだ。あの石が毒物だと信じこまされドライバーを務めていたのは、つい昨日までのことだ。
「いかがです」
完璧な笑みを顔にはりつけて、ケヴィンは返答を促した。
「悪い話ではないと思いますが」
「……わかった」
短い沈黙の末、レックスは苦い声を吐き出した。
「協力するよ、あんたにな」
ほっとしたように表情をゆるめたケヴィンに、「ただし」とレックスは言葉をつづけた。
「本当にとっ捕まえるだけならな」
端整な顔がわずかに強張る。隠そうとして失敗した感情のゆらぎを取り繕うように、医師が口をひらいたときだった。
「失礼します。ドクター」
硬いノックが二回響き、士官と思しき若い男が入室してきた。
「艦長がお呼びです。至急、艦橋にお越しください」
「何かあったのですか」
「いえ……」
士官はレックスにちらと目をやりながら言葉を濁す。
「あの石が少々……」
みなまで聞かず立ち上がったレックスを、ケヴィンが呼び止める。
「待ってください。あなたは……」
「協力してほしいんだろ?」
ケヴィンは黙ってレックスを見つめ、ややあって小さく息を吐いた。それを了承のしるしと受け取って、レックスは足早に部屋を出た。
*****
艦橋に足を踏み入れたときは、さすがにレックスも少しだけ緊張した。
軍を離れて二年。たった二年だ。海上勤務とは縁のなかったレックスだが、それでも自分を知る者がそこにいる可能性は否定できなかった。
「ああ、ドクター」
幸いにも、ケヴィンに声をかけてきた壮年の艦長にも他の乗組員にも、見知った顔はなかった。せわしなく艦橋を行き交う彼らは、医師に同行するレックスを奇異の目で眺めつつも自身の任務を忠実に遂行していた。
「どうぞこちらへ」
艦橋の一角に歩み寄った二人に、艦長は「これを」とコンソールテーブルの上を指し示した。
武骨なコンソールテーブルの上には、透明なガラスケースが置かれている。その中におさめられていたのは、黒と緑の岩石がはめこまれたループタイだった。レックスにとっては嫌というほど馴染み深いそれには、ひとつだけレックスの記憶と異なる点があった。
「これは……」
レックスの隣でケヴィンが息を呑む。分厚いガラスの向こう側で、その石はほのかに発光していた。
「いつからこの状態に?」
「つい先ほどからです。急に光り出しまして。熱は発していないようですが……」
「違う」
身をかがめてガラスケースをのぞきこんでいたレックスは、目を上げて二人に声をかけた。
「よく見ろ。光ってんのは石じゃねえ」
淡い金の光の出所は、石がはめこまれた台座のほうだった。下からのその光に照らされて、石が発光しているように見えているのだ。
「そんなことはわかっている」
艦長は非友好的な目でレックスを見た。ローレンス医師の連れでなければ、こんな得体の知れない男を艦橋に立ち入らせはしないのに。そう言いたげな顔つきだった。
「どのみち不審な状況だからドクターをお呼びしたのだ。ドクター、この現象にお心当たりは?」
「いえ、残念ながら……外してみてはいけませんか」
「よろしいのですか。下手に触るのも……」
二人の会話を背中で聞きながら、レックスは昨夜の記憶をたぐりよせた。
この石を、いや、この石が仕込まれたフライトジャケットを押しつけてきたとき、あの変人学者は何と言っていただろう。
泳ぎも得意だよね。着ておくといい。あとでよく乾かしておいてくれ──
「おい」
レックスは側に立っていた士官に声をかけた。先ほどケヴィンを迎えにきた若い士官は、レックスの無遠慮な呼びかけに眉を上げた。
「ドライヤー持ってこい」
「は?」
士官は目を丸くする。
「早くしろ」
レックスが重ねて命令すると、士官の顔にうっすら怒りの赤が差す。苦情を申し立てるようにケヴィンに視線を向けた士官に、ケヴィンは「お願いします」とかるく頭を下げた。その隣で、艦長も苦虫を嚙みつぶしたような顔でうなずく。
憤然とした足取りで士官が立ち去ると、ケヴィンは渋い顔でレックスにささやきかけた。
「何です、急に。今さら髪型でも気になりましたか」
「ああそうだよ。あんたと違って俺は紳士なんでね」
「さようで。とにかく目立つ真似は控えてください。ただでさえ、今のあなたの立場は微妙なのですから」
「知るかよ。そもそも誰のせいだと思ってんだ」
「飛行基地を爆破したあなたのせいですね」
程度の低いやりとりを交わしているうちに、士官がドライヤーを片手にもどってきた。
レックスはガラスケースを開けさせ、躊躇なく石に温風を吹きかけた。周囲の驚きと非難を無視し、そのまま熱風を当てつづけること十数秒。ことり、とあっけない音を立てて台座から石が転がり落ちた。
「ただの接着剤だ。熱を当てれば溶ける」
あの野郎、とレックスは口の中でつぶやいた。何がよく乾かしておけだ。ちゃちな小細工を仕込みやがって、と。
石という蓋がとれた留め具からは、ふわりと光が広がっていた。半径五十センチほどの球状の光。立体映像だ。
映像の背景は夜空、あるいは宇宙だろうか。ちらちらとまたたく無数の光の中に、ぽつりと赤い点が浮かんでいる。さらに、少し離れたところには緑の点が。赤と緑、二つの光の横には、細かな数字と文字がちかちかと点滅していた。
「これは星図ですかな。赤は……座標からしてアルマティですか。緑は……」
がたりと、艦長の隣で鈍い音がした。姿勢を崩したケヴィンが、コンソールテーブルに両手をついてホログラムを凝視している。
「……っは」
数秒遅れて星図が意味するところを理解したレックスの喉から、引きつった笑い声がもれた。
「なあ、ドクター」
一秒ごとに赤に近づく緑の点。目まぐるしく変わる数値。かたわらに点滅する「AST」の三文字。AST──すなわち、Asteroid。
「お迎えって、まさかこれ?」




