ep.14 Full Cup of Ironies
「どうも、とんだ災難でしたね」
狭い船室のテーブルをはさんで、ケヴィン・ローレンスは労わるような笑みを浮かべた。
「嫌味か」
「とんでもない。失礼ながら、あなたには同情しますよ」
「奇遇だな。俺もだよ」
レックスもこの医師に、いや、あの変人学者に関わったすべての人間に同情しているところだ。今ならどこぞの哲学教授の気持ちもよくわかる。なんなら被害者の会の代表をつとめてやってもいい。自分なら絶対に、確実に、あのイカれ野郎の息の根を止めてみせる。
エルにまんまと逃げられた──べつにレックスが追っていたわけではないが、心情的にはそれが近い──レックスは軍の救助艇に収容され、ミサイルの発射元である巡洋艦に身柄を移されたのち、船室のひとつに閉じこめられていた。
といっても、扱いはほぼ客人のそれだ。食事も着替えの軍服も提供され、とくに拘束されることなくこの部屋に通された。おまけに目の前には湯気の立つコーヒーカップが置かれている。半日ぶりに再会したミスター・パーフェクトの差し入れだった。
「私としても、あなたを巻きこみたくはなかったのですが、なにぶん状況が状況でして」
「へえ、それってどんな状況?」
嫌味ったらしくあごを上げてやったが、あいにく医師の笑みにはかすり傷のひとつもつけられなかった。
「飛行基地爆破犯の追跡という状況ですよ。あそこの損害はどれほどとお思いで?」
「どうせ保険入ってんだろ」
「保険会社の調査員にそう言ってみてはいかがです。よろしければ回線おつなぎしましょうか」
「……その前に二つばかし訊いていいか」
旗色の悪さを悟ってレックスは話題を変えた。
「アーニーは無事か?」
「無事ですよ」
即答されて、レックスは顔には出さず安堵する。簡単にくたばる男ではないと思っていたが、それでもこの医師の口から無事を確認できたのはありがたかった。
「ベイル支部長は判断が早いお方ですね。もっとも、今回はいささか早すぎたようですが。軍が動くという情報をつかんですぐに支部を閉鎖してしまわれまして。こちらはあなたの職場までどうこうする気はなかったのですが」
「そんくらい鼻がきかなきゃアルマティではやってけないんでね」
部下としての義理というわけでもなく、レックスはアーニーを擁護した。
ケヴィン・ローレンスこと先代連邦軍総司令官のご令孫が、民間企業の一支部ごときを「どうこうする」気がなかったのは本当だろう。あくまでも、そのときは。
だが、今後もそうだとは限らない。今後、この医師たちにとって不都合な方向へ事態が進めば、彼らは簡単に手のひらを返すだろう。いかにも心を痛めていますといった顔をして、必要な犠牲だ何だともっともらしい理屈をこねて。
くすぶる熱を逃すように、レックスはかるく頭をふった。どうにもよくない傾向だ。思考が健全さからどんどん遠ざかっている。こういうときに必要なのは、まず休息。それから、
「煙草ある?」
「ありませんよ。それが二つ目ですか」
医師らしく呆れ顔で応じ、ケヴィンはコーヒーカップを手で示した。
「かわりにこちらでもどうぞ。ああ、何も入っていませんのでご安心ください」
レックスは黙ってカップに口をつけた。皮肉がブレンドされたコーヒーは、どこか懐かしい味がした。
「あとひとつ訊いていいか?」
「どうぞ」
微笑んでケヴィンもコーヒーに口をつける。
「あいつがN-Ⅲに向かう理由はなんだ?」
「地質調査では?」
「ドクター」
レックスはため息をついてカップをテーブルに置いた。寝不足とニコチン切れのせいか、それは思った以上に大きな音を立てた。
「あんたら研究者ってのは時間の無駄が好きなのか? 悪いけど、俺はあんたと悠長に会話を楽しむ気にはなれないんだよ」
「軍人の方は気が短くて困りますね」
優雅にカップをかたむけるケヴィンに、レックスは舌打ちをもらす。そろいもそろって、他人のプライバシーを何だと思っているのだ。そのうち図書館でレックスの過去が閲覧できるようになったらどうしてくれる。
「一括りにすんな。人による」
「研究者もそうですよ」
口元の微笑はそのままに、ケヴィンは黒い瞳をわずかに細めた。
「彼のことは、どこまで?」
「マックスとかいう宇宙人があいつにとりついた。おかげでイカれ学者がさらに手に負えなくなった。以上」
「発言に悪意がありますね」
まあそのとおりですが、とケヴィンはうなずいた。
「それだけですか」
「それ以上聞く前に撃ち落とされたんだよ。あんたにな」
「なるほど」
直球の嫌味を、ケヴィンは悠然と受け止めた。
「残念ながら、私もあなたと似たようなものです。確認する前に逃げられました。あなたのおかげで」
時間差で嫌味を打ち返された。さっきから会話の不毛さが甚だしい。
「ただ、彼は地球を発つ前にこう言っていました。迎えが来ると」
「迎え?」
レックスは眉根を寄せて記憶をたぐった。
マックスの故郷に行くまでは死ねない。あの青年はそう言っていた。そのために生かされている、とまで。そうまでしてN-Ⅲへ急ぐ理由は、その迎えとやらに間に合わせるためだったのだろうか。
「宇宙人仲間のお迎えってか」
「さあ、どうでしょう。いずれにせよ、私は彼を連れもどさなければなりません。この艦も、そのために使わせてもらっているわけでして」
「あいつの……マックスのことも、上の連中は知っているのか」
「まさか」
ケヴィンはかるく肩をすくめた。
「言ったところで誰が信じてくれます? 石に宿っていた高度思念体が、人の体に乗り移ったなどと。そんなことを報告した日には、私は精神失調の疑いで医師免許を剥奪されるでしょうね」
「じゃあ、なんであんたは信じたんだ」
「わかりますよ」
静かにケヴィンは微笑んだ。
「エディとは長い付き合いですから」
そこでケヴィンは口を閉ざした。それ以上の説明は不要とばかりに。
実際、理屈ではないのだろう。この医師はただ知っているだけだ。希代の天才エディ・ローレンス。彼がもはや、自身のよく知る従弟のエディではなくなったことを。




