読書感想#9「銀河英雄伝説1 黎明篇」(田中芳樹)
書籍名:「銀河英雄伝説1 黎明篇」
作者:田中芳樹
文庫名:創元SF文庫
ジャンル:宇宙舞台のSF
※多少の、ネタバレを含みます。
<あらすじ>
帝国と民主主義の同盟が戦争を続けるなか、”常勝の天才”ラインハルト・フォン・ローエングラムと”不敗の魔術師”ヤン・ウェンリーが相まみえる、壮大な宇宙叙情詩。
<序章の感想>
ワクワクするSF的な冒頭(銀河に出ていった地球人たち)を楽しんでいたのですが、途中から様子がおかしく……!
(まるでかつての少年漫画のナレーションのような、語り口がとても好きです。そしてひらがなが少なく漢字が多いにも関わらず、また難しい事を言っているのにも関わらず、とても読みやすいのが凄いと思います)
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの圧政と狂人ぶり(まるでかつてのナチスを彷彿とさせるような悪政ぶり)に真っ青になりながら読んでました。
最初の段階から(同性愛者を法律で禁じて排除するあたりから)、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは間違いなくろくでもない悪人だろうなと思っていたのですが、まさか、ここまで悪人とは。
「弱さ」を拒絶し、「弱さを盾に庇護を求める人々」を憎悪する。
有能で健康体で精神も健康な強い人間以外全員から子孫を作れる能力を奪った上で、精神病者をかたっぱしから安楽死させる。
そんなルドルフ・フォン・ゴールデンバウムですが、フィクションなのに鬼気迫るものがあって、現実でいかにも有り得そうな雰囲気なのとか、なかなかえぐくて、でもえぐいだけじゃなくて「これからこの悪政をどうするんだろう。どうヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムに繋がるんだろう」と思いました。
まるでナチスかポル・ポト政権だな……と思いながら読みました。物凄く冒頭だけで頭を殴られたような感覚に陥りました。
まさにルドルフ・フォン・ゴールデンバウムはフィクション作品における完全悪です。同情の余地のない、完全な悪。たぶん後から判明する「実はこんな悲しいことがあったから、悪い人になっちゃったんだよ」というようなお涙頂戴も何もない、ただ100%の巨悪。
弱肉強食。強いことこそが正義であり、弱いことこそが悪。
人類を永続的に繁栄させるために弱者を切り捨てよう!
それが明確なルドルフのポリシーです。
でもたぶんルドルフにとっては、”弱者”を淘汰し、”強者”だけの世界を作ることは「彼にとっては善いことをしている」気分なんだろうなというのがゾッとしました。
「俺いまから悪いことしちゃうぞ~」なんて全然思ってないんだろうなとひしひしと感じました。「私は善いことをしている。人類を存続させ、永久に繁栄させるためには病原菌のような連中を排除しないといけない」みたいな思想なんだろうなと感じました。
それは彼にとっては人類への(歪んだ)愛である訳です。彼自体のやっていることは(生殖機能を人々から奪ったり、精神障がい者を安楽死させて排除したり)、極悪非道でめちゃくちゃなのですが、「彼自身は善いことをしているつもり」なんだろうなというのが、物凄く胸が締め付けられるというか、「なんで親とか身近な人々はルドルフの暴走を止めてあげなかったんだ」という怒りに繋がりました。
そして客観的に第三者視点で見ていると、「精神に異常をきたした者を殺害しているルドルフ・フォン・ゴールデンバウムだけれど、一番精神に異常をきたしている人間はルドルフ・フォン・ゴールデンバウムなのでは……」と強く感じました。
たぶん享楽的な世界観の宇宙に嫌気が差していて、たぶん過去に何かトラウマを起こすような何かがあったんだろうけど、だからってこんなこと(同性愛者の投獄、政治犯の投獄、”弱者”の生殖機能を奪う、異端分子の徹底処刑、エトセトラ)をして良い訳がない……! 落ち着け! ルドルフ! 落ち着け!! と思いながら読みました。
淡々と「彼はこういう事をした」と書かれていて、具体的かつ詳細な悲しすぎるエピソードが描かれなかったのが唯一の救いです。
また、個人的に私も抗鬱剤を服薬している身で、なおかつXジェンダー(※自分の性別が精神的な意味で、男性でも女性でもない状態だと感じている人間)だと思っているので、余計にゾッとしたのもあります。
冒頭20ページでこんなに感想を書かせてしまう内容の濃さ……!
また、一人の部下を殺されたために「二〇万人の容疑者を一斉処刑」するとか、銀河を舞台としてるだけあってスケールが違いすぎて好きです。ごく小さな国家が崩壊するレベル……! 都道府県を一個つぶすみたいなレベル!
ここまで来ると、悪逆非道さのスケールがでかすぎるルドルフの行いに一周回って苦笑いが止まらないですが、物語は好きです。
また、皮肉なルドルフの人生の結末にも、なんとも言えない気持ちになりました。
そして、自由惑星同盟……!
この帝国への反乱軍の味方をしたくなる要素しか無いので、めちゃくちゃ出てきた時ワクワクしました。
「ルドルフに可能だったことが、俺に不可能だと思うか?(※自分も皇帝になれる、という趣旨の話)」というとある人物のセリフが熱くて、震えました。格好いい! そして、ルドルフや、貴族と血が繋がっているというだけで貴族な連中を罵る彼が、とても可愛いし共感しました。
本当に、本編ずっと「どうなっちゃうんだ!」という気持ちで読んでいました。また、ラインハルト・フォン・ローエングラムもヤン・ウェンリーも好きなので、余計にどっちを応援すれば良いのか分からない感じが好きです。
戦略というか兵法の話もすごく面白かったです。熱い!
これが1982年に書かれた本だというのが、驚きです。今書かれたとしてもおかしくないし、めちゃくちゃ面白いです。
野心家のラインハルト・フォン・ローエングラムも、おっとりしてるけど超冷静である種冷酷だけど現実的なヤン・ウェンリーも、どっちも好きです! 個人的にラインハルトは虎視眈々ともっと権力を手に入れようと考えてるところや、友達の前では幼さを見せるところが可愛くて、ヤンは「やりたくないのに有能だから無理やりやらされてる」感がなんとも好きです。
困ったなぁーみたいなヤンの態度が、とにかく人好きがするなと思いました。また、各キャラクターの個性が最高です。好き!!
キルヒアイスの、なぜ人は必要な時にその場面にふさわしい年齢になれないのかと心中で語る場面、とても切なかったです。
……うう。
色んな感情が巻き起こされる小説だなと感じました。
ラインハルトの友達に対する言動が(赤い髪に関するP.223の言動が)ちょっとわがままで自分勝手なところが垣間見えるのが可愛いなと思いました。また、色んな人の策略とか権謀術数みたいなものがごちゃごちゃに入り組んでいて、いろんな思惑がぶつかり合っているのが凄く好きです。
こんな面白い話をいつか書けるようになりたいです……。好き……。色んなキャラクターの書き分けが凄まじいのとか、細部にも全体像にもキャラの魅力が詰まっているところとか。
讒訴というのが悪口・陰口・悪評を言うことだというのも初めて知りました。
後半、感想をメモするのを忘れて夢中で読んでしまいました。緊迫感と日常シーンのゆるんだ可愛さを往復する感じが、非常に好きです。
政治的思想の対立を描いているところも好きです。
あとがきにも書いてあったのですが、「善VS悪」という構図ではなく、「一つの思想VS一つの思想」というのが、深みを出してて凄く良いなと思います。
これからどうなるんだろう。
読みごたえがある作品でした。SF要素もワクワクしますが、それ以上に歴史モノが好きな人や、戦略シュミレーションとか好きな人、そして頭脳バトルモノが好きな人におすすめだなと思いました。濃くて人間が分厚く(有り得そうに)描かれています。
ラインハルト・フォン・ローエングラムのお姉ちゃんへの気持ちや、ヤン・ウェンリーの義理の息子への気持ちが、なんとも切なくて愛おしいです。
とても面白かったです!