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第9話 【スイリア視点】森の休憩所と明かされる秘密

 峠の休憩所は小さな山小屋でした。


エルフ文化独特の彫刻が施された木造の建物で、枝や葉の形を模した装飾が美しく、まるで生きた木が家になったかのよう。


風通しの良い小窓がいくつも設けられ、森の匂いと山の空気が心地よく漂っています。


 私たちは小屋の軒先のベンチに腰を下ろしました。長い上り坂を飛んだ後の心地よい疲労感が全身に広がります。


「疲れましたか?」


 私は芦名殿を見上げて尋ねました。


初めて空を飛んだ彼の方が、私より疲れているのではと心配になって。


「いや、全然平気だ。それより、お前こそ大丈夫か? 魔法を使って二人を飛ばすとなると、相当な魔力を使うだろう」


 芦名殿の声に含まれる心配の色に、胸がほんのりと温かくなりました。普段は厳格な表情をしている彼ですが、こういう時の優しさが意外で嬉しいものです。


「大丈夫です。実は私、エルフの中でも魔力の回復が早い方なんですの。ほんの少し休めば元気になりますから」


 そう言いながら、小さなガラス瓶から青い液体を一口含みました。マナポーションの苦い味が舌に広がり、思わず顔をしかめてしまいます。


「それは何だ?」


「マナポーションといって、魔力を回復する薬ですの。ちょっと苦いんですけどね……」


 この薬の効果は絶大ですが、味は酷いものなのです。いつも母が「良薬口に苦し」と言っていたことを思い出します。あの日々が懐かしい。


 芦名殿の口元がかすかに緩んだように見えました。私の顔が面白かったのでしょうか。少し恥ずかしくなり、頬が熱くなるのを感じました。


「そうか、便利なものがあるんだな」


 マナポーションは結構メジャーな薬だと思うのですが、それを知らないとは……。


彼の正体についての謎が深まります。どこからやってきたのでしょう?


いつか、彼の秘密も聞いてみたいものです。


 澄んだ空気が肺に入り、全身に新鮮な活力を与えてくれます。


目の前に広がる絶景——遠くには青い湖が見え、一面に広がる緑の森。若葉の色が陽の光に輝き、空の深い青と見事なコントラストを成しています。


 芦名殿もリラックスした表情で景色を眺めていました。


いつもの緊張感が解けて、ほんの少し若々しく見えます。




この瞬間だけでも、戦いも陰謀も忘れて、ただの旅人として風景を楽しめたら良いのに、と思いました。





 休憩中、山小屋から年老いたエルフの男性が出てきました。


長い銀髪に、深い皺が刻まれた顔。それでいて気品が漂うその老エルフを見て、私は懐かしさを覚えました。


「おや、王女様じゃないですか! こんなところで何を?」


 その一言に、私は一瞬固まりました。思わず息をのみ、芦名殿の方をちらりと見ると、彼は明らかに驚いた表情をしていました。


こんな形で私の秘密が明かされるとは……。


「シーラさん、お久しぶりです。ただの通り道ですの」


 私はできるだけ自然に振る舞おうとしました。


このタジマティアという町での、医師としての静かな生活を始めたのは、王族としての重圧から逃れるためでもあったのですから。


 シーラはいつものように温かい笑顔を浮かべていましたが、その目には心配の色も見えました。


「そうですか。でも、これから下りは気をつけて行かれた方がいいですよ。昨日から、ゴブリンの一団が活発に動いているという報告がありました。どうやら新しいボスが現れたようで、いつもより大胆になっているとか」


 その言葉に、私の心は引き締まりました。


フェンリルは狼に似た危険な魔物です。普段は人を避けますが、飢えていれば話は別。



「それは心配ですね。ありがとうございます、気をつけます」


 シーラとの会話が終わり、老エルフが小屋に戻った後、重苦しい沈黙が流れました。芦名殿は何かを言いたそうにしていましたが、それを飲み込んだようです。


「少し危険かもしれませんね…… 私の魔法もまだ完全に回復していないですし……」


 私が言葉を発すると、芦名殿の表情が引き締まりました。


「ふむ、何か対策はあるか?」


 彼の冷静な問いかけに、私は小さな袋から緑色の粉を取り出しました。袋を開けると、鼻をくすぐる芳香が漂います。


「これは忌避粉です。魔物が嫌う香りがするので、身につけていれば近寄りにくくなります」


 私は粉を少し手に取り、自分の首筋や手首にすり込みました。薬草と樹脂を混ぜた特製の粉で、私が王都の魔法師から教わった配合です。


「申し訳ないですが、これを首や手首につけてください。匂いは少しきついかもしれませんが……」


 芦名殿は言われた通りに粉を手に取り、首や手首にすり込みました。その仕草に、軍人らしい素直さと実務的な側面を感じました。


「よし、これで準備万端だな」


 休憩を終え、私たちは峠から下り始めました。


道は予想以上に険しく、両側には背の高い木々が生い茂っています。木々の隙間から漏れる陽光が、まるで緑色の水の中を進んでいるような幻想的な光景を作り出しています。


 私は軽やかな足取りで前を歩き、芦名殿がその後を追いました。エルフの血を引く私にとって、森の中の歩行は自然なリズムで進められるのです。


 道中、私は時々立ち止まり、周囲の気配を探りました。


鋭敏なエルフの耳で、遠くの音も聞き取れます。森の音に耳を澄ませば、小動物の動きや風の囁き、遠くを流れる小川のせせらぎまで、鮮明に伝わってくるのです。


 そのような時、芦名殿は私をじっと見つめていました。


私の耳の動きが珍しいのでしょうか。視線を感じて少し恥ずかしくなり、話題を変えることにしました。


「この辺りには希少な薬草も多いんですよ」


 私は道端の小さな青い花を指さしました。星形の美しい花弁が五つ広がっています。


「これはソラニウムといって、傷の治療に効果のある薬草です。私もよく使うんですよ」


 薬草の話をする時、私はいつも心が躍ります。


母から学んだ薬の知識は、私の大切な宝物なのです。


どんなに身分が高くても、人の命を救う医術は尊いものだと、母はいつも言っていました。


「へえ、それは興味深いな」


 芦名殿の素直な反応に、私は嬉しくなりました。普段はあまり感情を表に出さない彼が、こうして興味を示してくれることが何だか特別なことのように思えました。


「芦名殿は薬草に興味があるんですか?」


「まあ、知識として知っておくのは悪くないと思ってな。戦場では医療物資が不足することも多い。そんな時に自然の力を借りられるなら……」


 彼の言葉が途切れました。


その瞬間、私も異変を感じました。茂みが揺れる音と、低い唸り声。獣の息遣い。空気が一瞬で緊張に満ちました。


 芦名殿は反射的に私の前に立ちはだかりました。


「後ろに隠れろ!」


 その声は軍人らしい明確な命令で、思わず体が反応しそうになりました。でも、第三王女である私は誰かの後ろに隠れるような弱さを見せるわけにはいきません。


 その決意を固めた瞬間、灰色の影が茂みから飛び出してきました——。

お読みいただき、誠にありがとうございます!


皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。


少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。


「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。


読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。

よろしくお願いいたします。

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スイリア外伝「白き手袋の癒し手 〜エルフの医師と小さな村の物語〜」
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