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第8話 【スイリア視点】空を舞う二人

 芦名殿とミアが買い物から戻り、いよいよタジマティアの町を出発することになりました。


陽菜さんの病状は一時的に安定していましたが、アカブトマガスの毒を完全に除去するには特別な水が必要です。


「ショワルの村までは約24キロほどあります。通常なら一日かかる道のりですわね」


 芦名殿は少し心配そうに私を見ました。眉をひそめるその表情が、どこか可笑しくて。


「スイリア、この距離を歩くのは大変かもしれないが、大丈夫か?」


 私は思わず微笑みました。旅慣れていない医師の私を気遣ってくれているのでしょう。


軍人上がりの彼にとっては、こんな距離など何でもないのでしょうけれど。


「ご心配なく。私たちエルフには特別な移動手段がありますから」


 荷物の最終確認をした後、私はミアに別れの言葉をかけました。


「それじゃ行きましょうか。ミア、後はよろしくね」


「かしこまりました。スイリア様も道中お気をつけて」


 ミアの猫耳が不安げに揺れるのを見て、心が少し痛みました。


彼女はいつも私を心配してくれるのです。でも、今回の旅は私自身が何としてでも成し遂げるべきことなのです。


 町の外れに出ると、私は芦名殿の方へ向き直り、手を差し出しました。


「芦名殿、ちょっと、お手を拝借できますか」


 彼は戸惑いながらも、私の手を取りました。


「こ、こうか?」


 彼の手は大きく、少し荒れていましたが温かい。


恐らく長年の労働か戦いで鍛えられた手なのでしょう。その触感に、私は少し胸が高鳴るのを感じました。


 私は静かに呪文を唱え始めました。エルフの魔法は自然の力を借りるもの。森の精霊たちに呼びかけるように、古代エルフ語で詠唱します。


「森の精霊よ、我に力を貸したまえ……」


 呪文が完成すると、私たちの体が地面から浮き始めました。芦名殿の驚きの声が聞こえます。


「おおおおおお! な、なんだこれは……!」


 彼は私の手を強く握りしめ、慌てた様子で周囲を見回しました。


そんな彼の表情に、思わず笑みがこぼれます。いつも冷静沈着な彼がこんな風に慌てる姿は、新鮮で可愛らしく見えました。


「あまり暴れないでくださいませ。暴れると体力を消費してしまいますので、できればじっとしていてくださると助かりますわ」


 私は落ち着いた声で言いました。慣れている私と違い、初めて空を飛ぶ人間の驚きは大きいでしょうから。


「わ、わかった。なるべく動かないようにする」


 そう言いながらも、彼は明らかに緊張していました。足が宙に浮かぶ不思議な感覚に、戸惑いを隠せないようです。


 私たちはゆっくりと上昇し、タジマティアの町を見下ろせる高さまで来ました。空を飛ぶ感覚は、いつ経験しても素晴らしいもの。体が軽く、風が頬を撫でていきます。母からこの魔法を教わった日のことを思い出し、懐かしさに胸がいっぱいになりました。


 少し落ち着いたのか、芦名殿が質問してきました。


「これは、何の魔法だ?」


 風に吹かれる髪をかきあげながら、私は答えました。


「エルフだけが使える、森林の魔法の一つです。エルフは森林の力を借りて、森に住む精霊から力を借りて、このような魔法を使うことができるのです。まぁ、私はハーフなので、純粋なエルフよりは弱いのですが……」


 その言葉を口にした瞬間、胸に小さな痛みを感じました。


 ハーフエルフとして生まれたことで、エルフ社会からも人間社会からも完全に受け入れられなかった過去。


特に母方のエルフの親戚からは、「純血を汚すもの」と蔑まれた記憶があります。


でも、そんな中でも父だけは私を愛してくれました。それだけが救いでした。


「へぇ~、すごいな……」


 芦名殿の素直な感嘆の声に、私の思考は現実に引き戻されました。


彼の目には純粋な驚きと尊敬の色が浮かんでいます。


そんな彼の反応が、私の胸をほんのり温かくしてくれました。


 彼は驚きながらも、だんだんと空中散歩を楽しんでいるようでした。


タジマティアの町並みを眼下に見下ろす景色は、確かに素晴らしいもの。森と街と湖が調和した風景が、朝日に照らされて輝いています。


 しかし、この魔法は私のエネルギーを消費します。


特に高度を上げるのは大変なのです。


そのことを芦名殿に伝えておかなければなりません。


「ちなみに、高度を上げるとそれだけで疲れてしまいますので、山を飛び越えるときはそれなりの覚悟が必要です。今回も、峠でいったん休憩しようと思います。あと、峠からは下り坂なので、峠からは徒歩だとありがたいのですが、それでもよろしいですか」


 芦名殿は安心したように頷きました。


「むろん、それでよい。行程の半分を楽させてもらっているのだから、これほどありがたいことはない。本当にありがとう。恩に着る」


 彼の誠実な感謝の言葉に、心が温かくなりました。


王都の貴族たちの多くは、魔法や特殊能力を当然のものとして扱い、感謝の言葉など口にしません。


そんな中で、芦名殿の素直な姿勢は、とても心地よく感じられました。


「それじゃ、せっかくなので、ちょっと飛ばしますよ~! しっかり捕まっていてくださいませ!」


 私は少しだけ速度を上げました。風が強くなり、私の銀紫色の髪が激しく舞います。空の青さと風の感触に心が躍ります。


「ふむ、速度は30ノットほどか、なかなかいい速度だ」


 彼の言葉に、私は驚きました。普通の人間なら、空を飛ぶことに夢中になって速度など気にしないでしょう。しかし彼は冷静に速度を計測しているのです。


その上、「ノット」という船乗りが使う単位を口にしました。彼は航海の経験があるのでしょうか? ますます謎めいた人物に思えてきます。


 高度を上げながら、私たちは山頂へと向かいました。眼下には緑の波のような森が広がり、遠くにはマトリカン湖の青い水面が見えます。


「あれが、マトリカン湖です。この辺りでは最大の湖で、水神様が住むと言われていますの」


 私の説明に、芦名殿は興味深そうに湖を見つめていました。


彼の横顔は端正で、まるで絵画のような美しさがあります。


思わずじっと見つめてしまい、慌てて視線をそらしました。


 しかし、高度が上がるにつれて、魔法の維持がだんだん難しくなってきました。


体から少しずつエネルギーが流れ出ていくような感覚があります。


腕が少し震え始め、額に汗が滲んできました。


 幸い、フーネガハーナ峠が見えてきました。芦名殿も私の疲労に気づいたようです。


「そろそろフーネガハーナ峠だ。休憩するには丁度いいタイミングかもしれないな」


 私は安堵の表情を浮かべながら頷きました。峠の平坦な場所を見つけると、ゆっくりと降下を始めました。もう少しで地面に着けると思うと、疲れた体に力が湧いてきます。


 足が地面に触れた瞬間、大きく息をつきました。


長時間の魔法維持は、思っていた以上に体力を奪われます。足元が少しふらついたのを感じました。


 芦名殿は私の肩に手を添え、近くの岩に腰掛けるよう促してくれました。


「少し休もう。無理は禁物だ」


 彼の気遣いが嬉しくて、思わず頬が緩みました。普段は厳しい顔をしている彼の、こんな優しい一面を見られるのはとても貴重な気がします。

お読みいただき、誠にありがとうございます!


皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。


少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。


「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。


読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。

よろしくお願いいたします。

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