第14話 【スイリア視点】窮地脱出——芦名の弁舌——
危機的状況だった。
先ほどのアカブトマガスとの攻防もそうだったが、今回は別の意味で危機だった。
エドワード将軍の鋭い視線が、私と芦名殿の間を行き来している。これまで王都から姿を隠していた私が、なぜ見知らぬ男性と二人きりでこんな山奥にいるのか——その説明をどうすればいいのか。
「それでは姫君、もしよろしければ泉まで兵の一部を割いて同行させましょうか。道中危険もあるでしょうし……」
エドワード将軍の提案に、私は困惑した表情を浮かべるしかなかった。兵を同行させるなんて——それは避けたい。まるで王女として振る舞うような真似はしたくなかった。
「いえ、それには及びません。私事に兵を使わせるのはよくありません。それに、先ほどの怪物はいなくなりましたし、しばらくは大丈夫でしょう。大丈夫、今日中にはタジマティアに戻りますから」
私の本心は、芦名殿との二人きりの時間をもっと過ごしたいということだった。
昨夜の会話も、今朝の冒険も——そのすべてが新鮮で、今まで感じたことのないような心地よさがあった。
そんな大切な時間を、エドワード将軍の出現で終わらせたくなかった。
しかし、将軍は眉を寄せ、厳しい表情になった。
「しかし、昨今この辺りではあのような強力な魔物が跋扈しているのも事実。姫君をこんな危険な場所にいさせるわけには参りませぬ。それか、私と一緒にいったん王都に戻られることを提案いたします」
王都へ戻る——その言葉だけで、私の背筋に冷たいものが走った。政争の道具にされる日々、ハーフエルフとして受ける陰口や蔑み。あの場所にはもう戻りたくなかった。
「でも……」
反論しようとしたが、言葉が詰まった。エドワード将軍の言い分は正論だ。この辺りは確かに危険で、たった今も命の危機があったばかり。
「選択肢は2つですぞ、姫君、兵を姫君と同行させるか、私と一緒に王都までご一緒するか。このまま別れてしまえば、またいつ何時今度は命を落とされる危険性あるのですぞ」
エドワード将軍は、先ほどの柔和な表情から一転、親が子を叱るように厳しい目で私を見つめてきた。
その迫力に言葉が出てこなかった。どちらの選択肢も選びたくない——芦名殿との旅を、このままの形で続けたい。それが私の本心だったが、エドワード将軍の正論を前に、言い返す言葉が見つからなかった。
芦名殿は、私の困惑した表情を見て、胸を締め付けられるような表情をした。彼は一瞬、何かを決意したようだった。
「王女様、ここまで案内してくださりありがとうございました。ここからは俺一人で大丈夫です。何、自分の身くらいは自分で守れます。ご心配なく……」
芦名殿が突然そう言い出した時、私の胸が痛んだ。いや、そんなことはしなくていい——私は彼と一緒にいたいのに。
「芦名殿……」
言葉にならない寂しさが込み上げてくる。彼は私のために身を引こうとしているのか? そんなことをしなくても……
私の表情に何か映し出されたのだろうか。芦名殿の顔に決意の色が浮かんだ。
「エドワード将軍、今回は確かに危険な目に遭いました。ただ、これは敵の特性が分からなかったためであり、一度経験した今、次回以降の対策は可能です」
彼の堂々とした声に、思わず目を見開いた。
「ほう? どのような?」
エドワード将軍の目に好奇心の光が宿った。
「私たちは、戦闘は避け、敵の気配を感じた段階で速やかに撤退することを基本方針とします。幸いスイリア姫の魔法は、隠密性や逃走に役立つものですから、二人で迅速に逃げることも可能です」
芦名殿は少しも引かない。その姿勢に感動を覚えた。
「でも、逃げきれない場合もあるだろう」
将軍の眉が深く寄る。これは厳しい追求だ。普通なら尻込みしてしまうだろうが、芦名殿は臆する様子もない。
「その際は、現地の地形や資源を活用して、敵からの一時的な隠れ場所や防御策を確保し、万が一の場合でも即座に安全を確保できる体制を作ります」
彼の冷静な分析力と論理的思考に、私は内心で感嘆した。まるで作戦会議をしているような的確さだ。父上の元で軍事会議を何度か見聞きしたことがあるが、芦名殿の言葉はそれに勝るとも劣らない。
「でも、もし周辺に逃げ場所などの防衛策が用意できない場合はどうする? やはり十分な反撃手段は必要ではないか」
エドワード将軍の質問に、私は内心で不安になった。確かに、そのような状況は想定されうる。
しかし、芦名殿は少しも動じなかった。
「そもそも、少人数で目立たないように旅をすることが最善の防衛策です。大規模な護衛がつけば、逆に敵や魔物を引きつけるリスクが増します。今回、私たちが襲われたのも偶発的な遭遇であり、むやみに警戒を増やすことが必ずしも安全につながるわけではありません」
この切り返しに、私は思わず息を飲んだ。そうか、彼は裏で私を王宮に戻したくないことを暗に主張しているのだ。
エドワード将軍の表情に一瞬の緩みが見えたが、彼はすぐに別の角度から攻めてきた。
「なるほど、それは一理ある。でもそれでは、先ほどの防衛策が用意できない場合の答えに答えられていないが、この点如何となすか?」
彼はさすがに父上の側近。言論戦に長けている。
「確かに今回は危険な目に遭いました。しかしそれは突然の遭遇で、相手の特性を知らなかったためです。敵の性質や攻撃方法が分かれば、十分に対処可能です。実際、我々はすでに2度経験したことで、次に同じような危機に陥った際には対応が可能です」
芦名殿の冷静な回答に、私は感服した。
「具体的には?」
将軍が体を乗り出してきた。芦名殿を追い詰めようとしているようだが、彼の表情には自信が満ちている。
「将軍もご覧になった通り、私とスイリア姫は二人でもあの強敵を相手にしばらく互角に渡り合いました。姫の魔法の力と私の戦闘経験があれば、多人数よりもむしろ迅速な判断や臨機応変な対応が可能になります」
私の力を信じてくれている——。その言葉に胸が熱くなった。