表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/15

第12話 【スイリア視点】月夜の秘密——隠されていた想い——

眠れない夜だった。


窓から差し込む月明かりに照らされ、天井を見つめながら、今日あった出来事に思いを馳せる。芦名殿との対面、彼が異世界の人間だという衝撃の事実、そして私自身の正体を明かしてしまったこと……。


胸の内がざわついて、どうしても眠りにつけない。


「少し外の空気を吸おう」


そう決意して、部屋を出た。


廊下を歩いていると、芦名殿の部屋の前で足を止めた。彼はもう眠っているだろうか? いや、無礼だわ。こんな夜更けに訪ねるなんて……。


そう思って通り過ぎようとした瞬間、ドアが開いた。


「誰か?」


芦名殿の落ち着いた声が聞こえた。慌てて振り返ると、彼は窓辺に立っていた。


「芦名殿、まだ起きていらしたのですね」


私は銀紫色の髪をなびかせながら、恥ずかしそうに顔を覗かせた。


夜着姿で廊下をうろついているところを見られるなんて、何て恥ずかしいの……。頬が熱くなるのを感じる。


「こんな時間に起きていて、すみません。私も眠れなくて……」


部屋に入り、少し躊躇いがちに彼の隣に立った。


窓の外には、満月に照らされたショワル村の夜景が広がっていた。


エルフの村はいつも美しいけれど、満月の夜は特別だ。木々が月光を吸収して、銀色に輝いている。


「エルフの村の夜は美しいでしょう? 特に満月の夜は、木々が光を吸い込んで輝くんです」


「ああ、とても静かで穏やかだ。水の都・ヴェネツィアの夜を思い出すよ」


「ヴェネツィア? それは芦名殿の世界の場所なのですか?」


「そうだ。イタリアという国にある水の都だ。任務で立ち寄ったことがある」


彼の言葉に、少し羨ましさを覚えた。彼は色々な世界を見ているのだ。それに比べて私は……。




しばらく沈黙が流れた。私のことを「王女様」と知った芦名殿は、どう接すればいいのか戸惑っているのかもしれない。


「あの、芦名殿…」


「はい?」


「少し散歩しませんか? 村の夜は特別なんです」


思い切って提案してみた。彼と二人きりになるのは、ちょっと緊張するけれど……どうしても彼ともっと話したい気持ちが抑えられなかった。


「ああ、喜んで」


彼の答えに、心臓が小さく跳ねた。




月明かりの下、私たちは村の小道を歩き始めた。


夜のエルフの村は、昼間とはまた違った顔を見せる。

木々の間に吊るされた青く発光する灯りが道を照らし、虫の音と共に何処からともなく流れてくる笛の音が、心に安らぎを与えてくれる。


「この灯りは何だ?」


「精霊ランプといって、エルフが育てる特殊な植物から採れる樹液を使っているんです。精霊の力で何年も光り続けます」


村の精霊ランプの話に熱中するあまり、足元に気を配るのを忘れてしまった。


「わっ!」


小さな水たまりでつまずき、思わずよろめく。


その瞬間、芦名殿が私の腕をつかんだ。彼の手の強さと温もりを同時に感じた。思わず彼と目が合い、耳先が赤く染まるのがわかった。


「す、すみません……普段はこんなことないのですが……」


恥ずかしさのあまり、つい笑ってしまう。


「スイリアでも転ぶことがあるんだな」


「もう、そんなに笑わないでください! 私だって完璧じゃありませんし……」


頬を膨らませながらも、照れくさい気持ちが広がった。


「ただのエルフなら気づいていたのに、人間の血のせいで鈍感になっているのかもしれません」


半分冗談、半分本音で言ってみた。


「それなら俺の責任だな」


彼の予想外の返しに、一瞬驚いたけれど、すぐに笑いが込み上げてきた。


「うふふっ! まさか芦名殿がそんな冗談を言うなんて」


硬派な印象の彼が、こんな風に冗談を言うなんて意外だった。でも、嬉しい意外さだった。




村の小さな広場にやってきた私たちは、ベンチに腰を下ろした。


懐から小さな布包みを取り出して差し出す。


「少し甘いものをどうぞ。エルフ特製のお菓子です」


「ありがとう」


芦名殿が一口噛むと、彼の顔に驚きの表情が広がった。


「これは……うまい! なんという菓子だ?」


「エルフクリスタルといいます。特殊な木の実から作られていて、月の光を浴びると味が変わるんですよ」


彼が素直に驚いてくれることが、なぜかとても嬉しかった。


夜空を見上げながら、少しずつ心の壁が溶けていくのを感じる。


「芦名殿は……軍人として、どんな経験をされたのですか?」


「俺は海軍の駆逐艦の艦長だった。大海を渡り、時に戦い、時に守る任務に就いていた」


「船の……長? それはどんな責任があるのですか?」


「乗組員全員の命を預かり、任務を遂行する責任だ。決して軽いものではない」


「それは王族の責任と似ていますね……」


思わず遠い目をしてしまった。


「王族としての生まれに悩んでいるようだな」


彼の鋭い洞察に、思わず息を呑む。


「そんなに分かりやすいですか?」


「ああ。君の瞳を見れば分かる。生まれた位置に苦しんでいる人の目は、どこか影を宿しているものだ」


その言葉に、胸の奥が熱くなった。誰にも見透かされないよう隠してきた気持ちを、彼は一目で見抜いたのだ。


しばらく黙っていたが、勇気を出して言った。


「……私は逃げ出したんです。王宮での生活を」


「なぜだ?」


「ハーフエルフである私は、どちらの国でも完全に受け入れられなかった。人間の国では『耳が長い変わり者』と、エルフの国では『血が穢れている』と……」


封印していた記憶が溢れ出す。


「それに、政争の道具として使われそうになって……。医術を学ぶ口実で、この地に逃げ出してきたんです」


「なるほど」


彼は月を見上げながら言った。その横顔は凛々しく、どこか儚さも帯びていた。


「生まれや立場は変えられないが、自分の生き方は選べる。君が選んだ道は間違っていない」


その言葉が心に染みる。


「芦名殿も……何かから逃げているのですか?」


「いや、俺は逃げてはいない。だが、同時に帰るべき場所もない」


「戦場で……仲間を失ったと聞きました」


「ああ。艦長として守れなかった者が大勢いる。その責任は今も背負っている」


彼の言葉に深い痛みを感じた。そっと手を伸ばし、彼の握り拳に触れた。


「でも、あなたはここで新たな使命を見つけましたね。陽菜さんを助け、この世界の問題を解決するという」


「それが俺のケジメのつけ方かもしれないな」


私は小さく笑った。


「何かおかしいか?」


「いいえ。芦名殿が強さの中に優しさを持っていることが嬉しいだけです」


彼の瞳に映る星空を見つめながら、私の心は決めていた。この人のために何かできることがあるなら、力を貸したい。それが「運命」なのかもしれない。




帰り道、リスが突然飛び出してきて、私は思わず悲鳴を上げた。


「きゃっ!」


驚いて芦名殿にしがみついた私は、すぐに我に返って赤面した。


「も、もう……恥ずかしい」


「王女様でも、びっくりすることはあるんだな」


「だ、だって突然でしたから! それに今日はただのスイリアですから!」


彼は軽く笑った。その笑顔がとても素敵で、見とれてしまった。


宿の入り口に着いたとき、私は突然勇気を出して質問した。


「あの……一つだけ」


「なんだ?」


「芦名殿は、ハーフエルフをどう思いますか?」


彼の答えを待つ間、心臓は早鐘のように鳴っていた。


「君はただの『ハーフエルフ』などではない。スイリアという一人の優れた魔法使いであり医者だ。それ以上でも以下でもない」


その言葉に、心の奥が温かくなった。思わず微笑みが広がる。


「ありがとう……それが聞きたかったんです」



部屋に戻る前、廊下で私たちは別れた。


「おやすみなさい、芦名殿。今日はありがとうございました」


「おやすみ。明日は早いからしっかり休むといい」


深々と頭を下げると、自分の部屋へ向かった。


部屋のベッドに横たわりながら、今夜の出来事をすべて思い返す。


「芦名殿……」


なぜか彼の名前を呟くと、胸が熱くなった。


こんな感情は初めてだ。苦しいような、でも同時に温かいような……。


明日の旅に思いを馳せながら、私はようやく眠りについた。


夢の中でも、彼の優しい笑顔が浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


芦名(艦長)SIDEのフルバージョンはこちら
https://ncode.syosetu.com/n1248kh/

スイリア外伝「白き手袋の癒し手 〜エルフの医師と小さな村の物語〜」
https://ncode.syosetu.com/n9642kj/ 陽菜外伝「陽菜の歴史好きJKの日常 ~歴史に恋する私の放課後~」
https://ncode.syosetu.com/n0531kk/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ