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第11話 【スイリア視点】スイリアの正体

私たちがようやくショワルの村に辿り着いたとき、空はすでに夕暮れ色に染まり始めていた。何とか日暮れ前に到着できてよかった……。


「これがエルフの村なのか」


芦名殿が感嘆の声を漏らす。


彼の顔には興味と驚きが入り混じった表情が浮かんでいた。人間の中でも特別な雰囲気を持つ彼が、私たちエルフの村をどう感じるのか、少し気になった。


ショワルの村は、タジマティアと比べればずっと小さな山間の集落だ。


一本の道の両側に建物が点在し、その周りには田畑が広がっている。遠くには緑深い山々が村を優しく抱きかかえるように取り囲んでいる。


村人たちが芦名殿を見るたびに立ち止まり、興味深そうにこちらを見つめている。


長く尖った耳、透き通るような白い肌、彫刻のように整った顔立ち——純血のエルフたちだ。


「すみません、芦名殿」


私は彼の耳元で囁くように言った。


「この辺りはエルフの村で、人間があまり寄り付かないのです。でも、私がいるから大丈夫ですよ。ちょっとだけ我慢してくださいね」


少し申し訳なさを感じつつ微笑みかけると、芦名殿はくすっと笑った。


「ああ、気にするな。お前が案内してくれるなら安心だ」


その言葉に、なぜか胸がきゅっと締め付けられるような感覚があった。しっかりしなくては……。


人間の男性と二人だけで旅するなんて、父上に知られたらきっと大目玉だ。



でも、彼は違う。そう思わずにはいられない。



私たちは村の小道を進み、約10分ほど歩くと、木々に囲まれた小さな宿屋に到着した。ここなら安心して休めるはずだ。


宿屋の受付に入ると、いつものようにマリナおばさまが出迎えてくれた。


「これはこれは、王女様、ようこそおいでくださいました! ささ、こちらへどうぞ」


ぎくりとして、思わず芦名殿の方を見ると、彼は「そろそろ王女と呼ばれている意味を話してもらおうか」という視線を送ってきた。


私は苦笑いして、まるでバレてしまったという顔でペロッと舌を出した。


それをみた芦名殿がそっぽを向いてしまった。


やばい、もしかしたら秘密にしていたから、嫌われちゃったかな……。




私たちは部屋に案内され、一旦休息を取った後、19時に宿の食堂で夕食をともにすることにした。


食堂に着くと、芦名殿はすでに席についていた。海軍軍人らしい几帳面さだ。


時間よりも少し早く現れる……それは私の父上にも通じるものがある。


「お待たせしました」


彼が席に着くと、私は開口一番、申し訳なさそうな表情を作った。


「私の正体について気になりますよね……?」


「王女様、か」


彼の鋭い眼差しに、思わず息を飲む。


「はい。正式には、私はノースアイヴェリア王国の第三王女、スイリア・ホルシーナと申します」


真剣な表情で自己紹介を続けた。


嘘はつきたくない。この人になら、本当のことを話してもいいような気がした。


「父はノースアイヴェリアの王で、母はこの辺りを治めているサウスアイヴェリア王国の王女です。ですから、人間とエルフの政略結婚の結果生まれたのが私というわけです」


「そうだったのか」


芦名殿は少し驚いた様子だった。


それもそのはず、私は今までのお付き合いで普通の医師を装っていたのだから。


「でも、王女であるならば王都にいるはずではないのか?」


鋭い観察眼だ。私は言葉を濁し、視線を落とした。


「それはその、ちょっと事情があって……」


過去の苦い記憶が甦ってくる。


でも、今はそれを話す機会ではない。


幸い、芦名殿はそれ以上追求してこなかった。彼のそんな思いやりが、心に沁みた。


そのとき、料理が運ばれてきた。色とりどりの野菜と香ばしい肉料理。エルフの宿の料理には、いつも故郷を思い出させる何かがある。


「芦名殿、貴方のことも教えてくださいな」


話題を変えるように言った。


「昨日、貴方は『この世界では』とおっしゃいました。ずいぶん変わった言い方だと思いました。貴方は一体どこの出身なのですか?」


身を乗り出して彼の目をまっすぐ見つめると、芦名殿は一瞬ためらったようだった。でも、彼は観念したように言った。


「実は、俺は全く違う場所——いや、世界といった方がいいかもしれないな——そこから来たんだ」


「違う世界?」


信じがたい言葉だったが、どこか納得してしまう部分もあった。


彼の雰囲気や話し方、そして独特の服装……それらは確かに私の知る世界のものとは違っていた。


「ああ。昨日まで、南洋の戦場で戦っていたんだが、そこで死んだと思った瞬間、この場所に倒れていたんだ」


「異世界というわけですか……」


私の瞳は驚きで大きく見開かれたに違いない。でも、彼の瞳に映る真実に嘘はなさそうだった。


こうして私たち二人は、それぞれの秘密を打ち明け、互いを知る時間を過ごした。


のハーフとして受けてきた差別、王宮を飛び出した理由……それらを話すべきか迷ったが、今夜はそれを語るには少し早すぎた。


ただ、彼の傍にいると不思議と安心できる。それは私自身にとっても新しい発見だった。


「じゃあ、明日はよろしく頼む。今はスイリア……王女様が頼りだ」


彼が名前の読み方で言い淀んでいると、思わず笑みがこぼれた。


「スイリアでいいですよ。こちらこそ、よろしくお願いしますね、芦名殿」


そう言って差し出した私の手を、彼は恐る恐る握った。


その手の感触は柔らかくて温かい、でも同時に武人としての確かな強さを感じた。




明日は陽菜さんの治療のため、天狗の冷泉に向かう予定だ。そう思うと少し緊張するけれど、芦名殿と一緒なら大丈夫な気がする。不思議なことに。

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