月と太陽
特に深い意味はないけれど空を見た。そこには満点の星々が広がっていた。真っ暗な世界の中で星たちは輝きを放っている。自分を誇示するように輝きを遠く離れたこの地球にまで届けている。
星が夜空を満たす中、一際大きな光を放つ星があった。けれどその星が放つ光は仮初の光であった。
太陽の光に頼り太陽の居ないとこで輝く月は姑息だなと思う。太陽は傍ではいつも隠れているのに。いない時だけ自分を主張してる。
けどうらやましいとも思った。だって輝けているんだから。思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。こんなことに何も意味はないのに。
色々考えているうちに自分の濁った感情が湧き出てると思って考えるのをやめた。考える要因になった月も見たくなくてそっとカーテンを閉じる。明日はうちのバンドのライブだ。
「みんなー。今日は来てくれてありがとー」
最高の笑顔でその子はステージに上がる。彼女が放つその引力に会場が飲まれていくのを感じた。うちのバンドには太陽みたいな主役がいる。日向、うちのボーカルだ。
そんな彼女の存在もあって自分への視線は殆どない。それが別に嫌というわけではなく割と気楽にステージに立っていた。人の視線は苦手だけどこの場所は好きだった。
「充希さ、もっとファンサしてあげたらいいのに」
ある日、日向は私にそんなことを言った。突然のことすぎて頭が????で埋まった。
「ほらやっぱりそんな反応する。わかってたよ、充希がそういう感じだってことは」
言ってる意味はよく分からなかったけど日向の感情は何となく感じた。怒りというより呆れという感じだった。
「私たちもさこれで生きれるってほどじゃないけど人気出てきてるわけじゃん。そろそろファンと向き合ってみてもいいんじゃない?」
確かに最近会場に入るお客さんも増えてきた。私としてはやっと日向の異質さにファン数が追い付いてきたなって思うけど。けどファンと向き合うってどういうこと?
「ファン?日向の?」
「……もう、捻らず言ってあげる。あんたにもファンは居るってこと」
次のライブの日がやってきた。あの日からずっと日向の言葉を考えてきた。日向は私にファンサしてあげたらと言った。けどここにいる人たちは日向を見に来ている。その証拠にペンライトはほとんど日向の色だ。
「みんなー。今日も来てくれてありがとー」
日向はいつも通りの笑顔でステージに上がった。今日も視線を釘付けにしてこの雰囲気を作っていた。
やっぱり皆、日向を見ている。このバンドの主役は日向で私はその引き立て役。それでいいし百も承知だ。ただ最初に魅入られた人たちがこのバンドメンバーなだけであって、私はたまたまこの場にいる。
(あんたにもファンは居るってこと)
演奏中、日向の言葉が頭によぎった。
そんなはずはない。まずそう思う。日向の魅力は私たちが一番よくわかってるし観客が誰を見に来てるのかも分かってる。けど日向の言葉が本当だったら……。そう考えた時、自然と視線は上がっていた。入口から見た景色と何ら変わらない。ペンライトはほとんど日向色でみんなの視線は1つに纏まっていた。
けど、その中に。本当に僅かだけど。私の目の前はそうではなかった。
私色に光るペンダント。その光はまるであの日見た月のように一番この観客席の中で輝いて見えた。……本当は何倍も日向色の会場だけど、そんな客観的な視点はいらなかった。
思わず日向の方を見た。少しだけ日向と目が合った。
(やっと顔を上げたね)
そう言われた気がした。
私と日向はすぐ演奏に戻った。こういう時はどうするんだっけ。あまりに不慣れでそんなノイズが混じった。けどすぐに答えも出た。……こういう時はシンプルだ。それに最強のお手本も傍にいる。
私は自分に出来る最高の笑みでそのペンライトに応えた。ぎこちない笑顔だったけど精一杯やった。心なしかその日のペンライトはいつもより輝いて見えた。
今日は見たいから空を見た。あの日と同じような満点の星々。真っ暗な世界の中で星たちは輝きを放っている。
私は何も見えてなかったんだなと思った。今日のライブ。ペンライトは私色にも光っていた。あの輝かしい世界で力強く光っていた。私は偽物だ。主役がいないと舞台に立つこともない。でもあの人たちはきっと日向より私のことを見に来ていた。
あの日、羨ましいと思った。主役の日向と自分を比べて。けど本当は見えてなかっただけで自分にも応援してくれる人がいた。そんな中で自分の中に濁った欲望があることに気が付いた。月が羨ましいと思った。もっと……とも思った。なら今度はあの月のように……空を包み込むような。
窓を開けた。あの日は開けなかったけど今日は開けた。そうしないとまず届くことはないから。
月に手を伸ばした。たとえ届かなくても。
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