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キルする平穏  作者: k.k.
1/2

 いつものように朝食を摂ったら台所へ食器を持っていき、歯を磨いて残りの準備を済ませて自宅を出発した。

 通学は徒歩なので、学校までは同じ制服の流れに紛れて登校する。

 自分の教室の扉が開いていたので、そのまま席に足を運ぶ。

 相変わらず学校とはバカな男子の声や噂を囁き合う女子のざわめきが煩わしい。

 席数に対して姿がまばらなクラスメイト。

 挨拶を交わす相手も居ないので、誰とも言葉を交わさずに大人しく席に着く。

 誰とも口をきかず喋らず、落ち着いて過ごせる学校生活が望むことーーなのに。


「ねえ、○○さんーー」と、喧騒の中から声をかけられた。


 席に座っていた私は、相手の女子を見つめながら椅子を立つ。

 脚が床に引きずられて音が鳴り、相手から目を離さずに手の内に出現させた鎌を握る。


「黙って」


 そう呟くと同時に、鎌を横に一振り。

 風に吹かれたカーテンみたいに長く黒い髪をなびかせて、名も覚えていないクラスメイトの首が舞う。

 鮮血が頭部の無くなった細い首から吹き出し、噴水みたいに上がる赤が辺りを染める。

 鎌で切り払われて宙を舞っていた物が、柔らかくも重い音を立てて教室の床に落ち、男子たちの足元の間を転がった。

 首を無くした胴体はどうっと、机を何台か巻き込んでけたたましい騒音を響かせて倒れる。

 一閃の後切り飛ばした女子の頭は、乱して止まった髪の間から瑞々しい瞳を覗かせていた。

 教室内のざわめきが耳が痛くなるほど静まり返り、それを確認して椅子に腰を下ろす。

 席に座り直して血で汚れた机を一払い。

 まるで消しゴムのカスを払い落とすかのように。

 誰の視線も無くなり、周囲も静かになって満足いく結果に。

 殺した女子は視界から居なくなり、予鈴が鳴って授業が始まったーー




 授業でペアやグループを作るのが嫌い。

 誰にも干渉されずに過ごしたかった。


「○○さん、一緒にやらない?」


 そう美術の授業で声をかけられて顔を上げると、メガネをかけて大人しそうな女子が立っていた。

「嫌。一人で大丈夫」と、即答してみせると相手は目を左右に揺らし、目元を不安げに再び見つめて来た。

「大丈夫って……二人ペアにって先生がーー」


 はっきり言って断ったのにまだ引き下がらない女子をため息と共に睨み上げる。

 不安に揺れる瞳が気に障った。


「うるさい。静かにして」

「でもーー!」


 目障りで耳障りで、立ち上がり目線の高さが同じ彼女に一歩踏み出す。

 そしてメガネのかかる耳元に口を寄せ、手にしたナイフを柔らかい腹部に突き立てる。


「邪魔」

「ーーっ!?」


 向き合った女子の表情が歪み、レンズ越しの瞳が再度揺れた。


 手に生暖かく濡れる感触が伝わる。

 相手の肩に片手を置き、身体を押し出すみたいにナイフを引き抜く。

 よろめいて尻もちを突いたところに、上から多い被さるようにして、血濡れた柄を逆手に持ち直す。

 馬乗りになり両手で握って、怯えて見つめ返してくる彼女へ刃先を振り下ろした。

 胸、腹、首、肩の付け根、穏やかな静けさが欲しくて何度も突き立てる。

 見る間に制服は血を吸って赤く、全身を色濃く染めていく。


「○○さん」と、年かさの声に名前を呼ばれた。

「放っておいてくれますか」

 僅かばかりのイラ立ちを込めて答えると空気が止まった。

「……」

 それ以上何も言われず、しばらく経ち、自分の鼓動だけになったことを確認するために目を瞑る。

 鉛筆が滑る音だけが鼓膜を揺らし、静かな世界に心が落ち着きを取り戻す。


 夕方、自然に囲まれた神社を訪れた。

 普段は人の参拝は少なく、人の在中していない類の神社。

 葉擦れや鳥のさえずりしか聞こえないほどなので、お賽銭を投げて鈴を揺らすと境内に音が鳴り渡る。

 そして更に拝殿の脇を過ぎて先に足を向けると、奥の社殿を取り囲むように板塀が伸びている。

 周りは季節によって草が伸び放題、枯れ葉が落ち放題の地面を塀に沿って進む。

 すると板の前に自由に枝を伸ばす植物があり、緑の葉が茂る枝を折らないように押しのけ、板塀に空いた穴に身体を通す。

 秋になり葉が落ちても冬は雪が積もり、この穴まで来る人が居ないので忍び込んでもバレることはない。

「落ちつく……」

 古い社殿を身長より高い板塀が取り囲み、薄暗く、より外の世界と切り離された空気で満ちている。

 そんな雰囲気を全身で味わう。

 小学生の頃は野良猫目的でよく来ていた。

 鳴き声が聞こえたので辿ると枝葉の奥の板塀の穴に気づき、こっそり給食の残りを与えていた。

 寂しいくらい静かなので、今は一人になりたい時や落ち込んだ時は訪れている。

 社殿の基礎のコンクリートに、手でスカートを押さえて座り、膝を抱えて眼を瞑り深呼吸した。

 今の生活に気持ち悪さを感じるのは、きっと現実が自分の中の理想とかけ離れすぎているからに違いない。

 緩い風が吹き、高い床下を吹き抜けていく。




 ある日。

 板書をぎりぎりノートに写し終えたところで、黒板消しが浮いて書かれていた教師の字が消えていく。

 ふぅと肩の力を抜いて身体を硬い背もたれに預け、ノートを閉じる。

 周りが友達や同じグループ同士で机を付き合わしてお弁当を準備する中、引き出しにノートや筆記用具を押し込み席を離れる。

 カバンから巾着袋に入ったお弁当を出し、手に下げて水筒を抱えて教室を出る。

 通り過ぎる教室からは楽しげな声が漏れ、校舎全体からは和やかな雰囲気を感じられた。

 クラスメイトの喧騒から離れ、渡り廊下から中庭に足を向ける。

 今日の空は程よく晴れて、白い雲も青空の海をゆっくり流れていく。

 授業中に教室の窓から見える天気に、お昼は外で摂ろうと決めていた。

 校舎に背を向けてベンチに座り、よどんだ教室の空気との互いに安堵し、スカートの膝にお弁当を広げる。

 水筒は脇に置き、巾着の口に指を差し込んで開ける。

 中から箸も抜き出して、お弁当箱のフタを開けた。

 白いご飯と冷凍のブロッコリーと副菜、夕飯の煮物と照り焼きの切り身。

 授業で自然の生態系みたいな図を教科書で目にしたからか、色味の順番が、地面に生えた緑に雪が積もった様子を横から断面にしたお弁当に見えた。

 毎日用意してもらうお弁当には、必ず苦手な食べ物が一品忘れず入っている。

 苦手な物に表情を曇らせ、また今日も水筒で流し込むしかないと内心ため息を零す。


「ここ、隣座らせてもらうな」


 穏やかなお昼の空間に、声変わりをしたのか微妙な、高く明るい男子の声が割って入った。

 平穏を台無した方に目線を向けると、白いコンビニの袋を下げた人懐っこい笑みがあった。

 額が見えるくらい短く切った頭髪に、暖かな雰囲気が漂う彼に目を眇める。

 了解どころか返事すらしていないのに、牛乳を手にした襲来者は隣に腰を下ろして座ってしまう。

 まるで当たり前かの表情で。


「嫌ーー」


「でも、もう座っちゃったし」

 睨まれているのにその口調は平気そうで、コンビニ袋からサンドイッチを取り出していた。

 その姿に不機嫌になるけれど、相手も全く気にも留めた様子は無い。

 こういう輩は経験的に苦手で厄介にしか思えない。

 校舎からの相変わらず楽しげな雰囲気が気に障り、どこからか妖精のお喋りに花を咲かせているような囁きも聞こえる。


 ーー不快な気持ちで横目に見やり、逆手に握ったナイフを人の返事も聞かず隣に座った彼の胸を目がけ、軽く腰の捻りも加えて突き立てる。

 制服の大した抵抗感もなく刃が容易く刺さり、相手の肩に手を添えて引き抜くと同時に、軽くその身体を押しやった。

 ゆっくりと傾いで、抵抗無く男子は地面に倒れていった。

 その拍子に転がったサンドイッチは手で潰れ、流れ出した血を食パンが吸って赤く染まる。

 さらに落ちた衝撃で容器が歪み流れ出した牛乳が、ゆっくりと広がる鮮血に滲んでいく。

 いつものことに気にも留めず視線を外し、お弁当に箸を伸ばす。

 殺して消して見えなくした相手に割く時間は無い。

 まず飲み物が十分ある内に苦手な物を口にし、舌に味が広がる前に水筒をあおり、喉を通る大きさに祖食して呑み込む。

 二回繰り返して苦手な物をお弁当から消せて胸をなで下ろす。

 すると不意に声がーー


「美味しそうだね。一ついただきます」


 視界の外から楊枝が伸び、煮物を一つ攫っていった。

 反射的に顔を跳ね上げると、おかず泥棒は勝手に隣に座った時と同じで、全く悪びれもせずそこに存在していた。

 驚きに見開いた目が丸くなり、殺したはずの男子が復活していて言葉を失う。

 今までに無いことに僅かな焦りを抱き、殺したりなかったかと動揺していると、彼はコンビニの唐揚げ容器を傾ける。

 わざわざ中を見せて。


「食べるでしょ。交換」


 自分勝手な振る舞いに理解が追いつかず、ただただ怖い物を見る目で首を横へ振った。


「ダイエットかい? 必要ないと思うけどな」

 ーー人からもらうのが嫌なだけで違う。とは言えなかった。


 ……何で彼は平然としているのか、確かにこれまでと同様に殺して視界から消した。それなのに現れた。

 今までに無いことに理解出来ず、軽くパニック状態だった。

 それと驚き見開いた自分の目に映った彼の透き通るような瞳が恐ろしく、視線を合わせるのは正直怖い。

 けれど恐怖を覚えているため、授業中も男子が気になり警戒してしまう。

 どんなに考えても復活した理由に思い至らず、困惑しながらも眺める。

 彼の席は真ん中の縦列にある。

 なので窓際後方に座る席からは、彼の背中を見張れる位置関係にあった。

 教師のチョークがカツカツと鳴る中、混乱しながらも見張っていた標的と不意打ち気味に視線がぶつかる。

 ノートからふと顔を上げ、必要ないのに振り返った男子。背を向けて教師が板書する黒板を指し、歯を見せて無言で笑う。

 何でそんな顔が出来るのか混乱した。


「いい加減にして……!」


 胸がざわつき、我慢出来ず押し殺した言葉が唇から漏れ出る。

 椅子を膝裏で押し、授業中に席を離れた。

 その手には斧を持ち、再び前に向き直った彼の後頭部へ、振りかぶった刃を思いっきり振り下ろす。

 教室に机に頭部がぶつかる音が鳴る。

 突っ伏した後頭部から縦に赤味が覗き、机に赤色の液体が広がり、端からつっと血が流れ落ちた。

 机の横に周り、再び斧を振りかざして頭と胴体を切り離す。

 鈍い音を立て下に落下した。

 次に頸の無くなった制服の襟を、力いっぱい引き上げ、次に左肩、右肩と机の上で分解していく。

 軽くなりはしてもまだまだ女子の腕では重い胴を引き上げ、肩甲骨より僅かに下へあたりをつけて切断に移る。

 胴体はやはり厄介で、首や腕以上に苦労した。

 背骨を砕くように断ち、溢れる内臓ごと繰り返し斧を振り下ろす。

 ズボンのベルトを掴み、血が斧傷に流れる机に引き上げた。

 最初に比べれば十分軽くなった身体、その左右の膝裏を最後にバラす。


「はあぁっ……」


 これまで浅かった呼吸を整える。

 机の周りは床に血がたまり、ところどころ肉片が散らばっていた。

 汗の浮いた額を拭き、彼の血が米神から顎のラインにかけて垂れる。

 自分の席に戻り、改めて一息つく。

 教室から彼の姿が見えなくなり、静けさが戻った気がして肩の力を抜く。


 椅子をひっくり返して乗せた机を移動させる。

 掃除中の教室にガチャガチャと音が鳴り、机が宙につられ、箒が床を掃きちり取りでゴミを掃き取った。

 視界からクラスメイトを一人消し、干渉してこないのは生かしていた。

 最後にゴミ箱を手に持ち、校舎裏のゴミ集積所へ向かう。

「ふぅ……」

 これでまた一日が終えると胸をなで下ろす。



朝に教室が近づいた廊下で足を止めた。

 生徒の声や流れで気配がざわざわする中、扉の開いた自分のクラスから聞こえた声に、自然と眉間にシワが寄り全身に力が入る。

 嫌な予感がした。

「○○さんか、おはよう!」

 お喋りの輪から、男子が笑顔を覗かせた。

 軽く手をあげる相手に眉をピクリと動かし、横を通り過ぎながら顔を見ずに静かに返す。

「……おはよ」

 小さな声で応え、集団の雰囲気が満ちる騒がしい教室で何で笑えるのか理解出来なかった。

 的中した予感に朝から最悪と嘆息を漏らす。

 自席にたどり着き、椅子を引いたところで再び声をかけられた。

「今日お祭りあるじゃん」

「嫌」

 続きは十分に予想出来たので先に断る。しかし。

「皆と一緒か、二人きりでも良いから行かない?」

 そう特徴的な笑顔に誘われた。


「行かないから」


 不満げな表情と声で返し、相手の胸を伸ばした手で突き飛ばす。

 不意に押されて数歩、後ろに下がった彼に向け、両手で槍を構えたまま床を蹴る。

 僅かな助走でつけた勢いで、男子の身体を串刺しにし、更に力いっぱい押しやって黒板に打ち付けた。

 身体に机や椅子の脚にぶつけながら音を立て、最後にドンと重い音が教室を震わす。

 内臓を傷つけたのか口から血が溢れ、痛いくらい握りしめた柄に生温かい物が伝う。

 そして大きく一歩距離を空け、身体を回転させて腰を捻って蹴りを放つ。

 捻転させて繰り出した足の裏は、うるさく誘ったその喉を押しつぶし、一撃の下首をへし折った。


 口を引き結び、席についてその日の授業を乗り切る。


 行かないからーーそう祭りを否定したけれど、どうしてもリンゴ飴が食べたくて、一度帰宅してから悩んだ末に訪れる。

「……」

 お祭りの入り口で立ち止まり、東京の街中に比べれば、比べるまでもなく少ないのだろう人波に辟易した。

 しかし、ここまで来て諦められるはずもなくて。

 着飾ったり浴衣なりで笑顔の垣間見える流れに乗る。

 地元にフルーツ飴の専門店無い以上、お祭りでしかリンゴ飴は食べられないので我慢するが、今すぐ人混みから踵を返したくてたまらない。

 いくら意識しないように努めても、お祭りのざわめきを無視することなど不可能だった。

 人との距離に注意を払いつつ、スニーカーの足元に視線を向けながら、踏んだり踏まれたりしないように進む。

「くぅうっ……」

 思わず呻き声が漏れた。

 それでもリンゴ飴と書かれた屋台を目指し、息を詰めて歩幅小さく歩く。

「リンゴ飴一つ、下さい」

 腕を伸ばして握り込んだお金を屋台の人の手のひらに渡す。

 割り箸の先に付いたリンゴ飴は、日の落ちた周囲を照らす灯りを浴びて光る。

 飴が透過しながらも反射し、水の膜が張っているみたいにキレイで、甘い妖しさを放つ。

 今すぐに口を寄せて齧り付きたくて、我慢出来なくなる。帰るまでその衝動と誘惑を抑えきれそうになかったので、拝殿の脇を通り過ぎて奥に向かう。

 板塀を辿り、隠れた穴を潜った。

 灯りのない社殿は薄暗く佇み、人々の声も気配も微かに聞こえる程度。

 表と比べると静かなそこに腰を下ろす。

 座ると冷たさが、つけたお尻に伝わり、ひやりとした。

 そしてどうしても待ちきれなかったリンゴ飴に唇を寄せる。

 僅かな抵抗を破り、前歯で飴と一緒にリンゴの表面をかじった。

 ポリポリと飴が音を立て、舌に味が広がり、鼻に飴の甘さとリンゴの酸味が抜ける。

 思わず口元が緩み、口角が幸せに上がってしまう。

 幸せな気持ちで唇を舐め、もう一口しようと歯を立てたところ。

 カサカサと葉の音が耳に入り、自分も通った板塀の穴から人影が上体を起こす。


「あ、こんばんは。○○さん」


 特別なこの場所に彼が姿を見せた。

 肩や服をはたく男子に目を見開く。

 薄暗くても見知った相手なら見間違えるはずない。しかも名前も呼ばれ、記憶の声と一致もする。

 この場所を知られたことに気持ちを乱され、リンゴ飴を持ったまま硬直してしまった。

「ふーん、意外と悪い子だったんだ。こんなところに忍び込むなんて」

 こちらの混乱なんて気にした素振りもなく、近づいてきて平然と隣に腰を下ろす。

 一時帰宅していないのか、男子は制服のままの姿。

「皆と別れて帰るとこだったけど、ちょうど○○さん見かけて。ちょっと迷ったけど、追いかけて良かった」

 そう言って脚を広げた両膝に架けるように腕を組む。

 ちょうどがどこにかかっているのか不明だけれど、とても言葉を返す気にはなれなかった。

 口の中が乾く。

「……」

「そんなに警戒しないでよ。誰にも言わないさ。だってチクったら自分も勝手に入ったって怒られちゃうだろ」

 彼が笑う。

 光源が乏しくても分かる。今、彼はあの胸をざわつかせる笑顔を浮かべている。

「リンゴ飴好きなんだ」

 目を細め、リンゴ飴を隠すようにして口を開く。

「いけない?」

 怪訝に返した言葉に相手は首を振り、嬉しそうな口調で答えた。

「いけない訳ないだろ。リンゴ飴うまいじゃん。それに」

 組んでいた腕を解き、顎に手を当てて肘をつく。

「そんな顔もするんだ。可愛いじゃんか」

 笑みを深め、目元を緩める彼を目にした瞬間。

「ーーッ!」

 頭上で破裂音が鳴り、緊張していた肩が跳ねる。

 花火が始まった音だ。

 ここからは全く見えないけれど、一度男子は屋根と木々の枝しかない空を仰いだ。

「花火見に行こうよ」

 迷いも無く立ち上がり振り返る彼。

「行かない……人苦手」

 うつむき加減にリンゴ飴を胸の前で抱く。

 すると前に立った手が伸びてきた。

「ちょっとだけ行ってみない?」

 伸ばされた指がリンゴ飴を握る手に触れ、拒否するよりも早く手を包むように引かれた。

「ーーんッ?!」

 瞬間的に息を呑み、心臓が跳ねた。


 ーーリンゴ飴が雑草の生えた地面に落ちる音がした。


 ーー遅れて何かが倒れ込む音。

 花火が周囲に響き渡る。


 ーー気づくと相手の身体の上に跨がり、彼の首に手を伸ばしていた。

 それに胸の鼓動がうるさいくらい感じられた。


 ーー相手を前にすると心が乱され、今どんな気持ちなのか訳わかんなくて感情が暴れていた。

 だから、とにかく殺して見えなくしようと手に力を加える。


「死んで! 消えて! 貴方が居るとざわざわするの!」と、下に見える相手に向けて、静かに叫ぶ。

 いつもみたく武器を用意する余裕は完全に失っていた。


「それなのにーー何で殺しても殺しても出てくるの!」

 いち早く心の平静が欲しい一心で。


 苦しそうな呻き声を漏らす彼なんて知らず、どんどん両手は首を絞めていく。手首を掴み返されるけれど体重をかけ、指を食い込ませながら締めていく。

 興奮で荒くなっている鼻息を自覚する。

 ただそれだけ。

 顔を見せられる度にイラ立たしく思う彼を排除するーーただ殺すという衝動に突き動かされる。


 ーーやっと彼は再び見えなくなり、ひんやりとした冷たさからお尻を上げた。

 地面に落ちたリンゴ飴は残念だけれど、もう空気を震わす花火の音ですら気にならなかった。

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